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ひめじょおんは釦のような花

『姫女苑』はボタンのような花なのである。
『ひめじょおん』なんてあまり耳にしない。
でも目にすれば誰もがなーんだ、という身近な可愛いらしい花である。
名も知らぬ野に咲く可憐な花なのである。
昭和の『名も知らぬ野に咲く花』の代表選手かも知れない。

俳句の季語となっているくらいだ、多くの俳人たちの目を、心を揺さぶってきた花なのであろう。
昨年の松山市公式俳句投稿サイト『俳句ポスト365』のこの頃の兼題が『姫女苑』、選者夏井いつきは毎回私の心の引き出しを引いていく。

俳句はもちろん並の『並』だった。


◆今週のオススメ「小随筆」
 お便りというよりは、超短い随筆の味わい。人生が見えてくる、お人柄が見えてくる~♪

背の低い子どもの頃は誰もが地面が友達だ。
歩く道のどこの道端にどんな草が生え、名も知らぬがどこの花にハナムグリが潜り込んでいて、どこの角で同級生のタケちゃんが10円玉を拾ったのかをみんな知っていた。
タケちゃんは10円玉を拾う名人だった。
勉強が出来るわけではなく、足が早いわけでもないタケちゃんはそんな時だけヒーローだった。
今思えばタケちゃんはクラスで一番背が低かった。
地面に一番近かった。

母と兄と三人で歩く時には母が花の名前を教えてくれた。

『ヒメジョオン』 『姫女苑』(ご存じない方、ウェキペディアでどうぞ)

小学生の私には漢字など浮かぶわけはなく、カタカナの『ヒメジョオン』だった。
いつも目にしていた小さな花がそんな名前で意外だった。小学校から一人帰る道、タケちゃんのように私もヒーローとしてもて囃されたくて、重いランドセルを背負って目を皿のように丸くしていつもの道を歩いて帰った。

そして、タケちゃんが最近10円玉を見つけた角の手前で私は光る『ヒメジョオン』の花の頭を見つけたのである。
それは手に取ると花ではなく、ボタンであった。
『ヒメジョオン』に似せたように真ん中の金色に縁どられた丸は黄色、その金色の外周の丸は白色のロゼットのような高級そうなボタンだった。
私はボタンをポケットに突っ込み走って家まで帰った。そしてまだ母が帰ってこないうちに母の木製の裁縫箱の小引出しに放り込んだのだ。
その引き出しはボタン入れであった。
母がいつからその裁縫箱を使っていたのか聞いたことは無かったがたくさんのいろんなボタンが収まっていた。
子供ながらに男の触るものではないと思いながらも母の裁縫箱が好きであった。
特にこのボタン入れをときどき覗くのが好きであった。

いつかは見つかってしまい母に怒られるのではないかと思ったのだがその日は来なかった。
そして今その裁縫箱は私の手元にある。母には必要の無くなったこの裁縫箱はいずれ形見と変わる。
この魔法の裁縫箱は私の記憶再生装置でもある。
そして、引き出しの『ヒメジョオン』はいつでも若くはつらつとした母を思い出させてくれる。/宮島ひでき


昨年母は他界し、あらためてこの引き出しを眺めるが、あの頃のきらびやかさは無い。
地味なボタン入れであった。
もちろん、あの時の『姫女苑』も。
私の子どもの頃の幻想だったのかも知れない。

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