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酒を片手に考えた

ゼネコンの営業マンだった私は毎朝『日経新聞』を片手に満員電車に飛び乗って会社に向かう生活を送っていた。

普通のサラリーマンを辞めた今も日経が気になる、一年ほど前から電子版に変えたが、、

3月11日で東日本大震災から10年を迎える、日経がこれまで行われてきたインフラ整備の検証のような記事を書いていた。

これまで37兆円が投じられ、被災の中心となった岩手、宮城、福島三県での県内総生産は全国平均より高くなった。

まだ原発の大きな問題が残っているものの、インフラ的にはかなりの復興は進んでいると。

しかしながら特に人口減少の激しいこの地域で整備されたインフラは活かし切れないのではと、持続可能性の問題も投げかけていた。


ゼネコンで営業をして、終わりかけのバブルを経験してた昭和から平成のあの頃、タクシーの運転手さん複数の方から「建設業が元気にならないと、世の中に金が回らない」と言われた。

なるほどなぁ、と思った。

一度の契約金額の大きな建設工事に関係者は多い。

ゼネコンはコンダクターである。

実際工事に携わってくれる協力業者、資機材、その他物品の納入業者などさまざまな業者さんの手で建設工事は進むのである。

そして下流に向かう川の流れのように金が世の中に回っていく。

あの頃はよく金を使った。

量販店の安価なスーツなど当時無く、賞与の出る夏と冬に高いスーツを一着買った。

靴やワイシャツ、ネクタイは消耗品である。

これらも高かった。

毎晩酒を飲み、会社の金も使ったが自分の金でも祇園にも北新地にも飲みに出かけた。

そしてタクシーで帰るのである。

忙しい時期は土日も仕事で年に300日くらいタクシーで帰った。

大阪市内から奈良の自宅まではかなりの金額となり、運転手さんには喜ばれた。

その時の言葉が前述の言葉だった。

会社のタクシーチケットがいつも財布に入っていた。

建設業には特殊な技術や資格が無くとも携わることが出来る。

ハードルは高くなく、門戸は広い。

稼ぎ、飲み、食い、金を使う。

だから、世の中に金が回る部分もある。

日本の戦後の高度成長期、世界恐慌後のニューディール政策でも、もっと昔のエジプトのピラミッドの建設でも同じだったのではないだろうか。

公共投資の本来の姿には生活を豊かにするインフラ整備への投資もあるだろうが、流れた金が二次的に消費に回らなければその形をなさないであろう。

この先人口は減り、生産労働人口も当然減る。

インフラは老朽化し、維持や再建には金がかかる。

どこまでやるかの見極めは当然必要かだが、必ずしわ寄せのいく関係者が出てくる。

全ての顔を立てるのは至難の技である。

この先のドーンと一発が思い当たらない。

あるとすればこれから子供から高齢者まで国民にあまねく不可欠となるデジタル化の中にしか無さそうである。

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