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ヤクザの鉄砲玉は悪魔を撃ち抜けるか?

「こいつ消せ。報酬カネは五千万。前払いマエで千万。サポートもつける」
「ヤスさん、すみません。この写真だと本人確認がちょっとなんですけど……」

 任されている古本屋のバックヤード。パイプ椅子にどっかと座ったヤスさんが前置きも無しに僕に差し出したのは、滅茶苦茶気合の入った特殊メイク姿の女の写真だった。撮影の角度的に、盗撮されたもの。
 バチっとした細身のダークスーツ姿はまだしも、露出した肌は真っ青。目の白目部分が黒い所謂黒白目・・・で、瞳孔は赤。側頭部から角。歳の頃は僕と同じ20代半ば程。
 ……遅めの中二病か?

「いや、それが素顔だよ」
「えーっと、どういうことでしょう」
「悪魔なんだよ」

 いやだからどういうことよ。

 そう言いたい気持ちを抑えて、中坊の頃からお世話になってるヤスさんの顔を見て首をかしげる。伊達メガネもずり上げておく。

「あー……そうか。そうな。お前、ここ一年くらいこっちの仕事してないもんな」

 昔からすると短縮された指でヤスさんは頬を掻いた。
 昔と変わらないめんどくせえゲージが高まっている合図だ。
 ここで変にもう一押しするとキレる。

太夫町たゆーちょうの北な、ここ一年悪魔が仕切って、おかしなクスリ捌いてンだよ」
「……はい? 悪魔? ですか?」
「お前も本好きだし、キン肉マンくらい読むだろ? あの悪魔だよ」

 いやぁその悪魔じゃねぇんじゃないかなぁ。あいつら超人だし。

「で! さ! その、連中のカシラで、安藤とかなんとか名乗ってる女らしい。とりあえず頭潰すってこったな。後は頼んどく」
「えええー? はい……」
 そして遂にめんどくせえゲージが切れたのか、ヤスさんは出て行ってしまった。
 押しつけられるように渡された手提げ袋の中の資料によると、名前は正確にはアンドロマリウスだった。もしかして似たような連中が72人いるのだろうか。

☆☆☆

 翌日。
 頼まれたからには仕方ないので、例のサポートと顔合わせをすることになった。

 組の息のかかってる喫茶店のカウンターでノベルスを読んでると、カランカランと音が鳴って扉が開く気配がした。

「……今日は休みですよ」

 が、入ってきたのはパーカー姿の女子大生だった。普段は普通の営業もしてるらしいので、間違えたのだろう。

「アータが真沢コータさんでスね!? 一緒に悪魔をブン殺しまショう!!」

 おう?

 僕の肩越しにアッパラパーな声を投げかけたそいつの頭には、光る輪っかが浮かんでいた。

「申し遅れましタ。あたクし、サポートのサリエル9275と申しまマす。天使です。サリちゃんとお呼びくだサい!」
 当然のように彼女は僕の隣に腰掛け、ポケットから何かをカウンターの上に置いた。ドスだった。

「どうゾ」
「……は?」
 いや待て。ポケットから出したにしては長すぎないか……?
 無言でニコニコと笑いかける彼女の頭の上にはやはり光る輪っかが浮いている。忙しなく身体をゆする度に細かくその真上を追従している。おもちゃではなさそうだ。ちなみにパーカーの下の胸は平均的で、その上に乗った顔はエグいほど美形である。さすが天使。

「悪魔っテ、人の武器じゃ壊せなインですよ。だから、これ。聖別されたドス・ダガーでス」
 聖別。
 僕が戸惑っている様子が伝わったのか、そう端的に説明してくれたのはありがたい。
 聖別とドスを結びつけることに更に難儀してるけど。
 口調とテンションとは別に良い子そうだ。促されるままその白鞘のドスを抜くと、ぬらりと妖しく光る。

「はあ……これで首を刈れば悪魔でも死ぬんですか?」
「ハイ! 手下のレッサーデーモンならそれで即浄滅。アンドロマリウス級憑依体も問題なく接続解除できるはずデス!」
「殺せるってことなら、それでいいですよ」
 ”っぽい”単語には突っ込まんぞ。面倒そうだから。

「それででスね、コロコロしていただけれバ、こちらで強く当たってあとは流れで処理しますノで」
「……とりあえず、事務所見に行きましょうか、サリさん」
「はい、お供しマす!」
 そういうことになった。

☆☆☆

 太夫町はうちの組のシマの中でも稼ぎ頭となる街で太夫町南と太夫町北に分かれている。僕の古本屋は隣町だが太夫町北に近い立地なので、件の事務所は歩いても行けそうな距離だった。しかし、このメチャクチャ目立ちそうな天使とドスを持って行かないとなので、愛車の軽ボックスカーで行くことにした。あとは、必需品購入のためにカバンの中に現金が二冊(二百万円)入っている。

