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岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』

AD時代に週に一度だけお会いするみんなが怖がっている50歳くらい?の男性上司がいた。

実際こわい時は怖いし、怒られることもある。
ただそれはすごく理路整然としていて、ごもっともなので何も返す言葉はないし、どれだけ怒られても私はその人が好きだった。

その人は映像に音を吹き込むプロの方だ。

例えば、吹き替えの映画。
音声を消して日本人の声で吹き替えをするわけだから、ヒールで走り去る音なども当然消えてしまう。
そういった時にヒールで走り去る音などを付けるのがその人の仕事だ。
音効さん、とここでは呼ぼうと思う。

ある日、その音効さんに会った。
「良いもの見せてあげる」
と、音効の機械がたくさんある部屋を抜けて、
奥の部屋に連れてきてくれた。
その部屋には階段、洗面所、お風呂場のような場所、キッチン、たくさんの種類の靴、砂利、ドア…
すごく沢山のシチュエーションに備えた小道具やセットの一部が置かれていた。

私が「現場で取れば良いのに」と言った時だった。
「現場で取った音だと、実際に聞いた時に印象に残らなかったり、その人の癖みたいなものが出てしまう。だから、俺らが音を演じる方がいいものになる」と彼は教えてくれた。

「無個性も才能」「普通も能力」だと教えてくれたのが彼だった。

今更ながらハライチの岩井さんが執筆された『僕の人生には事件が起きない』を拝読し、それに併せてインタビュー記事を拝読した。

まず、この作品には特に何も起こらない普通の出来事が淡々と綴られている。
何も起きない。でもそんな普通の日常が楽しい。
…本を読み進めるうちにそう感じさせる。
気心の知れた友人と大学の授業の空きコマにだらだらと雑談しているどうでも良さと気楽さがある。

有名な方の執筆したエッセイの中には、自伝のような物が多い中で、岩井さんの視点での日常を抉り取り、抉り取り方を面白く伝えてくれるので読みやすくて真っ直ぐに面白かった。

インタビューで岩井さんは
・個性の有無がなにかを決めるわけではない。
・自分というキャラクターの設定を受け入れる。
・人生の主人公は自分だけれど、主人公が必ずしも勇者や英雄である必要はない。
と語っている。
さらに「僕、一応、芸能人というカテゴリーに入っていると思うんですけど、芸能人の僕の日常が何も起きずに普通なんですから、みんな大体、普通ですよ。」と。

バラエティでも時々「じゃない方」とされてしまう側の岩井さん。
いつもどこかで自分と社会(今)を切り離し、達観しているような印象だった。

この書籍を拝読し、岩井さんの切り口や考察を垣間見ることで、インタビューで語られていた上記のことがより身近に感じられる気がした。

私の周りには「無個性」や「普通」を楽しく、面白く、素敵に映す人が多くいる。
普通であることを楽しめる人になりたい。

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