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渋谷の路上で悟りを開こうとした限界OLの話

修験の地・渋谷にたどり着くまで

 「俺と仕事、どっちが大事なの?」
 漫画のような終わりの始まりだった。とある年末の、寒い日のことだった。

 当時の私は、終電という概念のない働き方をしていた。仕事は刺激的で同僚たちは善良だったが、それとは別に、現場は人も時間も圧倒的に足りていなかった。徹夜を重ね、それでもなんとかスケジュールをやりくりし会いに行った直後のことだった。彼は堰を切ったように続けた。

「そこまで働いて、何になるつもりなの?」
「給料だってたかが知れてるでしょ」
「俺はもっと一緒にいられる人がいいんだよね」

 彼のことは好きだったし、尊敬もしていたと思う。なにか言いたかったが、この絶望的な状況をひっくり返せるほどの気力も思考力も、私は持ち合わせていなかった。

 とにかく、私は疲れていた。

 彼の家を後にし、先ほど来た道を逆方向に歩く。足は前へ進んでいるのに、脳みそが追い付いていない感じがした。私が打ち込んでいたものって何だったのだろう。

 思いがけない価値観の揺さぶりに、私は動揺していた。 このまま一人でいると、まずいことになる気がする。過去に想いを馳せるより、なにか新しいことで人生を上塗りしたい気分だった。渋谷行きの電車の中で連絡先を一巡した後、古い友人のSにメッセージを送った。

真実(ホント)のところなんてわからない

 突然の連絡だったにも関わらず、Sとはスムーズに渋谷で落ち合うことができた。「悟りを開きたい」という怪しい誘いに二つ返事で来てくれるなんて、いい友人を持ったと思う。捨てる神あれば拾う神ありだ。

 近況報告を兼ねた議論の結果、来たる新年に向けて人生を見つめなおすことになった。そして、「人生を見つめなおすといえば占いだ」という短絡的かつ明快な結論に従い、とりあえず渋谷で人気の占い師を探すことになった。

 ひとしきり調べたところ、ある人物が複数のサイトで紹介されていることが判明した。きっと評判がいいのだろう。なんでも彼は路上に店を構えているらしい。

 路上の占い師。完全に好奇心の勝利だった。私たちはそこに行くことに決めた。

 以前、新宿でも同様の占い師を見かけたことがある。雑踏に一定の距離を置かれながらぽつんと座る姿は、もの悲しかったし、少し不気味だった。当時「(あんなところに行く物好きな人いるのかな…)」と思っていたが、まさか自分が行くことになるとは。つい数時間前まで恋人とデートするつもりで会社を出たことを思うと、人生は先行きが不透明すぎる。

 やたら画素数の低い個人ブログの案内によると、その占い師は109の交差点をドン・キホーテの方向に進んだ通りに夜になると現れるらしい。これだけ見ると完全に妖怪の類だ。第一、そんなところに占いなんてあっただろうか。見慣れた道のはずなのに、スマホを何度も確かめながら私たちは目印となる看板を目指した。

 蛍光灯に照らされたビルの前に彼はいた。決して上等とは言えない造りのテーブルには布がかかり、その上には小さな行燈がともっている。
 そしてそこには、既に3名ほどの人が列をなしていた。路上の占いに挑むなんて相当ヤバいやつしかいないんじゃないかと思っていたが、外見的にはいたって普通の人たちに見える。人の抱えている闇はわからないものだ。そういえば、あゆの歌にもそんな歌詞があった気がする。

 私たちは恐る恐る最後尾に並んだ。すぐ目の前の通りでは、年末特有の騒がしい空気をまとったグループが次々と通り過ぎていく。頼むから知り合いが通りかからないでほしい。これから始まる未知の世界への好奇心と自意識の狭間で謎の緊張が高まっていた。

癖がありすぎるご神託を受ける

 対面した占い師は初老の男性だった。いかにもそれらしい黒いベールのような服とベレー帽をかぶっている。顔はやせていて、愛嬌のあるホラーマンという感じだ。

 名前と生年月日を伝えると、手元にある紙に、少し癖のある、それでいて整った字を書きこんでいった。これから忘年会であろうグループや腕を組んだカップルが少し遠巻きに、でも興味深そうにその紙と私の顔を一瞥して通り過ぎていく。彼らから見ると、スピリチュアルに傾倒している女に見えるのだろう。
 そんなことはお構いなしに、今度は字画をさらさらと足し上げていく。一通り書き入れると彼は顔をぱっとあげ、「どうして来ちゃったの」と言った。

 意味が呑み込めず焦ったが、彼は続けた。

「だってあなた、人のアドバイスとか聞くタイプじゃないでしょ」

 自分の過去を振り返ると心当たりしかないのだが、認めてしまうと元も子もない。曖昧に笑う私に、彼は話を続けた。

 一言でいうと、彼の占いは独特だった。
 占いというからには「仕事」だとか「恋愛」だとか悩みのジャンルくらい訊かれるものだと思っていたが、彼はなにひとつ訊かず、ただひたすらに私がどういう人かを一方的に説いていった。

