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【f1-4】『曲がった剣』【リメイク版】

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 ルース・マーシィは、今の自分の状況に絶望とも言うべきものを感じていた。

 彼は傭兵である。代々続く傭兵の家に生まれた。と言っても、職業柄由緒も格式もないが。
「何処かの国に仕えないのか」その様な具合のことを十数年前、まだ十代の頃に祖父に問うたことがあった。
――家長であったし、何よりルースは彼によく懐いていたから。
「昔はどこぞの領主に仕えるよりは、傭兵として”力”の欲しいところに”力”を提供する方がよかった。そういう時代だったから、それほど恨まれも、嫌われも、しなかった。まァ、花形だった。単なる兵士よりは実入りも地位もよかったのさ。
 ……しかし今は仕えようにも仕えられん。どこも戦争なんてしてないのに、新しい"力"を求めるものなんて居ない」
 祖父はなんでもない様子でそう話してくれた。
――つまりは、見事彼の家は時流に乗り遅れた。というわけである。
 もちろん、祖父はそんな事を言わなかったし、そもそも立場上言えやしないが、ルースはそう判断し、再度その話題を口にすることは無かった。
 そして他にやりようもないので傭兵となり、今に至る。幼い頃から仕込まれたおかげで技術や体力は問題なかったし、年齢に不似合いとも言えるほどドライな判断を下したように、頭のキレも悪くなかった。
 しかし、それ故に、仕事の遣り様を覚え、安定した雇い口を見つけ、何でも屋のようなことをして生計が立ち始めて一息ついた今、改めてわが身の事を鑑みて、心の奥に見つけてしまった曖昧な感情は、絶望とも言うべきものだった。
 このままでいいのか? と。

「傭兵さん、準備が出来ましたよ」
 あぁ、はい。と返事をして、深く沈んだ物思いから現実に帰る。絶望したからと言って、折角掴んだ働き口を蹴るほど彼は愚かではない。
「えっと、いつも通り、ステイシオまでです」
 お決まりとなったプランを雇い主が告げた。ステイシオ……この地域一番の交易都市であり、商業都市であり、大都市である。そこに向かう荷馬車の護衛が本日の仕事だ。
「じゃあ、いつも通り」返答するルースも、互いに知ったる。と言った具合に詳しい仕事内容等を話さず繰り返した。
 もう待機してますね。と馬車へ向かおうとすると、
「あれ……今日は重装備ですね?」と雇い主が指摘する。
 幅広の刃を持った片手剣を腰に佩き、それを切り詰めたような長さのミドルソードを反対側の腰に二本吊るしている。おまけに手斧と、鍋蓋のような小ぶりの盾を腰の後ろにくくりつけている。
 仮にステイシオの街中でこんな格好でうろついていれば、衛兵に呼び止められてしまうだろう。
「ああ、また最近、魔物が増えてるらしいんです。"上"から通達が来たので」
 だから用心にね。と、それらをガチャリと鳴らして見せた。
「なにかあるんですかね?」
「いやいや、いつもの定期的なものでしょう」
 自由傭兵組合の発出する”いつもの”通達は、契約のため誇張した半分嘘である。
 しかし、本当に増加したらしい今回は、少し緊張していた。
「報酬は変わりません。安心して下さい」
 それを隠すように、明るく言い放つ。一月に二度顔を合わせる雇い主……馬車の御者たる少女に向けて。

 馬車の護衛は、この時代よくある傭兵の仕事である。
 生活圏を結ぶ街道の途中、モンスターや物取り、大型の獣でさえ商人の者達には脅威となる。しかし、食い詰めて自身を安売りし始めた傭兵にとっては、存外美味しい仕事だった。
 去る時は国と国の闘いで主力となった彼らにとって、獣はもとより、貧弱な脳や能しか持たない魔物や野盗など、まともに当たれば物の数ではない。
 あるときは雇い主をそれらから守る盾となり、あるときはそれらを排除する剣となる小さな小さな兵団。それこそが彼の任務であった。
「はいはいはい! マーシーさん。じゃあ乗りましょうか」
 ……正しくはルースだけでなく、「彼らの」任務である。
「マーシィだって言ってんだろ。そこを伸ばすと間抜けになるんだよ」
 陰から出てきた後輩のドラコにルースは釘を刺した。
「へいへい」と不機嫌に返事をするドラコは、御者の少女に思いを寄せているらしく、親しげに話すルースが疎ましく思えるらしい。
「あの子は殆ど身内みたいなモンなんだよ。妬くな。恥ずかしい……。
 そもそも最後に悲しい想いをするのはお前だぞ?」
 と、ルースは渋い顔をしてそう忠告する。
「別に、そんなんじゃないっすよ」ドラコは顔を逸らした。
 ルースはふうと呆れたため息を吐き、馬車の荷台の中へもぐりこんだ。目的地までの行程の半分ほどまでは、見通しもよく危険が少ないため、速度を出すべく護衛の二人も馬車の中で待機する予定である。
「では、出発しますねぇ」
 先の二人のやり取りなど知らない少女は、そう言って馬に鞭を入れ、ゆっくりと動き出した馬車は、村の品々と二人の男、そして一人の少女を乗せていった。

