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[短編小説]祭りが終われば II 〜掛け違い続ける夏〜

       〜大会 夏〜

 アップの為のサブコートへ入る時、僕は入り口の方を振り返った。入り口までの距離は長くはないが、人が多く見つけづらかったが、ジャージやユニホーム姿が多い中、所謂私服姿の4人を見つけるのは簡単だった。会場の中の事は由が知っているはずだから、迷っている様子はなく、観客席の方へ向かっていった。

 アップを終えて、試合が行われるコートへ向かう。途中キャプテンからスターティングメンバーが発表された。相手チームは、もう何度も対戦している学校で、対戦成績は希望的に見て五分としておきたい…
 ゲームコートの入り口、僕は気になって観客席を見た。専用のロッカールームなどあるはずのない高校生の大会、自分達の荷物は観客席に置いておく。その為、どこの学校もマネージャーや保護者が荷物番をしている。見上げると、女子部のキャプテンが最前列で荷物番をしてくれていた。その客席の同じブロックの最上段に4人の姿が見えた。「彼女は4人の存在に気付いているのか?いや、気付いてるとかの問題ではなく、由が彼女を見つけているに違いない…」僕は頭の中で必要のないことを考えていた。

 前の試合が終わった。ベンチの片付け、コートの掃除が終わるのを待って、僕はコートへ向かった。まるでルーティンのように、決まった椅子に決まった順序で動く。多分、チーム全員がそうなのだろう…
 試合前の練習を終え、ベンチに戻り、ユニホーム姿になる…。観客席の事は気にしないように、コートの中に視線を集中していた。
「アレ?タオルは?」
後ろからベンチに入るマネージャーが僕に声を掛けてきた。
「あっ!上だ!」
「まったく…ちょっと待って」
マネージャーは客席を見上げ、僕の事を指差しながら…
「ねぇ…タオル取って」
誰に言うでもなく、上からタオルが投げ込まれた。マネージャーはすでにいなくなっている僕の席にタオルを掛けていった。

 ゲーム直前、観客席を見上げると、4人が一応盛り上がっているように見えた。僕は一瞬この試合が終わらなければ良いのに、と思いながら…試合は始まった。
「やっぱりバスケやってる時が一番楽しそう」
由紀が呟く。
「そうね。小学生の時からずっと続けてるって言ってたから、よっぽど好きなんでしょ」
由が返す。
「そんなに続けてるんだ…」
「今日勝つと来週も試合なんだろ?」
男2人が声を合わせたかのように由に聞く。
「うん、そのはずだよ」
「そっか〜」
3人の声が合ったが、表情はそれぞれ違った。
この日、午前中の試合に勝って、この午後の試合に望んだうちのチームは、この試合に勝つと来週の週末も試合の予定で、そうなると来週末予定している、軽井沢の保養所へは僕は行けなくなる。
この事がさっきの「そっか〜」の違いに表れているに違いない。
 試合は接戦だった。第一クォーター、第二クォーターを終え、ハーフタイムになった。この時点で5点差で勝っていた。
 女子部のキャプテンも応援に力が入っていた。
試合に集中していた僕は、その声も耳に入らなかった。そのキャプテンの元に由がやって来た。
「応援きてたのね」
「うん、なんとなくね」
キャプテンの答えはあっさりしていた。
「由こそ、4人で来るなんて…」
「由紀が…彼女が試合が見たいって言うから…」
「花海さん?」
「うん」
「そーなんだー。珍しい!」
「それはお互い様でしょ」
「男子の試合って、真面目に見た事なかったからなんか新鮮で…」
「そうね」
「ねぇ、由は勝ってほしいの?負けてほしいの?」
「ん〜、複雑…」
「ふーん、上の3人は?」
「勝ってほしい子と負けてほしい子と、両方いるから面倒臭いのよね〜…まったく付き合っちゃえば良いのに…そうすれば…」
由の本音が思わず出たようだった。
「複雑な人間関係に巻き込まないで!」
キャプテンは含み笑いをしながら言った。
「そう…もっと単純なら良いんだけど…原因も解らないから対処しようがなくて…」
一瞬間が空き、2人は目を合わせて笑った。
「あ〜、面倒臭い」
由がボソッと呟き3人の元に戻っていった。

