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一枚の年賀状で思い出す

その年賀状の主である女性はもうとうに80歳は越えていると思う。ご主人の告別式で一度会ったきりである。あれから届いた年賀状は20枚近いと思う。以前ここで軽く触れたことがあると思う。この年賀状の主のご主人と私は同じゼネコンにいた。生前のご主人は東京本社営業部の所属だった。そしてその頃に私は面識は無かった。私は辞めて5,6年経った頃、大阪の私鉄の設計事務所にいた。ある日そこに京都営業所で大変世話になった営業所長だった元上司、その時は大阪の副支店長だった方が訪ねて来てくれた。京都で贈収賄絡みの未遂で終わった事件を傍観させてくれた大先輩である。その時のおばあさんの襦袢の襟を私は死ぬまで忘れることは無いと思う。

その元京都営業所長だった先輩が今年も年賀状をくれた方のご主人を私がいた設計事務所まで連れて来てくれたのである。

私がそのゼネコンにいた頃には多くの公官庁のOBがいた。中央官庁から地方自治体のOBまでたくさんのもと行政マンがいた。この実情を言えば各省庁・自治体からゼネコンにOBの引き取りの打診がある。こんなことはゼネコンに限ることではなくどんな業界にでも当たり前にあった。それをゼネコンや民間の会社は拒否することは出来ずに受け入れていた。毎年各役所から土産を持たされたOB達が入社し、ほとんどが『営業部長』の名刺を持ってのんびりと余生を送っていた。

ただ中央官庁出身だったこのご主人は違った。何かをしにゼネコンにやって来た人だった。その方のことを知る人に聞くと中央官庁の上司と共にゼネコンに移籍した人であった。その上司がゼネコンの創業一族の姻戚で、将来の社長含みで移籍したということであった。今は死語であろうその上司の『カバン持ち』でやって来たのであった。そして、私が入社した昭和60年にはすでにゼネコンの営業マンであったそうである。もといた中央官庁とのつながりを切ることなく営業の手段として使っていたそうである。

そのご主人と元営業所長がやってきた理由は、当時の大阪のある自治体の首長がその中央官庁の出身だった。その首長の応援のためであった。その中央官庁出身の首長は当時各地にいた。OBである各首長をその中央官庁は応援する、そんな風土のようなものがあったそうである。『人を大切にする』そんな風土があったそうである。余談ではあるがそのご主人は家庭の事情で高校しか卒業せずに奉職し、その中央官庁から夜学ではあるが大学に通わせてもらったと言っていた。
大阪のその首長の応援のために、大阪の困りごとは何であるかを聞きに訪ねてくれたのであった。

その頃、北摂で大きな街づくりが進行していたものの、パッとしない状態であった。「今の困りごとはそれじゃないか」と私の言葉で動き出したのである。翌週には自治体の担当者と共に霞が関の本庁で打合せをしていた。そこでその街づくりのある事業に対して予算付けを決めてくれた。ご主人と共に審議官に挨拶し、帰りに新橋の居酒屋で焼酎の水割りをご馳走になって帰阪した。

ここで私が何を言いたいかというと、全ては『人』が行っているということである。人事も、予算付けも、である。そして、その中には力を持った(頭もすこぶる良い)人間がいる。そんな人間が正しい判断のもとに国の予算も使えるのである。民間の会社と何ら変わらないのである。

私はこんなことは悪いことではないと思う。大枠の予算は合議のもと配分される。その予算の執行の方向付けがなされ、その後の執行は入札等の正規のルールのもと行われている。結果、出来上がった建物は自治体に利を産むようになり納税者である我々のもとに還元されている。
この『予算の執行の方向付け』が大切で難しいと思う。知らなければ正しい金の使い方が出来ないからである。このご主人のような在野の実情を知るいわば『密偵』のような存在は大きかったと思う。
生きた金を使う、我らが日々吸い取られる血税を真剣に使おうとする姿がその中央官庁にはあった。数回の打合せは清々しい空気のもと、決められた時間内にきっちり終わるように進められた。

全てはそれらを動かす『人』である。それで何もかもが変わっていくと思う。世襲のために我欲で自身の親族を登庸したり厚遇するなど時代錯誤のもっての外なのである。

ゼネコン時代にはまったく付き合いのなかったこのご主人には設計事務所時代にずいぶん世話になり、いつも新橋の居酒屋でご馳走になってしまった。子どもがおらず、頼りない私が心配だったのかも知れない。奥さんと会ったのは一度だけ。このご主人の告別式でお会いした一度だけである。それから毎年年賀状をいただき、それから返事を書いている。よくゼネコンのことを楽しそうに話していたそうである。私のこともよく話題になっていたそうである。
良い人でも悪い人でも命の長さが変わらないのが不思議である。
良い人の方がなんとはなしに短命に思えるのは私だけであろうか。


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