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道すがら
日曜の朝、仕事を終えていつもこの道を歩き合気道の稽古に向かう。
再開発された街並みに自然の樹など無いのだが、狭い敷地で生きる草木が去り行く春を楽しんでいる。
その姿は自ら選べぬ私たちの人生のようにも思う。
草木は口を利くことは無く、歩いて好きな場所に行くことも無い。
自分の運命を受け入れ悟り、そこで命を全うしようとする賢者のようにも見える。
そして、草木は私に語りかけているように思う。
何を迷うているのかと問うているようにも思う。
何を嘆いているのかと笑っているようにも思う。
毎週歩くこの道すがらいつも一人考える。
人の悩みは一様ではなく、受け入れなければならぬ個もすべて違う。
だから、すべての人の悩みの深さは計ることは出来ず、その深さは皆おなじなのだろう、と。
そろそろ終わりにしろと言っているのかも知れない。
ここまで歩いた私の道で出会ったすべては無駄ではないと言っているのかも知れない。
流した涙と汗はすべて意味あるものであるとと言っているのかも知れない。
四季の移ろいのなか、草木は変えていくその姿でいつも同じことを私に語りかけるのであろう。
年老いて朽ち果てるまで同じことをこの同じ場所で語りかけるのであろう。
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