「コータさん普段何やってんでスか?」
「本屋。古本屋ですね。たまに依頼で人をぶっ殺すハジく時だけ呼ばれるから、普段は顔売れないように大人しくしてるんです」
「なるホド」
「サリさん天使でしょ? その辺は咎めなくていいんですか?」
「いやあ、人間の悪性なんて五十歩百歩ですカら」
「えええ……」
「みなさん揃って、死後は業火で焼かれて魂キレイキレイになってくダさい」

 そんな愉快な会話を楽しみながら、資料の住所を打ち込んだ携帯のナビの命ずるまま車をゆるゆると走らせる。
 今や住所さえわかれば中身はわからなくとも正確に案内してくれるわけだからありがたい話である。それがヤクザの事務所の入ったビルであろうと、悪魔の巣食う館であろうと。

「ところで、クスリってのはなんなんですか?」
「あー、それがですネ、悪魔の契約って、これまでは先に願いをかなエて、死後に魂を取るってのがスタンダードじゃなかったデスか」
「ですか。と言われても。まあ、そういう話は聞きます」
 聞くというか読むという方が正確だろうか。漫画とかではあるあるネタである。

「そレが、最近はキモチイーと引き換えに、生前から魂を切り売りするタイプのクスリを作ったみタイで、困ってるんですよネ。天界は魂がちゃんと入ってこないとサムイサムイになっちゃうので」
 ……ん? さっきの話と総合すると僕らの魂って神様たちの暖房か何かか?

「サムイって、最終的にどうなるんですか」
「んー、魂の運行が滞るト、人類が絶滅しまスね」
「え」
「まあ最終的に。何百年スパンの話ですケど。早めに対処しなキャなので」
 あれ? この仕事、人類種にとってまあまあ重大なんじゃないか?

☆☆☆

 果たして到着した。向かいに車を停め観察してみると、そのビルはまったくもって何の変哲もない鉄筋コンクリート造りの四角いビルであった。四階建てである。
 一階はコインランドリー。二階は何も入っていないのかカーテンも無く透き通し。三階には目隠しの縦型ブラインドがひかれ、壁に大遊商会という看板がかかっていた。その上の四階も同様に組の事務所か住処だろう。
 もしかしたら下の二階部分も有事の際には集合場所くらいには使うかもしれない。ついでに言えば、一階のランドリーはルミノール反応がヤバそう。

「ってことは、こっちからカチ込んで行くのは得策じゃないですね。あそこからアンドロマリウスが外出する行動のパターンなんかありますか?」
「えーと、一番よくあるものだト、週に何度か夕方に食事のために数人で外出しますね。何軒か隣のイタリアンです」
「洒落たもの食ってんなあ……」
「その他、日常の業務では出てきませン。幹部会合がありマすが、その周期は不定期デス」
 ヤクザのトップなんて悪魔でもそんなものか。

「うーん、下っ端を拉致って誘き出すとかは使えなさそうですし、飯に出てくるところを狙うしかないか」
 張り込んでチャンスを待つことになるが、確率は七分の二か三か。この辺は繁華街なので何日も同じ車で停めていると不審だし、生身では尚更だ。

「コータさんは、ブチ殺す準備はできマスか?」
「あ? ああ。はい。さっきのドスがあるなら、今夜できるなら」

 代替か追加の計画を立てないとなあと思っていた時、サリさんがそっと手を合わせ何か祈り始める。言葉こそ無言だが、リップもひかれてないのに潤んだ唇がささやかに蠢く。
 そして、おもむろに天使の輪が鈍く光った。

「運命をホンの少し変えまシた。今晩、ご飯を食べに出ます。やりまショう」
 神の力ってすげえ。

☆☆☆

 実際出てくるかどうかはこれから判明することとして、午後5時以降でなければ出てくる可能性は低いとのことで、一旦現場から車を離しておく。その前に腹ごしらえをすることにした。僕の最後の食事になるかもしれないけど。

「サリさんって食べれないものあります? 牛豚大丈夫ですか?」
「大好物デス」
 焼肉である。チェーン店だけど。
 なにせ前金で用意するものが何も無いので金が余っている。やろうと思えばこの店の支払い全部僕。が可能である。やる気はないし時間的に他の客が誰もいないけど。
 これがいつもなら武器の調達だの仲間の雇入れだのしなきゃだし、そうなるとトバシの携帯とか嘘ナンバーの車も要る。組に頼る部分もあるし前金と言いつつ還流させられてる気がする。

「メニュー上から2枚ずつ全部持ってきてください。あとご飯大盛り」
「壺カルビ五個くだサい。ご飯はいいでス」
 肉だけ食う派か。異端者め。

「ええと、このあとですけど、サリさんは同行するってことでいいんですね?」
「ハイ。さっきも言ったとオり、ブン殺したあと私がウフフとしないといけないので」
 ウフフってなに?