 雇い主の少女、ファニ・リディアは紛うことなき少女である。年はドラコと一つ下か二つほど下で、ルースが初めてこの仕事を請けたときは何かの間違いかと疑ったほどであった。
 もちろん、交易の責任者である彼女の父親が真の雇い主であって、彼女は形式上の雇い主というだけである。だが、道端で遊んでいる子供らに混ざってもおかしくないほどの幼さで御者に選ばれたのは、そのせいではなかった。
 むしろ、彼女の父の思いとしては、彼女が村を離れるような事は望まぬことであろう。
 村には輓馬の扱いを心得ている者は少なからず居るし、彼女より速く馬を走らせる者もいる。
 しかし、皆に問えば、彼女ほど馬と心を通わし、上手く扱うものはいないと答える。まるで自身の体の一部のように、馬の負担を抑えながらも、決して仕事を遅らせず、安心して仕事を任せられると皆が納得する乗り手は彼女しか居ないのだ。
「そろそろ休憩しましょうか」
 今日の馬の調子を考慮した上で、その彼女が休憩を取ろうと言ったのは太陽が真南に差し掛かる手前だった。
 ルースは久しぶりに持ち出したミドルソードに錆止めの油を塗り、ドラコは弓の弦の張り具合や矢の羽の調子を見ているところにファニが声をかける。
 三人は 馬車から降りて木陰に腰を下ろし、各々の食事に手をつけた。
「いい天気ですねぇ」
 ファニが手製のサンドイッチを口に運びながら、枝葉の間から空を見上げて誰に向けるともなくそう呟いた。柔らかそうな雲が一つ二つ空に浮かび、馬車を引いていた馬は綱から放され、草を食んでいる。
「の、のどかですね」
 ぎこちない様子でそう喋るのはドラコである。
 何気なく先に腰を下ろした彼の隣に、ファニは座ってきたのだ。
「青いヤツ……」少し離れた場所にルースはそう呟く。ドラコの顔は僅かに赤らんでいる。
「空とか凄く綺麗……綺麗……」
 それより君がきれいだよとでも言う気か? どちらかといえば可愛いか。
 どこかひねくれている様な、おっさん染みている様な、そんな事を心の中で言い、しまいにはルースの方が気恥ずかしくなって、視界から外した。
「あの、そのサンドイッチ、ファニさんが?」
「ええ、そうですよ。食べますか?」
 詰まり気味に尋ねるドラコの様子をおかしげに微笑みながらファニは返す。予想外の出来事に「い、いいんですか……!」とドラコは飛びつかんばかりの勢いでそう言うと、ファニは「どうぞ。ちょっと作りすぎましたし」と籠ごと差し出した。
 それにしても沢山食べるんですね、あれじゃ足りなさそうでしたもんね。と、ニコニコとファニはドラコを眺める。
「……お、美味しいです!」
 眺められている事に気付いた彼はそう言い、「それはよかった」とファニは頷くが、「ドラコさんの方が年上なんですから、そんなにあらたまらないでくださいよ」と言っているところからして、なんとなくドラコががちがちな理由はわかっていないようだ。
「見てられん……」
 声に引かれて気付かずにまた見ていたことを隠すように、ルースはそう言って身体ごと向きを変えて自分の食事の残りを口に運んだ。
 青い空と青い少年と少女。そしてそれに反発する青年が一人。青草を食べる馬は一声いななき、和やかな昼の一風景は過ぎていった。