 第三クォーターが始まった。ただ見ていた4人も応援に熱が入ってきた。それは自身の想いとは関係無く、純粋にバスケ観戦を楽しんでいるだけだった。両チームベンチ以外は皆んなそんな感じなのかもしれない。もしかしたら、一番楽しんでいるのは、試合をしてる選手達かも…と思いながら、その状況を楽しんでいる僕がいたのも事実。

 第四クォーターに入りさらに白熱していた。
所謂シーソーゲームになっていたからだ。しかし、そんな状況は長くは続かず、最後は呆気なく終わり、僕らの夏は幕を閉じた。
とはいえ、落胆する者もいなかった。本来高校三年生にとっては引退となるのだが、うちのチームには三年生がいない為、このメンバーで後一年続けるのだから。試合が終われば、勝とうが負けようが、コートを空けなければならない。ベンチを片付け、観客席に戻る。今日に限らず、現実に戻される瞬間だ。
 観客席に戻ると、4人がこちらを見ていた。僕は手を上げただけで通り過ぎた。僕は最前列の椅子に陣取り、シューズの紐を緩め、汗の処理をしていた。
「お疲れ様」
応援をしていた女子部のキャプテンが声を掛けてきた。
「まぁ、こんなもんだろ」
僕は予定通りかのように返事をした。汗の処理を終わらせた僕が徐ろに立ち上がると
「どこか行くの?」
「あー、軽く腹が減ったから、コンビニ」
試合が終わったとはいえ、次に行われる試合の手伝いをする習わしの為帰る訳にはいかなかった。
手伝いは一年生がするのが、ほとんどの学校の慣習だった。
「帰らないの?」
女子部のキャプテンに聞いてみた。
「うん、次の試合も見ていこうと思って」
「ふーん」
僕はそのまま観客席を出た。

     〜茶番!か嘘? 夏〜

 4人が一定の距離をとって付いてきていたのが分かった。だが、敢えて振り向くことはせず、コンビニを目指し歩いた。体育館を出たところで
重信が僕に声を掛けてきた。
「お疲れさん、残念だったな」
僕は振り返り
「そんな事もないよ。悪いなせっかく観に来てくれたのに勝てなくて」
一瞬自分で言いながら、嫌味を言っているようで
気が咎めたが、その事についてはなにも言わなかった。重信が僕に並んだところで
「これで、気にせず軽井沢行けるんだろ?」
「来週だっけ?」
「あー」
頭の中で、様々な答えが巡った。遠慮なのか?図々しさなのか?何も考えてないのか?
「行っていいのか?」
考えた結果ではなく、考えてながら出た言葉だった。
「もちろん!当たり前だろ。それにお前も知ってるだろ?お前がいる事が貸してもらえる条件だって…だから…」
「わかったよ。来週な」
「良かった。時間とかは正直まだ決めてないからまた連絡するよ。じゃぁな…」
「あー」
コンビニの前で別れた。振り返ると、重信が合流した4人は、こちらを見て手を振っていた。僕もそれに返すように手を振りながら、コンビニに入っていった。
 コンビニからの帰り道、僕は一人様々な事を考えた。行かない選択、ドタキャンした時の4人の反応、そもそもさっき確認に来たのが、何故重信一人だったのか?
「まっ、いいか…」
思わず独り言が出た。

 体育館に戻ると、既に試合が始まっていた。
「おかえり」
女子部のキャプテンだった。
「ただいま」
「ねぇ、4人は帰ったみたいだけど…」
「あー、全く知らない学校の試合観ても仕方ないからだろ」
「ふーん、なんか喋った?」
「挨拶程度は」
「挨拶程度って…ホントに仲いいの?」
確かにそう言われてもしょうがない。僕は心の中で笑いそうになりながら
「多分な…」
「ふーん」
仲がいいのか?この言葉が心の中に響いた。確かに『親友』と呼べる程の仲ではない。ただ、単純に一緒にいて『楽』だという言葉が当てはまるだけなのかもしれない。4人はどう思っているのか?多分、そこまで深くは考えていない。
「そんなもんだろうな…」
独り言が口から出てしまった。
「何?」
「うんうん…なんでもない」

