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最後のコインロッカー係

コインロッカー係の日常
【これまでの簡単なあらすじ】

私が大阪駅で見かけたコインロッカー係として生きる男はコインロッカーを通して女と一緒になった。しかし、その幸せは長く続くことは無かった。先にこの世を旅立った女は再び現世に生きるまでの誰もが幸せに暮らす世界にいたのであった。そこで男のまだ逢ったことのない息子と暮らしていた。そこに男も行かなければならなかったのだが、いずれ失うと分かった幸せに浸りたくはなかったのである。男はコインロッカーに捨てられ育ち、生まれて初めて掴んだ女との幸せの時間をいまだ噛みしめているのであった。女のいる世界に行けば息子を入れて再び幸せな時間が戻ることは分かっている。しかし、男には何よりもその幸せを失うことが怖かったのである。でも男には時間が迫っていた。


長く時間が経ってしまった。
男は逃げたわけでも忘れたわけでもなく、ずっと女と子どものことを考え続けていた。

男は仕事がそろそろ終わりを告げようとしていることを分かっていた。
女と子どもを待たせるにも限度がある。そこは楽園とは聞こえはよいが一時ひととききりの安寧の宿り、そこから次の現世へ誰が一番早く飛び出るのか分からない。
男の求める家庭はその時点で壊れてしまう。それが男をここまでもたつかせてしまった理由だった。

コインロッカーを通じて二人の恋は実り、ゴールインまでは良かった。まさか女が急逝してしまうとは、神以外の誰も知ることなど出来ぬことであった。しかし、男はコインロッカーを通じて女とコンタクトを取れることも、いずれは顔を合わせることが出来るのも知っていたのだ。でもその幸せの時間がいつまでも続かぬことも承知していたのだ。

あとは男の決断だけであった。
そして、すべては女も知っていることであえて男の手を引くようなことは言わなかった。それほど女は男の事を思っていたのであった。

コインロッカーを通しての逢引きは女には心踊る日々だったのである。伝言板を使っての意思疎通のような昭和生まれの二人には似合いの方法だったのである。そのコインロッカーの近くで今も毎日男が仕事をしてくれているだけで女は男と一緒にいるような気持ちになれたのである。

一たび死んだその先にこんな世があるとは女は想像もしてなかった。
再び現世に生まれ変わるまでの少しの間のインターバルの幸せな時間があるなどとは知らなかった。そこでまだ男の見たことの無い息子と過ごす時間は今まで味わったことのない幸せだったのである。
でも、女は男の気持ちは分かっていた。また辛い別れを強いられるそんな世界には来たくないことを。

そんな女の気持ちも男の気持ちも分かっている奴らがいた。それがコインロッカー達だったのである。人間の喜怒哀楽、人生の一部までをも預かってきたコインロッカー達は物を言わぬ人間の理解者だったのである。そのコインロッカー達と気持ちが通じ合うのは生まれからともに生きて来た男だった。しかし、そんな旧世代のコインロッカー達はAI搭載のロッカー達に押しやられ、合理化の掛け声のなかスクラップになっていった。同時に男の仕事も終焉を迎えた。24時間監視カメラで見張られ、キーは無く、人とロッカーが心を通じ合わせることは出来なくなってしまった。
そして、男はもう必要ではなくなってしまったのである。
男の姿をコインロッカーで、大阪環状線で見ることはもう無い。今は親子三人でつかの間の幸せに浸っている。
監視カメラに囲まれた鍵も無いAIに支配された冷たいロッカー室で、こんなドラマが生まれてくることはもう二度と無いのである。

(終)



【後記】
コインロッカー係は実在です。その姿を見て私が憧れたのも本当です。
私の知らぬ仕事、その中にある私の知らぬ世界に憧れます。これまで自身の我が儘と興味からたぶん人とは違う、普通の人とは違う生き方をし、多くの仕事を経験しました。
そのすべてが最初から仕組まれていた事ではなく、アクシデントと成り行きでなったことが多いように思います。人生とは努力とアクシデントと人との出会いだと思っています。

このコインロッカー係の男の人生については私の想像と妄想です。
大まかなプロットを頭に持っていたものの、もう少し枝葉を考えておくべきだったと反省しています。
その反省は今後の創作に反映させていくつもりです。

2022年(令和4年)12月31日、早いもので大晦日、明日から新しい年となります。
今年が来年になるとは言いますが、今日が明日になるだけで時間はずっと続いたままです。
いつも少しひねくれた考え方をしますが、根の悪い人間ではないと自身を思っています。
ですから、どうぞ明日からも来年もよろしくお願いします。
皆さま、一年間たいへんお世話になり、ありがとうございました。
良い年をお迎えになることを心からお祈りします。

宮島ひでき 拝


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