「じゃあ適当に片付くまで後ろにいてくれれば」
「いいエ? わたくしも戦いますよ。大変でショ」
 と言って、ポケットからまた何かを取り出した。
 それはカイザーナックル。またはナックルダスターと言われる武器(?)であった。

「殴りマす」
「殴る」
 改めて正面から見ると怯みそうになる美少女が物騒なことを言っている。店員が訝しげに見るその金属塊は、うすぼんやりした焼肉屋の明かりを純銀に反射していた。

☆☆☆

 ビールは我慢して肉だけしこたま食べたあと、腹ごなしにブラブラと歩きながら……僕たちはアンドロマリウスの事務所へと向かっていた。
 時間は五時少し前。夕飯には早いが事前情報によれば可能性はゼロではないので段々と集中力を高めてゆく。薄暗くなり始めた空気の中、街の建物の窓には明かりが灯り始めていた。
 それは件の事務所ビルも同様で、四階は点いていないが三階は縦型ブラインドの隙間から明かりが見えている。
 と、見ている前で、その明かりが消える。僕たちは建物の前に差し掛かったところ。
 降りてくるか? そう思ったとき。

「あっれぇ? 天使のバカ甘い匂いだぁ?」

 その声は、真横。コインランドリーの中から聞こえた。

「くっせぇんだよねえ。なんか神の力使ったでしょ。馬鹿じゃんね」

 アンドロマリウス。なんで今日はジャージなんだ? その手には今月のジャンプSQが握られていた。

「手前ェらぁ! 敵ぃ!」
「auah」
「サリ、ドス」
「はイ」
 アンドロマリウスが指を鳴らす。チンピラ風の男たちが虚空から湧き出る。僕たちは予め決めていたとおりサリさんのポケットからドスとナックルダスターを引き出す。

「天使の魂って、マズそうだよね」
 チンピラ共の目は一様に虚ろで、手には拳銃やナイフを握っている。アンドロマリウスは雑誌を投げ捨てた。
 本を投げるなよ非常識だな。

 僕は
・目の前の世界を
・青肌の女悪魔を
・チンピラ共を
・サリエルを
・そして僕……”彼”を
 ページの中に収めた。

☆☆☆

「オジキ、あのコータってガキにあんな大金もったいないんじゃないっすか」
「ああ? お前コータ知らないんだっけ?」
「知らないっすね。あんなのに鉄砲玉なんて務まるんすか?」
「んー、お前さ、人殺せる?」
「えっ……まあ、言われれば」
「俺はやだなあ。気持ち悪いじゃん」
「ええ……それはそうですけど」

「けど、コータは違うらしいんだ。や、気持ち悪いとは思ってるらしいけど、それを、こう、押し込めるらしい」
「押し込める?」
「うん。頭ん中イカれてんだよあいつ。頭の中だけで生きてるっての? 頭の中に押し込んで、その中で誰でもサクッと殺しちまうんだよ」

「それで、組を5つ潰した」
「……は?」
「あいつはさ、そういうやつなんだよ」

☆☆☆

 コータは……彼は漫画が好きだった。ラノベが好きだった。アニメも。映画も。
 父親も母親も普通。だったと彼は思っている。あんまり興味を持てないから自信はないけれど、とりあえず酷く怒られた記憶も褒められた記憶もない。

 近くの古本屋で108円で買ってきたナニカを摂取していることにしか興味が持てなかったから。

「ひと」
 彼はそう言うと、抜き放ったドスですれ違いに引っ掻くようにチンピラの首を刈る。雪に火箸を差し込むような手応えのなさで銀の切っ先が潜り込み、どす黒い液体を迸らせながら男の首から上がくるくると跳ねる。

「a」
 男の最後の空気が、唇の隙間から間抜けに吹き抜ける。次。

「ふた」
 銃をもたもたと振り上げるチンピラの手首を斜めに切断する。二本の骨の断面が一瞬見える。吹き出す血液がそれを覆い隠す。そして剣先を横向きにして肋骨と肋骨の間に差し込む。中で抉って角度を戻して引き抜く。ごぼごぼと空気が抜ける音がする。それを後ろから来たサリエルの拳が叩き潰す。
 ごしゅ
 ヒットした点を中心にクレーターじみた凹面が生じ、わずかの後に弾き飛ばす。死んだ。

「み」
 立ち竦む三人目のチンピラを、縦に一文字。

 そのいずれもが、絶命するとともに内部から食い尽くされるようにその存在自体を消す。

 そしてアンドロマリウスだ。刃紋を伝う体液を振り払い、コータは傲岸不遜な様子で女悪魔の方へ大股に近づく。

「なんなんだ! なんなんだよお前!」
 アンドロマリウスは恐怖するように、大雑把に振るった左手で衝撃波を生じさせ、強かにコータの身体を打つ。

 めぎり

 コータは腕で身体を庇ってみるが、その上から巨大な手のひらで押しつぶされるような圧力が全身を軋ませる。
「すごい。アニメみたいだ」
 先程まで食べていた焼肉が逆流してしまいそうだ。だが、その歩みは止まらない。

「よ ん」

 コータは……僕は……全身が終わっていく感覚を自覚しながら、ドスを振り上げた。

【終わり】


あとがき

ハッピークリスマス! 明日はたみねたさんの『食屑鬼』です(予定)。お楽しみに!


資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。