 僕にとって大して興味のない試合が終わった。
お手伝いをしていた一年生も観客席に戻って来て
帰り支度を始めた。
「どうするの?」
徐ろに僕が聞いてみた。
「帰るよ」
思ったよりあっさりとした返事だった。
「ふーん」
僕もあっさり返した。

     〜最後の時間〜

 軽井沢へ行く予定の前日、由紀から連絡が来た。本当に何も考えずにメールを開く。
 〜明日食材を買って行く都合で、電車組と車組に分かれて向かう事になって、私と由ちゃんとあなたが車組で他男子2人が電車組っていう事になったの。明日9時半頃、駅前のコンビニで待ち合わせでいいかな?〜
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになった。何故その分け方なのか?他の連中と話し合った結果なのか?そもそも車ってなんだ?高校生の僕達には当然車もなければ、免許すらない。由紀のお父さんが関わっているのか?挙げればキリがない程聞きたい事が湧いて出てきた。僕は深呼吸を一回して天を仰いだ後で、
 〜わかった。明日9時半ね〜
ただそれだけを返した。多分何を聞いて、何を聞かないとしても、これは僕に連絡が来る前に、すでに決定事項なんだ。と思い無駄な抵抗は止めておいた。2人の野郎がどう思っているかは、僕には関係ないことだ。

 翌日、僕の心とは裏腹に快晴だった。約束の時間の10分前にコンビニに着くと、店から、由紀と由が袋を抱えて出てきた。
「おはよう」
2人は声を合わせて笑顔だった。
「朝から元気だな」
「朝だから元気なの!」
「あーそっ!で、何買ってきたの?」
「とりあえず、着くまでの飲み物」
「ふーん、じゃ、俺も…」
店内に入ろうとした時
「あっ!買ってあるよ」
「えっ、ありがとう」
買っておいてくれた優しさではなく、思わず出た「ありがとう」に照れ臭くなった。
「ほらぁ、そろそろ出発するぞー」
突然、後ろから声を掛けられた。声の方を見ると、由紀のお父さんが車の窓から顔を出していた。3人で車へ向かい、僕は運転席へ回り込み
「おはようございます。今日はありがとうございます。保養所だけでなく、送ってまで頂けるなんて、助かります」
「おはよう。気にしなくて良いよ。空いてるのに使わないのはもったいないだけだから。さぁ乗って出発するよ」
ふと車の中を見ると後部座席に2人が座っていた。由紀に目を合わせ、助手席を指差すと、笑って頷いた。ますます複雑な感じになってきたと思いながら、そんな事とは関係なく車は出発した。

 途中、大型スーパーに立ち寄り、食材を買った。何食分か分からない位多くの食材がショッピングカートの中に入れられていく。
「全部食べ切れるのか?」
楽しそうに選んでいる由に思わず聞いてみた。
「大丈夫だよ。男3人いれば」
「ホントか?そもそも誰が料理するんだ?確か2人とも料理は無理って言ってたよな…向こうの2人が出来るのか?」
「その4人じゃなければ、1人しかいないじゃない?出来るって話だし」
「俺?まぁとりあえず食べられる物は作れるけど
えっ?2人が選んだ食材で作れと…?」
「手伝いくらいするから」
「そーですか」
僕はめんどくさそうに返事をしたが、内心ホッとしていた。とりあえず、1人でいられる場所が確保出来たからだ。
「とりあえず、夕飯はバーベキューだな」
支払いの為だけに来てくれてる由紀のお父さんが僕に話し掛けてきた。
「バーベキューが出来る場所があるんですか?」
「あー、庭に設備がある」
「すごいですね!炭とかも?」
「あー、ある」
思わず、カートの中を覗き込んだ。

 スーパーを出て、高速道路を直走りながら、僕はお父さんと雑談をしていた。本当に他愛もない話だった。ふと、後部座席の2人を見ると、2人とも寝ていた。ついさっきまで、ケータイをいじっていたと思ったのに。電車組の2人も気になったが、後ろの2人がケータイをいじっていた相手が電車の2人なのだろうと思い、放っておいた。

