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[カレリア民話] 雄牛のお話(HÄRÄN STARINA)

雄牛のお話

昔、おじいさんとおばあさんがいました。彼らはとても大きくて立派な雄牛を飼っていました。その雄牛はとても荒くれものに育ちました。おばあさんは、おじいさんに言いました。
-こんなに荒くれものになってしまったなら、もうこの牛を殺しておしまい。
おじさんはナイフを手に牛舎へ行き、そのナイフを研ぎ始めました。雄牛は尋ねました。
-おじいさん、どうしてナイフを研いでいるんだい?
-いやね、ばあさんがお前を殺せと言いつけるんでね。だからナイフを研いでいるんだよ。
牛は言いました。
- おじいさん、頼むよ、僕を殺さないで、森に行かせておくれよ。良いものを持ってくるからさ。僕の背中にタールを塗ってくれよ。

おじいさんは牛の背中にタールを塗ると、森へ行かせました。すると雄牛は沼岸の斜面の中腹、日当たりの良い場所へ行きました。牛は草をむしゃむしゃ食べ始めました。そこへクマがやって来て、牛に尋ねました。
-牛くん、何をしてるんだい?
雄牛は答えました。
-ここでむしゃむしゃ食べて、日当たりの良いここ沼の岸辺でごくごく飲んでるんだよ。かいば桶のような口、神様のこん棒のような頭、ハメの剣のような尻尾、畑の門のようなお尻とは、僕のことだよ。
クマは言いました。
-牛くん、つやつや美しくて広い君の背中に、僕を乗せておくれよ。

牛の背中に乗ったらこいつを食べてしまおう、とクマは考えていました。はたして牛はこう返しました。
-いいよ、背中においでよ。
そうしてクマは雄牛の背中に上がりました。牛が駆け出したのでクマは背中から跳び降りようとしました。しかし背中にはタールが塗られていたので、離れることができません。クマは大声でわめきました。
-離してくれ、地面に降ろしてくれ!
しかし牛は落としたりせずに駆けて行き、家の壁へドシンとぶつけました。頭をガツンとぶつけられたので、クマは死んでしまいました。おじいさんは獲物を得ると、皮を剥ぎました。

さて翌朝のことです。おばあさんが言いました。
-じいさん、牛を殺しておくれよ。
そうしておじいさんは再び牛舎へ行き、ナイフを研ぎ始めました。雄牛が尋ねました。
-おじいさん、どうしてナイフを研いでいるんだい?
-お前を殺すためだよ。
雄牛は言いました。
-頼むよ、おじいさん、僕を殺さないで。森へ行かせておくれよ、背中にタールを塗ってさ。また良いものを持ってくるからさ。

おじいさんは雄牛の背中にタールを塗り、森へ送り出しました。牛は、沼岸の斜面の中腹、日当たりの良いあの場所へ行きました。そこへキツネがやって来ました。キツネは雄牛に言いました。
-牛さん、何をしているの?
-ここでむしゃむしゃ食べて、ごくごく飲んでるんだよ。かいば桶のような口、神様のこん棒のような頭、ハメの剣のような尻尾、畑の門のようなお尻とは、僕のことさ。
キツネは「あなたの背中ってとてもキレイね。牛さん、私を乗せてちょうだいな」と言いました。
-どうぞ、どうぞ、お乗りよ。
牛が言いました。
そうしてキツネは雄牛の背中に上がりました。牛が駆けだすと、キツネは背中から跳び降りようとしました。しかし背中にはタールが塗られていたので、離れることができません。キツネはクマと同じように大声でわめきました。
-離して、離してよ!地面に降ろして、降ろしてったら!

そして牛は再び家へと駆けこむと、壁に向かって跳びこんだので、キツネの頭は壁にドシンとぶつかり、死んでバタリと倒れこみました。牛が良い獲物を運んできたので、おじいさんはまたしても大喜びで迎えました。雄牛を牛舎へ入れると、キツネの皮を剥ぎ、立派な毛皮を手に入れました。しかし、夜が明けるとまたしてもおばあさんが言いました。
-おじいさん、牛を殺しておしまい、こんなにも荒くれものなんだから(※1)。

そうして再びナイフを手に取ると牛舎へ行き、ナイフを研ぎ始めました。
雄牛が尋ねました。
-おじいさん、なんでナイフを研いでいるんだい?
-お前を殺すためだよ。
雄牛は言いました。
-頼むよ、おじいさん、僕を殺さないで。森へ行かせておくれよ、背中にタールを塗ってさ。良いものを取ってくるよ。

おじいさんは雄牛の背中にタールを塗ると、森へ行かせました。牛はまたしてもあの場所へ、沼岸の斜面の中腹、日当たりの良いところへ行きました。そこへウサギがやって来ました(※2)。ウサギは雄牛に言いました。
-牛さん、何をしているんだい?
-ここでむしゃむしゃ食べて、ごくごく飲んでるんだよ。かいば桶のような口、神様のこん棒のような頭、ハメの剣のような尻尾、畑の門のようなお尻とは、僕のことさ。
-僕を背中に乗せてくれないかな。
ウサギは雄牛に言いました。
-いいよ、背中においでよ。

