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#同じテーマで小説を書こう 鏖滅騎士シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日

「おはようございます。閣下、本日はどうされますか」
「ああ……まずは紅茶を一杯。ジャムを付けてくれ」
「承知致しました」
 この屋敷唯一のメイドたるラクサが、絹織物のようなしなやかさで言われた通り茶を給仕する。
 年若くして特例男爵……すなわち単騎で軍団に匹敵する人間兵器である彼の、可愛らしいとも言えるその嗜好を知っている事実は、彼女の密やかな楽しみでもあった。

 熱い茶を冷ましながら少しずつ飲み、シュピナートヌィは目を覚ましてゆく。光の具合によっては緑にも視えるほど美しい黒髪は、起床直後で少し癖がついており、それをラクサは整えてゆく。

 昨晩遅く、国境を破って侵入したカスタムキャノン……隣国の遣い始めた魔導絡繰を一体残らず金属片にまで還元させたとは思えぬ、弛緩した雰囲気を纏っていた

「天気はどうかな」
「雨は上がっておりますよ」
 つまり陽を入れて欲しいということである。カーテンを開け部屋が陽光で満たされる。

「朝は何か」
「卵を用意しております」
 彼の好物である。最近は安くなった。戦闘の翌日はとみに所望することが多い。

 そういった無言の要求を上手く捌きつつ、彼女はあるじとともに部屋を出る。


「おはようございます閣下」
「おはよう」
 まだ一割の半分ほど未覚醒であっても、シュピナートヌィの姿勢は鋭く美しい。

「昨夜の戦闘報告はいつまでか」
「明日中で構わない。とのことです。侵入路の探査が未だですので、その後にと」
「そうか。であれば今日の出仕は取りやめでも構わんか」
「ご随意に」
「ところで朝飯を……行ったな」
 先に食堂にあり、顔を強張らせ直立不動で男爵を待っていた騎士級士官は、そう会話を交わすなりすぐさま退室していった。

「閣下、彼にそんなことをさせたら食べた端から戻しますよ」などとは口が裂けても言えないラクサは、無言でコックに合図をして卵、玉ねぎのソテー、酪などの慎ましい朝食を用意させる。
「私はそんなに恐ろしいか……」
 などと男爵は呟いていたのは、使用人の義務として彼女は聞き流しておいた。


「休日になってしまった」
 シュピナートヌィは無趣味である。仮にも叙爵された貴族であれば範として良き趣味を持つことが求められるのであるが、無趣味である。
 大体の運動で相手を務められる者が存在せず、近頃流行りのボートなどを漕ごうとしてもくしゃみ一つで竜骨をへし折ってしまうので、拙い。ボート造りなどをと言い出せば、結果的に彼の冬の湖のような瞳が……ああ!!

「今日は木を削っていこうと思う」
 ああ!! やる気だ! ラクサは心の中で顔を覆うが、差し出がましく何か言うわけには行かない。
 不機嫌になり、その超絶の力が振るわれることは”絶対に”ないだろう。だが、彼の冬の湖のような瞳がそぼ降る雨に……ああ!!

「まずはこの丸太を……む? 大きすぎるか?」
 乾かしている途中の丸太を手にする男爵を前に、また休日は面白いことになりそうだなあとラクサは思い、庭へと走り出した。

【おわり】

犯行動機

こちらに参加しています。前夜……祭……?

おまけ

微妙にこれと世界がつながっているかもしれません。

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