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大根おろしの夕べ

日の暮れは遅くなり、「誰そ、彼そ」と思う頃に一人出かけたくなる時がある。
「足らずを買いに行く」と言い残し、スマホも持たずに外へ出る。
帰りの道は皆早い、どこに向かって歩くのか。
そんな波にも飲まれずに一人とぼとぼ歩き行く。
そんな時に一人歩いて一人を感じる。
おかしなことだが一人を感じる。
所詮、どんな人間も一人で生まれて一人で死に行く。
たった80年の年月で何が分かるというのだろう。
頬に当たる風に涼を感じ、「ああ、今は夏なのだな」と思う。
そんな時に「命」を感じる。
生きているなと感じるのだ。
生きるというのはそんなもの。
ああ、あと何度こんな気持ちになれるだろうか。

つじつま合わせでスーパーに寄った。
つじつま合わせで大根を買った。
つじつま合わせで買った大根を担いで帰った。
大根おろしは辛かった。
涙が出るほど辛かった。
大根よ、お前も俺を泣かせるのか。
大根に気持ちを見透かされるようじゃまだまだだな。
まだまだ死ぬわけにゃいかないな。
と、つじつま合わせの大根に元気をつけられた夕べだったのである。

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