 保養所に着いた時、まだ電車組の2人はまだ来ていなかった。
「まだ後30分位掛かるって」
由紀が突然大きな声で言った。
お父さんから、保養所の説明、バーベキューの道具のこと、終わった後の処理、帰る時の注意点などを聞いていた為、由紀の言葉は聞き流した。
その後、由紀と由は保養所の中から庭の隅々まで2人で楽しそうに見て回っていた。
「じゃぁ、由紀、帰るぞ」
お父さんが離れていた由紀に話し掛けた。
由紀と由は小走りで近づいて来ながら
「もう、帰るの?」
「あー、注意する事は全部話しておいたから」
「ありがとう、気を付けて帰ってね」
ちょっと素っ気ない気がしたが、娘と父親の会話とはこんなものか…と思い、変に納得した。
車まで3人で見送り、お父さんが車に乗ったところで、僕は由に目配せをして
「送ってくださって、ありがとうございました」
というと由も
「ありがとうございました」
と続けた。お父さんは手を振りながら、車を発車させた。車は山道の為すぐに見えなくなった。中へ戻ろうと、振り返るとちょうど反対側から電車組の2人の姿が見えた。
「おっ!ちょうど2人も来たみたいだな」
僕はそれだけ言って保養所の中へ戻った。当然2人は彼氏の到着をその場で待っていた。

 4人が一通り保養所の中を見てまわり、リビングに戻ってきた。僕は1人ずっとリビングにいた。静かな夏を感じてながら、まるで高校生らしくない感じがしていた。
「どっか行く?」
重信がリビングに来るなり、僕に声を掛けた。
「そうだな。昼飯も考えなきゃだから、ぶらぶらするのもいんじゃないか?」
「うん、行こ!」
由紀から返事が帰ってきた。
5人が出掛ける準備を始め、終わった順に玄関先に向かった。僕は全員出たところで鍵をかけた。

 軽井沢の夏は穏やかだった。かつての賑わいは少なくなった気はするが、それ位が丁度良かった。ごく自然な事だが、5人で歩いていたのに、
少しずつ間が開いていた。もちろん、重信と由紀、悠真と由、僕という組み合わせだった。
離れたといっても、振り返ればちゃんと一緒にいるという事がわかる程度の距離感だった。
僕は一番後ろから4人を見ていた。
「やっぱり、なんでここへ来たのやら…」
誰にも聞こえない声で呟いた。
ランチを適当に済まして、さらに軽井沢の街をぶらぶら歩いた。前を歩く二組は気になる店に入っては出て、たまに何やら買い物をしていた。
一通り見て回ったところで二組が止まり、振り返る。僕はビックリして立ち止まる。
「戻ろうか」
悠真が僕に向かって発した。
「もう大丈夫か?」
曖昧な言い方をしてみた。
「おう!」
心なし悠真のテンションがいつもより高い事に気がついた。
「明日もあるし、電車移動で少し疲れた」
「じゃ、戻るか」

     〜終焉の始まり〜

 保養所へ戻ると、夕方近くになっていた。まだ空は青く、夕方というには早い気がしたが、時刻的には夕方といっても良いくらいだ。
戻ってからは、皆それぞれ好き勝手な時間を過ごしていた。当然のように僕は1人で庭にあるバーベキューの施設を確認するように見ていた。
それは、初心者でも簡単に出来そうなもので、キレイに使われていた。僕は炭やら網やら必要なものを準備して、キッチンに戻ろうとした時、西のの空は真っ赤に染まっていた。高校生のくせに、その光景の中にいられる自分がとても贅沢な気がして、暫くそこから動けないでいた。

 時刻は6時を回っていた。リビングには誰もいなかった。2階には個室があるわけではなく、大部屋があるだけの造りになっていた。特に話し声が聞こえてくるわけもなく、静かな夕暮れだった。僕はキッチンでバーベキューの準備をしていいた。食材の準備を済ませ、庭に出てバーベキューコンロの炭に火を付ける、網の分と鉄板の分
飲み物は流しの中に氷水をはり、ペットボトルごと刺しておいた。食材を運び、皆んなを呼ぼうとバーベキュー施設の屋根を抜けた時、僕の目の前に無数の星が輝いていた。その星に見惚れていると、由紀が庭に出て来た。
「ごめんね、全部してもらっ…」
言葉が途中で止まる。彼女の目にも星が目に入ったに違いない。
「すごい…キレイ…」
普段、こんなに星を見ている事があるだろうか…と思うくらい見ていた気がした。
由紀が何かに気がついたように
「み、皆んな呼んでくるね…」
と言って戻っていった。僕はバーベキューの網のところに戻り、火の様子を見ていたが、心の中は星空でいっぱいになっていた。

