[カレリア民話] 父からの遺産(PERINTÖ)
父からの遺産
むかし、じいさんとばあさんが暮らしていました。彼らには3人の息子がいました。彼らはずっと貧しく暮らしていました。年よりたちは亡くなってしまいましたが、じいさんは息子たちに死んだときのための遺産を用意していました。長男にはひき臼を、次男には壊れかけのカンテレ(※)を、三男には漁網を巻上げる治具をあげたのです。
ひき臼をもらった長男は、こう考えました。「ここにいたんじゃ、どんなことをしても何も得るものなんてない。泥棒たちの家にこっそり忍びこんで、ヤツらが戻ってきたら、臼をまわしはじめよう。もしかしたら怖がって、お宝を置いていくかもしれないぞ。」
そうして待ち伏せするために(泥棒たちの家に)入っていくと、泥棒たちが帰ってきて服を脱ぎ、お宝を数えるために部屋の床にひろげはじめました。長男が臼を挽きはじめ、ごう音をたてると、泥棒たちは慌てて逃げ出しました。あたふたとした中、お宝すべてがその場に遺されていました。長男はすべてを集めると、家に持って帰りました。
次男がこう言いました。
ーこういうのはどうだろうか、カンテレを持って空き家に行って、演壇で弾きはじめよう。何かしらの森の動物たちがやって来るんじゃないだろうか、そうしたら、そいつらを閉じ込めてしまおう。
そんなふうに行うと、家は動物たちでいっぱいになりました。次男はすばやく引いてドアを閉めました。動物たちは逃げ出すことができなくなったので、吠えさけびました。
二人の紳士がソリで通りかかり、声がする方を見に行きました。ドアを開けると、獣たちが吠えさけびながら逃げていきました。男たちは恐ろしくなり、急いでソリへもどると逃げ去りました。次男は男たちの後を追いかけると、彼らを旅宿でつかまえ、言いました。
―なんだって育てあげた動物たちを逃がしたんだ?3年間もヤツらに食べさせてやってたってのに。どうつぐなってもらおうか?
彼らは(つぐないに)同意し、次男にかなりの額のお金を払いました。次男は思いました。「父さんと母さんの遺産は素晴らしいものばかりだな。」
三男は湖の岸辺に行くと、巻上げ治具をまわしはじめました。水妖ヴェテヒネの息子が(やって来て)尋ねました。
―お前は何をしているんだ?
―水を(巻き上げて、)干あげてるんだよ、ぼくは貧しいから、ここに自分用の畑をつくるんだ。
―干あげるだなんて、やめてくれ、オレたちが死んじまうよ。
―でも、僕が生きるためには畑が必要なんだ。
―オレたちがお前に金を払うからさ。
―けど、ここを畑にしたときに得られる分だけ、それだけたくさんの金を払ってくれるってのかい。
ヴェテヒネの息子は父親のところへ行って、次男のために頼みこみました。ヴェテヒネはふるいにかけた金銀を持ちだすと、お金を渡しに行きました。
―さあ金だ、持っていくといい。
そうして息子は金銀を持って、立ち去りました。
こうやって3人の兄弟は、両親の遺したものは無駄なもののように思えたのに、みんなが金持ちになりましたとさ。
※カンテレ:カレリア、フィンランドの伝統楽器。表板をのこしたまま底をくり抜いた木片の表面に弦を張った素朴な撥弦楽器。「カンテレ琴」と訳されることも。
単語
perintö [名] 遺産, 相続
muistelijaiset [名][複] 想い出の品, 葬式や記念時に贈られる物
rämä [名] 屑鉄, 残骸, 壊れたもの
nuotta [名] 網
kela [名] 巻上機
rosvo [名] 泥棒, 盗賊
pölästyö [動] 恐れる, こわがる
räknätä [動] 計算する, 数える, 下ろす
jyreytyö [動] 轟音を立てる, 雷が鳴る, 轟く
kiirehen kautti 急いで, 慌てて
hätäyksissä [副] 混乱していて
puustih [副] 空っぽの
salvata [動] 閉じる, 閉じ込める
lava [名] ステージ, 壇
vejältyä [動] 引き抜く, 引き出す
karjeh [名] 叫び声
sopie [動] 合意する, 適する
summa [名] 金額
kuivata [動] 乾かす, 干からびさせる
siekla [名] ふるい
tyhjänpäiväni [形] 無意味な, 無駄な
出典
M. Remsu: Karjalais-Suomalaisia Kansansatuja, Petrozavodsk, 1945
採取地:カレヴァラ地区
採取年:-
AT1650(1653+1652+1045)
ロシア・カレリアのカレヴァラ地区に住むマリア・オントロの娘・レムス(Maria Ontron tytär Remsu; 1861-1942)による民話です。彼女は、その地区だけでなく他の地域、そしてフィンランドでもルノラウラヤ(伝統詩歌の謡い手)、民謡の謡い手、民話の語り手としてその名が知られていました。地域の村々をめぐっては、すすんで自らの知っている口承伝統を披露したと言います。また、民俗伝統のフィールドワーク活動が盛んに行われた時代、多くの研究者が彼女のもとを訪れました。
死後に彼女が語った民話をまとめた『カレリア・フィンランドの民話集(Karjalais-Suomalaisia Kansansatuja)』が出版されており、その中からの1話です。
日本語出版物
・「フィンランド・ノルウェーのむかし話」, 坂井玲子/山内清子 編訳, 1990, 偕成社
└『金もちになった三人きょうだい』
出典:E.Salmelainen, Suomen kansan satuja ja tarinoita, SKS, 1852-1856
上記の本で、フィンランド民話として紹介されています。
出典元であるサルメライネンの本によると、フィンランドの北サボ地方から採取したお話とのこと。
フィンランドの民話本の中でもよく見かけるお話ですが、フィンランドの西側だと次男がもらうのはカンテレではなく、フィドル(ヴァイオリン)です。
つぶやき
以前紹介した「人を引き込む湖」に出てきた水妖ヴェテヒネがまた登場しました。
今回のお話ではあっさりとお宝を渡す流れになっていますが、三男とヴェテヒネとの力比べが行われ、壮大な物語になるヴァージョンも多く見かけます。別の物語として、旅に出た王子がヴェテヒネと力比べすることもあります。最終的にこらしめられて、金銀を巻き上げられるのは同じですので、ちょっぴり可哀そうなヤツですね。
貧しいまま遺された子どもたちが、それぞれの機智によって自らの道を切りひらいていく…というストーリーは、カレリア民話でよく見かけます。
そういえばカレリア民話では、子どもを遺して親が亡くなる話が多いです。あるいは片親が亡くなっていたり、登場人物にやもめ暮らしのばあさんが出てきたりもしょっちゅう。貧しい村の暮らしで生き残るのはそれだけ大変ということでしょう。
貧しくとも頭と身体を動かし、できることをして生きていけ、と民話をとおして子どもたちに伝えているようです。
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