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後編:京都でのあの強烈な体験を私は忘れない

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五重塔内部に入ると、ただただその造りにびっくりした。


「あっ、五重塔内部ってこういう造りになってるのね!」と。
どんな造りになっているかというと、四角い空間の中央に心柱と呼ばれる大きな柱があり、そこに大日如来が、そしてその周りに四尊の如来像、八尊の菩薩像が配されているのだ。


またそこには、"関係者"のネームタグを首から下げた方が常駐。特別拝観期間中は五重塔内部の説明をしてくれるらしい。
早速その方の話に耳を傾けてみると

「これは立体曼荼羅で~」というワードが聞こえてきた。


その瞬間、突然私の意識が宇宙と繋がると同時に、私の頭上に様々な光景や文字が、まるで走馬灯のように映し出された。


そこに映し出されたものとは


『空海、曼荼羅、梵字、仏像、日本、令和、京都』



あぁ、そうだ、そうだった。
私はこれをやりに来たんだった。
それらに思いを馳せながらなぜか納得していた。
だからこそ、この時代を選んで生まれてきたんだ。
五重塔内部の立体曼荼羅を、この身でリアルに体感できるこの時代に。
空海や仏像、梵字について自由に学ぶ事ができるこの時代に。


するとまた涙が溢れに溢れ、講堂、金堂での泣きっぷり以上にワンワン泣いた。脳みそが出てしまうんじゃないかと思うくらいに。


五重塔から出た後も涙は止まらなかった。すると五重塔の拝観を終えたと思われる女性から「お清めの涙ですね、導かれて来たのですね、素晴らしいですね」と声をかけていただいた。
すると、その優しさが何かのストッパーを外してしまったらしく、東寺に来て一番の音量、涙量で泣いた。


このタイミングでそんな声掛け、反則じゃないか?もしやこれは、宇宙に導かれたのだろうか。宇宙は私に、「はよ自分の使命に気づきなはれ」と言いたいのだろうか。とにかく頭がパンクしそうだった。



それからどうやって東京に戻ってきたかは、正直あまり覚えていない。
東寺での体験があまりに強烈だったという事もあるけれど、もしかしたら、東京に戻ってきてからの日々が相当滑稽すぎて、記憶が上書きされてしまったのかもしれない。


滑稽というのは、五重塔で受け取った様々なキーワードに則って



・空海について調べてみる
・曼荼羅について調べてみる
・梵字を書いてみる
・密教関連の本を買ってみる
・仏像関連の本を買ってみる



これらを片っ端からやっていくというもの。



そうしてそれらを実際やってみた結果、どうだったか。



1ヶ月も経たないうちに、それらの本は一切開かなくなったし、上記とは全く別の事に興味が湧き始め、それらにかかりっきりとなった。あれだけ強烈な体験をしたのだから、てっきり梵字や曼荼羅といった密教方面に導かれるのかと思いきや、全くもってそうはならなかったのだ。



では、あの強烈な体験は一体なんだったのか。


あれはもしかすると、私の過去世の人が反応したものではないだろうか。
思い返してみれば、2017年に初めて訪れた京都御所での不思議体験。あれも過去世の人が絡んでいるものだった。



そう考えると、全てが腑に落ちる。



とはいえ、京都に足を運ぶと、かなりの確率で過去世の人が”ひょっこり”現れる・・・。


困ったもんだなぁ。


けれどもまぁ、そんな風に生まれてきてしまったのだから仕方ない。私は私を存分に生きようではないか。



『ご縁のある場所では過去世の人が出てきやすい』



京都でのあの強烈な体験のおかげで、少しずつ、自分という人間の生態が分かってきた。



それを理解した上で
さぁ、これから私はどう地球を楽しもう。







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