 4人が揃って来た。由紀に促されるように星をみながら、
「ありがとう、準備してくれたんだって」
悠真が白々しく言った。そこに乗っかった重信も
「言ってくれれば手伝ったのに」
思ってもいない言葉を吐く奴ほど、ろくな奴じゃない。僕は心の中である事をこの瞬間に決めた。
『今日と明日の二日間、コイツらの世話をしに来てやったんだ。仲良しこよしを気取る必要もないとりあえず今すぐ帰るのは止めておいてやる』
帰ってもいいと思ったが由紀のお父さんと、
来た時と同じ状態にして帰る。と約束したからだし、ある意味それが常識だから。

 さっきの言葉に気持ちが入ってないことは2人の行動で解った。何も言わずにテーブルに着いたのだ。こうなると心の声が止まらない。
『お前らはレストランにでも来たつもりか?ならば金を払えよ。由紀のお父さんが全額出してくれてるんだ!そうか!お前らは挨拶すらしてないもんなぁ!高校生とはいえ、このクソガキ共が!』
とブツブツ絶対に聴かれないように、悟られないように、冷静に普段通りの表情を作り、準備を進めた。そこへ由紀が笑顔で寄って来た。
「手伝うよ」
明らかに何か気がついたようだった。
「ありがとう、でももうほとんど終わってるから大丈夫だよ。ほら、皆んなと一緒に居なよ」
由紀は、少し寂しそうな顔をチラリと僕に見せてからその場から離れた。

 その後は、まるでレストランのボーイさながら
手際良く飲み物そのまま食べられる物を4人が座るテーブルに出していった。
「適当に始めてて、あれこれやりながら、俺も適当に食べるから」
「あー、悪いなっ!」
僕は一応その言葉を聞いてから、再び準備に戻った。その後食材を運び、テーブルの隣にあるバーベキューコンロへ付き、食材を焼き始めた。
テーブルは盛り上がっていた。高校生なのでアルコールは当然入ってない。
 仕上がった料理を次々にテーブルへ運んだ。盛り上がっているせいか、誰一人気にも留めない状況に僕の食欲は減っていった。
一通り出し終え、飲み物を交換したところで
バーベキューコンロの傍にある椅子に一人座り
余物のような料理を口にした。
何故一人で座ったのか…?簡単な話、男2人が二つあるテーブルの内4人テーブルを敢えて選んだのが解ったからで、もう一つのテーブルは6人掛けだった…。
味は感じられなかったがとりあえず、帰るまでのカウントダウンを心の中で始めた。

 小一時間が経過したところで、騒ぎが治った。
「そろそろ部屋に戻るか?」
どっちが発した声か分からなかったが男の声がした。更に女の子の声で
「じゃぁ、片付けないと」
「ちょっと部屋で休んでからにしよう」
「なっ!」
最後の「なっ!」は僕に向けて言ったのか?疑問が沸いたが、聞こえないフリをした。その後、4人は部屋に戻っていった。
このまま帰ってくれようか?

 部屋の中から馬鹿騒ぎが聞こえたが、気にも止めずに、片付けをしていた。しかも、極力音を立てる事なく、多少の音は聞こえないと思ったが、「後でやる」と言った奴らの言葉を確認してみたいと思った。
やがて、片付けも終わろうとした頃、誰かが近づいて来るのが分かった。女の子2人だった。
「ごめん、やっぱり片付け終わるよね」
「…大丈夫だから、気にするなって」
「あの2人騒ぎ過ぎだよね」
「楽しんでるなら、良いんじゃない?」
「星もキレイだし、一人呑気に片付けでれば終わるから…」
「優し過ぎるよ…」
「「楽しい」ってだけで正解だろ」
「でも、こういうのも皆んなでするから、楽しいって事でしょ!」
「こういう事をやるのが楽しい奴と、こういう事をやると他の事まで楽しくないと思う奴と、両方いるって事だろ」
「でも…」
「気にするなって!ほら、先にお風呂入っちゃえって…俺ももう直ぐ終わるから…」
「ありがとう」
由紀と由は申し訳なさそうに、部屋へ戻っていった。