 計画の通り、休憩の後は馬車に同乗せず、護衛の二人は徒歩でそれぞれ馬車の前後に付く形となった。
 きっちりと計りはしないが、大体半刻程の間隔で二人は前後を交代することとなっている。歩きながら進行方向の逆を警戒しなければいけない後方はその分難儀であるためだ。
「へえ、もう後期? 神代文字? も読めるんですか!」
 現在ドラコが前、ルースが後ろという分担である。
「ええ、少しだけですけど。将来の夢ですから」
 ファニとドラコの現在の話題は、何か学術的な事に関してのことらしい。ドラコはあまり分かっていないようだが。
 製紙と印刷技術が遠方からもたらされ、同時に沸き立った出版ブームは、彼女の村でも影響を受けたとみえる。
「俺は王国語もいい加減だからなぁ……」
彼ら傭兵達への連絡なども今や口頭ではなく書面で伝えられるため、彼らもまた恩恵の一部を享受している。
「ドラコ、いい加減前を向け?」ルースが注意の声を発した。
 いきなりの声にビクリと反応し、ドラコは慌てて前を向く。
「ファニさんも、もう警戒地帯に入っていますから気をつけて」とルースは御者席のファニにも注意すると、また後ろに下がる。当のファニは少しシュンとして俯いてしまった。
 空気が沈んだまま暫くして、前後を交代する頃合となった。
「すみません。ファニさんまで巻き込んでしまって」
「……これからは気を付けろよ。ファニさんには……強く言ってしまったかもしれないな」
 何か嫌な予感がするんだ。すれ違いながらルースはそう呟く。
――まさにその時である。
 待ち伏せて……いや、正確には二人が交代したところを狙って、野盗らしきオークの集団が馬車に襲い掛かってきた。
「て、敵襲!」
「んなもん分かっている!」
 少し裏返った声で既定されている通り叫ぶドラコに、ルースは叫び返し、そのまま荷台に彼を放り投げる。「そんなぁ」と言うドラコを無視して、ルースは抜刀する。
 右手にブロードソード、左手にミドルソードという格好である。攻防に左手の剣を扱えるスタイル。ルースの得意とするところだ。
「ウ、グォー!」
 オークがくぐもった唸り声を上げる。彼らは身体こそ魔物の中ではとりわけ人間と似た姿をしているが、顔は豚のようで、人語とは似ても似つかぬ言葉を話す。
「ファニさん、目をつぶれ!」ルースは叫んだ。
 彼は魔物と戦った経験は何度もあるが、ファニの護衛で出くわしたことは今まで無かった。有るのは馬車道にまで迷い出てきた獣を追い払う程度で……つまりはそれほど安全な道だった。と言う事である。
 ルースは道の真ん中の個体に標的を定め、応じて勢い込んで躍りかかって来たオークの首を一太刀で刎ねる。そして物言わぬ骸を退かし、道を開いた。
「急げ! 後で合流しよう」
 少女には、血肉が弾け飛ぶ闘いは見せられない。語気荒く紡いだ二つの言葉は、そう考えてのことだ。
「お前は馬車に。弓なら追ってくる奴らを足止めできる」
 ドラコにそう指示する。急いでいる性質上、指示は前、理由は後だ。
「……ルースさんは?」
 言葉を解釈する前にドラコは既に馬車で射撃体勢になり、一瞬後にそう返した。逃げ腰なわけではなく、ルースを信頼している証であろう。
 ファニが瞑目したまま馬に鞭を入れる。グンとスピードが上がって二人の傭兵の距離は一気に延びた。
「ここで食い止める!」ルースが叫んだ。
 だから心配するな。なのか、早く行け。なのか。
 ドラコがただす暇もなく、ルースの姿は遠く離れていった。

 目を瞑っているはずだと言うのに、ヨレることもなく馬車は遠ざかっていった。ルースは数歩で足を止め、振り返ってオークの集団に相対する。
「害意在るならば、斬るッ!」
 そして大音声が放たれた。言う言葉の意味が分からなくとも、オークらは気迫で怯んで足が止まってしまった。狙い通り。
 じりじりとルースを囲むように動いた醜悪な亜人たちは、意を決して一斉に襲い掛かった。しかし、残念ながらそれはルースに予測されている。勢い付いたオークの先頭を横面から蹴りつけ、そのまま他のオークに突っ込ませた。多勢に無勢で、まともに相手をして全員を斬っていては、剣がへし折れてしまう。
 ルースは素早く方向転換し、狙いが外れて一瞬止まったオークらの虚を衝く形で反対に彼の方から突進する。
 剣を前に突き出して、間合いの掴み辛い突きが一匹のオークの喉を突き破った。
 ごぼり
 その孔から空気とどす黒い血液が一緒に漏れ出し、湿った音がやけに大きく彼の耳に響いた。
 絶命した仲間を蹴り寄越され、オーク達は怯む。粗暴で力は強いが、同時に意思ある生き物であるのだ。死してモノと成り果てた仲間に、動揺もする。
 闘いは乱戦の様相を呈しはじめた。