「全て自分との対決でもって伸びていくタイプだな。いいよそれで。あなたは人の話を聞くのが一番ダメ。

「人の好き嫌いがはっきりしているから、本来協調性がめちゃくちゃ弱いはずなんだけど、自分の世界に踏み入れられない限りはニコニコしてるから、ある意味協調性がある人よりも協調性があるように見えるんだな」

「感情に素直で、思ったままを言っちゃうから、悪意があったとしても相手には見えづらいのね。そんなもんだから一般人を洗脳しやすいよ。いや~素晴らしい」

「褒めているのか貶しているのかわからない」という高度な話法に、時おり手相の確認を混ぜ込んだ軽快なトークが続く。“ずっと彼のターン”だった。

 彼が言うには私は「ここに来る意味がわからないくらい、人にもお金にも最高に恵まれた人生」とのことだった。そんなこと言われたのは初めてだ。そして仮にも相談者に「来る意味がわからない」なんて言っていいのだろうか。

 同時に、私の中には「名前と誕生日だけでなぜわかるんだ」というテクノロジー社会を生きる人間として至極まっとうな疑念が湧いたが、口にすることはしなかった。そんな安直な質問をして彼のトークを遮ってしまうのも無粋な気がしたし、そもそも真にロジックを求める人間であれば「年末の寒空の下、渋谷の路上で占いを受ける」なんて酔狂なことはしない。星空こそ見えないが、その空間にはロマンしかなかった。

 ひとしきり話し終えると、Sが気になっていたであろうことを質問した。

S「彼女、さっき恋人と別れたんです。これからどうなりますか?」
占い師「う~ん、恋愛だけは本人の努力だからなあ」

 斜め上すぎる回答だった。

占い師「恋愛は行動力だよ。本当に恋人がほしいならまずね、行きつけの店を10軒つくりなさい。そこに顔を出して、独身っぽい人がいないかひたすら見ること。どこに住んでるの?」

私「代々木です」

占い師「悪くはないけど、パンチがないなあ。引っ越せとまでは言わないけど代官山か中目黒に行くといいよ。あの、本屋がついてるスタバとか。」

占い師「できれば終電頃がいいね。昼間だとファミリーが多いから。終電の時間帯ならファミリーはいないし、近くに住む人しかいなくなる。そのあたりに住んでいるってことはある程度暮らしと精神に余裕がある人だし、最低限の文化度は保証されているよ」

もはや「占いとは何なのか?」を考えさせられる域に達していた。

 その後、彼があらゆるテクニックを駆使して射止めたという妻とのエピソードなどを聞き、私たちは路上の占いを後にした。順番待ちがいなければ制限時間は特に設けないという良心的なスタイルのようで、気が付くと2人あわせて2時間くらい話していた。私たちは謎の高揚感に包まれていた。

残ったのは、根拠のない自信だった

 思うと、占いなんて商売が成り立っているのはとても不思議だ。

「それってなにか意味あるの?」
「そんなことにお金払う理由がわからない」
「時間がもったいないと思う」

 占いについて話す時、善良で聡明な同僚たちは口を揃えて言っていた。確かに、当たっているかどうかすら定かでないものにお金と時間を割くよりも、わかりやすく価値を感じられる物を手に入れたり、権威のある人に評価されるためにリソースを使うことの方が、世の中を”よく生きる”ためには必要で、価値のあることのようにみえる。

 だが、素性もわからない路上のおじさんに「あなたの人生には華がある!魅力しかないんだから何も心配いらないよ!」と底抜けに明るく伝えられた言葉に、あの時の私が救われたのは事実だ。

 権威もない、根拠もない、そして誰かとの比較で発せられたわけでもないその言葉は、「私はあなたの●●なところ(美しいところ、賢いところ、センスのいいところ…)を評価している」と言われるよりも、かえって励みになるときがある。確固たる理由がなくとも、私の人生は最高なのだ、という圧倒的な自信。渋谷の路上の占い師は、そう思わせてくれる言葉の選び方が、最高に巧みだった。

□ □

 長い人生を生きるにあたって。ぶれない軸を持ち、あらゆる不安を自身の力で冷静に対処できるようになれば、それは非常に素晴らしいことだと思う。だが何かの拍子に、今まで信じていた価値観が大きく揺らいだり、自分だけでは抱えきれない不安がうまれることもあるかもしれない。

 再び平穏な日常が訪れた後の世界で、もしあなたの身にそのようなことが起きた時。ぜひ、この根拠は全くわからないが圧倒的な自信と非日常的な緊張感、そして恋愛に関してはやたらシビアなアドバイスを与えてくれる、素晴らしくユニークな占い師の元を訪れてみてほしい。


(追記)

♥を押すと師の名前がわかる仕様にしてみました。興味が湧いた方はぜひ調べてみてください。


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