ウサギが背中に上がると、牛は駆けだしました。臆病者のウサギは背中から跳び降りようとしましたが、タールにくっついてしまい、離れることができません。ウサギも大声で叫びました。
-離してよ、地面に降ろしておくれよ!
そして牛は家へと駆けこむと、おじいさんへ獲物を運びました。おじいさんは上機嫌でウサギを受取り、殺してしまうと、雄牛を牛舎へ入れました。

しかし悪い魔女のようなおばあさんは、おじいさんに雄牛を殺させました。おじいさんは馬に馬具をつけると、ソリの上に雄牛の肉を、クマの肉を、キツネの肉を、ウサギの肉もぜんぶ乗せました。もちろん、毛皮もすべて。そうしてお城へ出かけると、お肉と毛皮を売り、そのお金で大金持ちになりました。
それからおじいさんは、皇帝の宮殿のように大きな家を自分で建てました。もしまだ亡くなっていなければ、今でもそこでおばあさんと一緒に暮らしていることでしょう。さあ、これで終わり。これが雄牛のお話でしたとさ。

※1)どんな話でも、必ず3回行為が繰り返されます
※2)最後は必ず臆病者のウサギがやって来ます

単語

härkä [名] 雄牛
vihani [形] どう猛な, 凶暴な
tapppua [動] 殺す
veičči [名] ナイフ, 小刀
liävä [名] 家畜小屋, 畜舎
hivuo [動] (刃物などを)研ぐ
käškie [動] 頼む, 命じる, 言いつける
(otuš [名] 戦利品, 獲物, 入手物)
tervata [動] タールを塗る
rintani [形] 胸の, 胸元の
päiväpaistoni [形] 日当たりの良い, 日差しのあたる
(šykšytellä [動] かじる, むしゃむしゃ食べる)
(jukšutella [動] ごくごく飲む)
sopličča [名] 樺皮で作られた馬用の餌入れ
jumi [名] フィン・ウゴル民族で古くから信仰される超自然的な現象を具現化した言い方。「jumala 神」と同じ語源。
kurikka [名] こん棒
häntä [名] (動物・鳥の)尾, しっぽ
miekka [名] 刀, 剣
(perše [名] (人や動物の)けつ, 尻)
pelto [名] 畑, 野原
veräjä [名] 門, 水門
levie [形] 広い, 幅広い
laukata [動] 素早く駆ける
huutua [動] 叫ぶ, 大声を出す
heittyä [動] 投げる, 放る
mätäs [名] (湿地・沼地に散在する, 草・コケにおおわれた)小丘
jymähtyä [動]はげしい音をたてる, どすんと叩く
työntyä [動] 発送する, 送る, 出発させる
paukahtua [動] たたく, 音を立てて打つ
kellahtoa [動] ひっくり返る, 倒れる
kaikičči [副] いつも
hoš [接] けれども, とはいえ, たとえ~であっても
taru [名]
raiska [形] 可哀そうな, 哀れな
puuttuo [動] 捕らわれる, 不本意な状態におかれる
karjuo [動] 叫ぶ, 大声を出す
lapalivo [名] ヘビ, 悪い人・魔女
pakottua [動] (無理に)~を強いる, ~させる
val'l'aštua [動] 馬車につける, 場じゃの準備をする
linna [名] 城, 要塞, 宮殿
myyvvä [動] 売る
palatti [名] パレス, 宮殿, 王宮

出典

所蔵:ロシア科学アカデミー カレリア学術研究所(KarRC RAS)
採取地:カレヴァラ地区のアロヤルヴィ
採取年:1959年
AT 159

フィンランド文学協会SKS所蔵の類似話も同じ地区から採取されたこともあってかなり似ていますが、挿入されている詩的表現は異なっているようです。

日本語出版物

日本語での出版物は、今のところ見当たりません。

つぶやき

難しかった…特に、繰り返し現れる "Šuu kun sopličča, piä kuin jumin kurikka, häntä kun Hämehen miekka, perše kun pellon veräjä" という歌文句、これはもう本当にお手上げに近い状態でした。

訳では「かいば桶のような口、神様のこん棒のような頭、ハメの剣のような尻尾、畑の門のようなお尻とは、僕のことさ。」としています。

Šuu(口)と合わせて韻を踏ませている sopličča は、白樺の樹皮で編んだ家畜用のエサ入れのこと。"たくさん入る大きな口"を意味しつつ、韻を踏んでいます。

jumin kurikka はカレリア民話にときどき出てくるのですが…これは「Jumi(神)のこん棒」のような意味になるでしょうか。もっと意訳するなら「神の裁き」的な感じになるのかな。 jumi とは超自然的な現象に対して畏敬をもって使われる言葉で、神様という概念が生まれる前からの信仰です。

häntä(尻尾)と韻をあわせている Hämehen miekka(ハメの剣)。Hämeとはフィンランドの地方名です。ちなみに härkä(雄牛)とも韻を踏ませることができるので、雄牛が登場する話には結構ハメという地名が出てきます(ただしあくまでも空想的に)。

peršeはお尻、をもっと俗的に表現した言葉。なんだろう、おケツ?pellon veräjä は「畑の水門」になるでしょうか。想像するとなんだか・・・。

この話者はおそらく生活言語はすでにロシア語だったのでしょう、ちらほらとロシア語からの借用語(カレリア語には本来ない)なども伺えます。それもあって単語の確認に時間がかかってしまいました。

>> KARJALAN RAHVAHAN SUARNAT(カレリア民話)- もくじ

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