 引き絞り、放つ。
 疾走する馬車上から、ドラコは懸命に矢を射ていた。
 あまり速く走ったからといって、途中で力尽きれば道は一本なのだから追いつかれてしまう。ルースから離れたときに比べれば、ファニとドラコを乗せた馬車は大分スピードダウンをしていた。
「……っシっ!」
 食いしばった歯の間から鋭く息を放ち、オークを狙い打つ。が、致命打にはならず、追手の数は減っていなかった。
 少し、引き絞る腕が怠くなってきている。
 鍛錬不足か、経験不足か、その両方か。
 ドラコは心の中で歯噛みしつつ、次の矢を番え、撃つ。当たれとも念じずに、自分への怒りと悔しさとで無心で射たその矢は、見事に追い縋るオークの頭を打ち抜き、やっと星が一つ点いた。
(やった……!)無駄な力が抜けて、狙ったものへ狙った通り、”矢が素直になった”。
 そして再び射る。命中。オークは目玉を打ち抜かれ、激痛と衝撃で倒れた。
「ドラコさん! 前に!」
 しかし功を喜ぶ間もなく、ファニが上ずった声で叫ぶ。そのただならぬ様子に少年が荷台越しに振り仰ぐと、前方の茂みから這い出るオークが確認できた。
(怖い。怖い、怖い、怖い)
 少女は真正面からこちらを凝視する醜悪な面構えに怯え、心のうちでそう呟いていた。
 しかし。
「当たれ!」
 ドラコが御者席の背に足をかけ、体勢を固定し、矢を放った。
 強く念じ、現実に叫びながらのその行為は、先の例からはまったく反している様に思える。しかし、ドラコの指から開放された矢は風の様に飛び、吸い込まれるようにオークの喉を貫通した。脳と身体の通信が一瞬で断ち切られ、くずおれる様にそれは倒れる。
「ファニさん。大丈夫ですか。ファニさん」
 先ほどの彼の叫びは、少女の恐怖をかき消し、不安を霧散させた。
「追撃してくる奴らを、撃退します」
 そして、前方にもう一匹いたオークがドラコの矢の餌食となった事にも気付かず、そう呼びかけられるまでファニはドラコを見つめていた。
「そして……ルースさんを助けに行きましょう!」
「……はい!」
 少女の頬に、紅みが差していた。

