ケムリクサは正しく萌え作品である
注意:論拠や参考文献などの無い記憶と感情に頼った文章です
日本の心「萌え」
日本の心は「侘び」「寂び」、そして「萌え」だと誰かが言っていた。
「萌え」……。かなり人口に膾炙した言葉になり、一周回って最近は言わなくなった。
萌えという概念の発見
萌えをオタクが使い始める
解釈があやふやになる
オタクはモエモエ言い、非オタクが揶揄や象徴として扱い始める
もはやオタクも非オタクもあんまり使わなくなる←ここ
※個人の意見です
解釈
この萌えの解釈については百出して、もはや正解も不正解もないとは思うんですけど、個人的に気に入ってる解釈は「おくゆかし」と近いという解釈。
つまり、「もっと知りたい!」「もっと見たい!」「もっと聞きたい!」という感情。これに加えてカワイイとか、あるいは性的な感情に流れることもあるんでしょうが、それ以上に「おくゆかし」と違う点は、そこから発展して能動的に世界に関わり、表現する感情に繋がることではないかなと考えます。
つまり、原作に無い部分を自ら補完し、それぞれの心の中に世界を作り出すことが「萌え」の真髄。
原作では着ていないけどどんな服を着るか、着たらカワイイか。
同様に、どんな姿で……ウフ……(これ以上は止めておきましょう)。
しかしその奥に潜むのは、彼ら彼女らはどんな生を送ってきたか、どんな生を送っているか、どんな生を送るのか、知りたい!
もしも彼ら彼女らが(過去/現代/未来/異世界)ではなく(過去/現代/未来/異世界)に生きていたら?(むつぎくんは組み合わせ思考が大好きです)知りたい!!
俺の目の前に来たらどういう言葉を発するか、優しいのか、厳しいのか、煌めいてるのか。知りたいんだ!!!
ケムリクサ
ようやく何が言いたいのかに繋がりますが、これらの、強力に、もはやどうかしてるレベルの「萌え」に突き動かされる作品こそ、ケムリクサだと思います。
世界を知りたい。姉妹を知りたい。わかばを知りたい。ムシを知りたい。
六姉妹の根源は? さいしょのひとはどこからきた? なぜ彼女らは滅びなければならなかったのか?
ケムリクサ、このオブジェクトはなんなんだ?
作品としてのモチーフはなにか。原始生命の再演?
そもそも監督の考えはどうなの。ゆっこさんへんたつナイズバージョンはやはり豚なのか?
藝大の同期をEDに招くとかエモすぎだろ
ああ、萌えが止まらない
【強制終了】
資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。