 片付けを終わらせ、残っていたコーラを飲みながら、座り込んでいた。どの位時間が経ったかわからないくらい、日常ではあり得ない時間を過ごし、僕は部屋に戻った。
 リビングに戻ると、誰もいなかった。ただ2階から相変わらず騒がしい4人の声が聞こえた。シャワーを済ませ、リビングのソファに座り、テレビを付けた。「僕は何の為に来たのやら…」
心の中で呟いた。

        〜夜中の夢か?〜

 ふと気がつくと、時刻は0時を回っていた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。キッチンへ向かい、コーヒーを淹れた。真夏とはいえ軽井沢の深夜は少し冷んやりする気がした。相変わらず2階の騒ぎは収まらいようだった。ソファに戻り
つけっぱなしのテレビを見ながら、なにも考えずにただ時間を貪った。

 1時を回り、寝ようとそのままソファに横になったなった。2階の騒ぎを遠くに感じ始めた頃
「やだ!ホントにもうやだ!」
2階から一際大きく聞こえた。多分由紀の声だ。
そのまま階段を降りる音が聞こえる。僕は咄嗟に寝たふりをした。
「だから…怖い話はホント嫌い!」
どうやら由紀の独り言のようだ。キッチンで冷蔵庫を開ける音がして、少し間を空けて冷蔵庫の扉が閉まった。
「あっ、ここで寝てたんだ。2階に来ないから…と思ってたら…」
由紀は寝ている僕に話し掛けていた。頭の中に残る怖い話を無理矢理消すかのように。
「やっぱり、少し涼しいよね…」
と言いながら、由紀は僕にタオルケットを掛けてくれた。そのまま2階に戻ると思いながら、そこで僕は深い眠りについた。

 1時間くらい経っただろうか。僕は人の気配を感じて目を覚ました。つけっぱなしの照明も消え
2階からも何も聞こえない…4人共眠ったようだった。じゃあ僕が感じた人の気配は?気になって体を起こした。僕が寝ているソファの下、直ぐ横で誰か眠っている?月灯りがカーテンの隙間から差し込んでその人物を照らした。由紀だった。
何故?こんな所で眠っているのかは分からないが眠っていた。僕はその姿を気にしながら、再び眠りについた。

 次に目が覚めた時、何となく外は明るくなり始めていた。そして、隣に由紀の姿も見えなかった。変な安心感を感じた僕は体を起こしかけた時窓の外に人影を見つけた。「多分、悠真と由紀に違いない」咄嗟に思って体を倒した。結局一晩中僕のところで眠っていたであろう由紀に対して、悠真としてはおもしろいはずはない。30分程経っただろうか、扉が開き、悠真と由紀が入って来た。僕は寝たふりを続けていると、2人は二階の部屋へと戻っていった。

 2人が二階に戻ってから暫くして、僕は体を起こした。「俺には関係ない…」そうとしか思いようがないと分かりつつも自分に言い聞かせていた。
 4人が何時に起きてくるのかは知らないが、ここへ来る前に寄ったスーパーで朝食用にと食材を女の子2人が選んでいたのを知っている僕は、キッチンでコーヒーを淹れながら、冷蔵庫の中を見渡した。
「アレとコレと…ふーん…多分こういう事か…」
独り言を言いながら朝食メニューを頭の中で組み立て、その後コーヒーを片手に外へ出てみた。
外はすっかり明るくなっていたが、時間的にはまだ早いと思いながら空を見上げると、どこまでも澄んだ青空が広がっていた。
「気持ちいい…」
バーベキューコンロの方へ目をやると、由紀のお父さんに聞いていた通り、多少の食べ残しだものの辺りに、リスが数匹集まっていた。
僕は、ここに星とこの光景を見に来たんだ…。
いろんな感情がある仲間と遊ぶ事は、ついでの事で、何も考えず、何も聞こえず、ただ自然の中に身を置いているこの時間の為だった。コーヒーを飲み終える頃には、自分自身が少し老けた気がした。時計を見て、
「さて…作るか…」
 きっとまだ誰も起きてこないだろうと思い、ゆっくりしていたとはいえ、9時を回っていた。
それでも二階は静かだった。
ゆっくり作っていたつもりだったが、もうすぐ出来上がる頃になっても、物音一つしなかった。
「先に食べるか…」
別に4人を待っている必要はない。食べてしまえばいいと思った時、二階から降りてくる足音がした。部屋の扉を開けたのは由だった。
「おはよう」
まだ眠そうな声だった。
「おはよう。まだ皆んな寝てる?」
「うん、だってまだ早いでしよ?」
「9時半を早いというかはわからないけど…」
「高校生の休みの日の朝9時半は早いの!」
「そっか、でももう朝飯出来ちゃうぞ!それに早めに出掛けるんだろ!アウトレットモール?」
「うん」
「じゃあ、そろそろ起こしてきたら?」
「そうだね」
由はそういうと、二階に上がっていった。二階が騒がしくなった。というか、由の声だけが響き渡った。暫く静まり返り、4人が階段を降りる音がして、起きてきた。
「おはよう」
僕の顔を見るなり、由紀が声を掛けてきた。
「おはよう。朝飯出来てるよ」
「ありがとう」
僕はその時すでにキッチンで片付けをしながらパンを頬張っていた。