 時間は少し遡り、ルースは乱戦のさなかで一匹の放った強力な縦切りを受け止めていた。 ミドルソードは仕舞い、両手で一本の剣を支えている。
 二十匹近い数で馬車に追いすがられれば、きっと守りきれない。分断して倒さなければ、いつか追いつかれて餌食となる。
 恐らく二人ともに馬車に乗り込み逃げていれば、後ろから追うオークに気を取られている隙に前に伏せられていた二匹が馬の足を止め、一気に囲まれた後に略奪、そして”暴力”が振るわれていた事だろう。
――といっても、その二匹はファニに看破されてしまう程度の者だったわけだが。
 単純に力比べをしていては埒があかないので、力を逸らしてバランスを崩す。が、そこは敵も学習しており、ルースが追撃する隙まではなかった。
 少しこちらに残しすぎたか。
 そう彼は自問するが、ドラコにあれ以上押し付けるのは酷な気もしてその考えを打ち消した。
 囲まれてはまずいので再度敵と距離をとり、睨みあう……と見せかけて、腰の後ろの手斧を前に振り出す勢いで、集団に向けて投げる。
 ゴリと肩に刃が食い込んだ打撃音が響き、そこを押さえてうずくまる。今の攻撃で戦闘不能にできなかったのは痛いが、贅沢は言っていられない。
 ルースは決死の覚悟で集団に躍りこみ、改めて袈裟切りに斬り付けてとどめをさした。そして左手でミドルソードを抜き、鞘走りを利用して違うオークに斬りつける。低く出っ張った鼻を真っ二つにし、逆手にミドルソードが構えられた。
 持ち直す暇はない。そのまま振り下ろし、肩と首の間に突き刺した。しかし倒れてのた打ち回ったために、深々と刺さっていたミドルソードはそのまま奪われてしまう。
 しかし、こういうことも想定して今日は二本用意しているのだ。好機と振り下ろされた棍棒をひらりと避け、今度は順手で剣を構えた。
 現在健在な者は六匹。正直怖くないわけがない。しかしそうも言っていられないのだ。
 ここで食い止めねば、皆死ぬ。雇われた任は、果たさねばならない。
 突っ込んでくる直線上に置く要領でミドルソードを向け、差し出すような無造作な動きで先頭のオークの胸の真ん中を貫いた。手ごたえに応じて素早く引き抜き、栓を抜かれた傷口から血が吹き出す。
 残り、五。
 その瀕死のオークを陰にして突っ込んでくるものが有った。彼らの持つ武器といえば強奪品で手入れのされていない物が常であるのに、それは随分新しい片刃の刀を持っている。
 戦場に出ているわけでもないし、早足で馬車についていく必要があるため、ルースもドラコも防具は貧弱だ。
 恐らく、その真新しい刀で斬られればただでは済むまい。今までまともに攻撃を食らっていないとはいえ、用心はするに越したことはない。こちらもオークの身体の陰に紛らせて足を引きつけ、渾身の力で以って刀を握りこんでいた腕の尺骨の辺を蹴り上げた。
 刀がこぼれ落ち、相手はあわててそれを拾おうとかがむが、ルースは蹴り足を前に踏み込む勢いを活かして、逆側の膝をいい位置に下がった頭に突き入れた。
 ごきりと首の関節がズレたような音がして、そのまま昏倒する。
 残り四。いよいよ最初の半分にまで数が減っていた。
 しかしそのとき、ある一匹のオークが刺さったままだった手斧を引き抜き、ルースへ投げつけた。防ごうと慌てて右手の剣を構える。冷静に対処すれば弾けたかもしれないが、結果としてまともに受けてしまった。
 なんとか当たりはしなかったものの、その代わりに今度はルースが剣を取り落としてしまった。
 最大の武器であるブロードソードである。
 さすがにまだ残っている者たちと言う事なのか、それをチャンスと一瞬で見極め、一気に、そして武器に近づけさせない様にじり寄られながらも、ミドルソードを右手に、そして未だ腰の後ろに吊り下げていた盾を左手に構えたが、リーチが一気に短くなる。あろうことか取り落とした剣をさっき手斧を投げたオークが拾って、下卑た笑みを浮かべて構えていた。今の装備で四匹を相手にするとなると、覚悟しなければなるまい。
 そう腹を決めたとき、一筋の矢がオークの眉間に突き刺さった。
「ルースさーん! 迎えに来ましたぁ!」
 馬を疾駆させて帰ってきたファニがそう叫び、ドラコも言葉代わりにもう一本矢を放った。
 狙ったかどうか分からないが、ルースから剣を奪ったオークの腕に深々と突き刺さり、再度剣は地面に落ちる。
それをもって完全な不利を悟った残りの三匹は、一目散に逃げていった。

「大丈夫ですか?」
 ルースとドラコが、ファニに心配げに尋ねていた。
 ステイシオの街まで近付き、異常事態の緊張が解けた途端に、ファニは体調を崩してしまったのだ。
「すみません……」
「いや、しようがないですよ」
 そういうドラコも、青い顔をしている。
 そんなわけで、広い草原の辺りで休むことにした。
(このままでいいかもしれない)
 いつの間に仲良くなったのかと(予想はつくが)木陰で寄り添って休んでいる二人を眺めながら、ルースは考える。
 闘いの興奮の中で強く確信したのは、依頼主のために働くことに不満はないということだった。
 形あるものとして受け取る報酬は、命を懸けるには安いかもしれないが、自らの力で人を守ることは、それを補って余りあるものに感じられた。
 戦いと血に飢えた自分を正当化しているだけだろうか?
 そういう淀んだ疑問も、素直に「それでもいい」と今や思えた。
 一歩間違えれば、あのオークたちの手合いに彼はなっていたのかもしれないのだ。
 暴力しか行使できぬ故に、暴力で禄を食む。
 それならば、偽善でも人を守る方に回りたい。
 そう考えて、曲がった剣を掲げ、空を見上げた。
【終】

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