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夜、カレーを作る

仕事が休みの月曜日、どうしても片付けなければならぬ事があり、ずっと机にかじりついていた。基本的には何があろうと三食食べなければ気が済まないタイプの人間であるのだが、時々集中するとメシを忘れて時間を過ごすことがある。昨日がそんな日であった。

気が付けば午後八時、腹は鳴り、かと言ってそんな時にはなんでも腹に放り込めばいいような都合のいい胃袋は持ち合わせていない。まあ、我が儘な胃袋なのである。一昨日の夜に京橋の立ち飲み屋で美味しいカレーを食ったのにもっと美味いカレーが食いたかった。飲み屋のカレーが私の胃袋にカレーの火を灯してしまったのである。

家にあった玉ネギ大2個、ニンジン2本、痩せたナスビ4本、ピーマン2袋、シメジ1袋を手早くみじんに切り刻み豚ミンチと炒め合わせてカレーを作った。市販のルーを使う。必ず違うルーを二種類以上使うようにしている。そのうちジャワ中辛は必須、あとは何でもいい。昨晩のはバーモントの辛口だった。
余談ではあるが以前、食品卸の受注センターに向学のため手伝いに行ったことがあった。その時にいろんな料理店がどんな食材を使っているのか知ることが出来て面白かった。その中で有名カレー店がこのハウスジャワカレー中辛の業務用を必ず注文していて驚いた。ジャワカレーはそれくらい完成されたカレールーということなのであろうか。
まあ、とにかく美味しいカレーは一時間で完成したのである。

腹は満たされ、気持ちも満たされ夜風にでも当たろうかと夜の八尾の町を歩いてみた。あいにく風は無く、でも春の夜の空気は冷たく心地のよいものであった。
近所の小学校で桜が八分咲きくらいだった。
夜の学校は気持ちが悪い、特にこの小学校は百年余の歴史があるそうである。聖徳太子の残した史跡も多い地域であり、何かが潜んでいてもなるほどなと頷けるような小学校なのである。

誰も見てやることのない桜は桜であった。本来の姿の桜の木がそこにはあった。誰が見ようと見なくとも桜は花を咲かせるのである。桜は誰かのために花を咲かせるのではない。桜は桜自身のために咲くのである。
そんな当たり前のことに気付くのに時間がかかってしまった。私も桜と同じように自身のために生きなければならないのである。桜はそんなことを、そんな当たり前のことを私に考えさせようなんて考えてもいないであろう。
厳寒の冬の時期じゃなく、耐え切れぬ酷暑の夏ではなく、誰でも二流の詩人になってしまうような秋をも選ばずこの春に花を咲かせる桜はやはり自身のことしか考えていないのだ。自身の姿に酔いしれることの出来る一番の季節であるこの春に咲き誇るのが桜なのである。

時間は関係無く腹が減れば食を要求する私の胃袋と似ているなと考えつつ「頑張れよ」と声をかけて通り過ぎた。すると背中から「お前もな」と囁く冷たい空気が流れたように思った。私は振り返らずに足を早めて自宅に向かった。

夜の桜は美しいばかりではない

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