 朝飯を済ませ、二階に上がった4人は着替えを済ませて降りてきた。悠真と重信は、今日何時に出て、何時頃の電車で帰るかを話していた。まるで僕の事はいないかのように。特に重信は、完全に僕の事を無視している。まぁ、自分の彼女が、自分が傍にいるにも関わらず、他の男の傍で寝ていたのだ。怒りが湧いていても仕方がないが、僕はそれについて説明しようとも、言い訳しようとも思わなかった。実際僕自身その事を知らないのだから…。
僕が片付け事をしているのを横目に男2人はリビングのソファに座り、何やら話していた。そこへ支度を終えた女の子2人も降りてきた。2人はすぐにソファの2人のところへ合流し、話に混ざった。僕は一切気にかけずに片付けを続けていた。
暫くして、4人が立ち上がった。明らかに様子が変だった。男2人は何も言わず、こちらに視線を投げる事もなく玄関から出ていった。その後を少し間を開けて由紀がついていった。俯いたまま…3人が出るのを待っていたかのように、由が僕のところへ寄ってきた。
「いろいろ全部任せちゃって…ごめんなさい」
由は普段と全く違った様子で話した。
「気にすんな」
「ごめん…あの2人が…わがままなのが…悪いんだよね…でも…言えなくて…」
由は今にも泣き出しそうだった。
「気にすんなって…せっかく遊びに行くんだから…楽しんで来いって」
「えっ…」
由は何かに気付いたようだった。
「さっ、置いていかれるぞっ。片付けはしておくから、楽しんで来いって…まぁ俺が言うのも変か?」
「…うん…ホントにごめんなさい」
由は後退りをしながら、精一杯のの笑顔で玄関から出ていった。

       〜終焉?〜

 1人残された僕は、片付け、掃除、シーツなど一通り保養所の中を見渡し、由紀のお父さんから支持された通り、全てのものを元通りに戻した。
やがて、全て終えた時には、12時が近かった。
「さてっ…帰るか…」
独り言と同時に不思議な位怒りの感情がない事に気付いた。ただ「やっぱり来るべきではなかった」という想いだけが残った。
 僕は保養所の鍵を閉め、1人歩き出した。もちろん帰る為、駅に向かって…。

 駅に着くと到着した電車から、カップル・家族連れ・仲間同士、たくさんの人が降りてきた。皆んな一様に笑顔が溢れていた。ホームで電車を待ちながら周囲を見渡したが4人の姿はなかった。当然と言えば当然のことだ。
 電車が到着して乗り込んだが、車内は空いている。僕は敢えて座らずに入り口付近に立っていた。やがて静かに電車が走り出した。

 それ程疲れてはいなかったが、僕の心に何か喪失感が生まれた。高校生の友情なんてこんなものだろうか…。様々な想いが走馬灯のように駆け巡る。車窓の景色に合わせたかのように…。ただきっとこの想いは電車が到着する頃には何事もなかったかのように消えている。
根拠とかはなかったがそんな確信があった…。

to be continued…


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