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Unlocker! 美女の扉と少年の鍵 #パルプアドベントカレンダー2021

 バーの照明が消えたのかと思った。

「貴方がミカルね」
 店の最奥部で油臭い水を啜っていた少年……ミカルは、遥か頭上から降る低い声を聞いて初めて、自分を呼びつけた女性によって灯りが遮られているのだと気付く。

 女性という前置き無しに、おおきい。200cm近くあるだろう。
 加えて、羽織ったロングコートから漂ってくる乾いた木のような芳香に、無意識に少年は緊張していた。

 彼女は紛れもなく美女だった。

「私はヴィオラ。【事件屋】ヴィオラ。呼び出しておいて、遅れて失礼。座っても?」
 と言うものの、少年が応答する前に彼女は対面に座り、椅子が悲鳴を上げた。

 夕方。冬。新聖暦333年。
 階層都市【アリアドネ・ヘプタゴン】最下層。
 暦の上では冬であろうとも、そこは地獄のように、暑い。

≡≡≡≡≡≡≡

「ミカ坊、お前宛のメッセージが来てるぞ」
「はい?」

 時間は遡り、同日。昼間。

 金属ジャンクの山から汗みずくで休憩所に戻った少年 ミカルに顔を合わせるなり、現場監督の親方が告げたのはそんな言葉だった。

「ヴィオラ……って誰だ? お前のイイ人か? コレか!? ガキのくせに……コレか!」
「ソレ……と楽しめるくらい、給料をくれるなら、作りますけどね」
 彼ら最下層労働者には誰かが繋がったか別れたか死んだか位しか話題が無い。小指を立てながら心底楽しそうに親方はミカルに尋ねるが、少年はメッセージ相手に心当たりがなく、頭に疑問符を浮かべながら話を躱す。

 個人端末も持てないから、休憩所の共用端末でメッセージを受け取るしか無い。30分に一度血まみれの女が絶叫するか全裸の女が架空請求を仕掛けてくる画面を見る。

『ミカル
 夕方5時、バー・リオーに来てほしい
 ヴィオラ』

「今日は早めに上がっていいぞ。シャワーくらい浴びたいだろ」
「だから、そう言う・・・・のじゃないですって……」
 親指で卑猥なサインを描いてニヤつく親方に辟易しながら、ミカルは今日の分の稼ぎが下がるのは嫌だなあと思うのだった。

 そして数刻後。
 なぜかそう言う・・・・ことにされてしまっていた彼は同僚たちから突つき回されながら現場を上がり、握らされた小遣いで義務的にコインシャワーを浴びてから自室で着替え、バーの最奥部で二人は対面していた。

「で、何の用でしょう。ボクみたいなのに、上層うえから」
 ミカルは正直言えば……苦手に感じていた。年若い身の上で、年上に憧れる気もないでもない。しかし、目の前の女性は大きすぎるし、強そうすぎる。彼自身それを意識していないものの、もう少し柔らかな・・・・ものを、親を知らぬ身としては欲していた。

「何か感じない? 私と会って」
 だが、そう言いつつヴィオラがコートの前を開き、灯りを背にした彼女から暗黒の影と甘い香りが漏れ出すと……。

「上層のヒトが、下層したのガキに、何を……?」
 反射的に顔を赤面させ、声が上ずることを自覚しつつ、その不可解な誘惑にミカルは心乱されてしまっていた。見も知らぬ相手の突然の行動に。
 
「ヴィオラちゅわ~ん。【鍵】無くしたってマ? ブッ殺しに来たよン」
 バー・リオーの広いだけ広い店内に不愉快な声が響いたのは、そんなときだった。

≡≡≡≡≡≡≡

 ミカルがヴィオラの肩越しに見たそのケツアゴ男の左掌には、深々と鍵が突き立てられている。
「マスチフ……こんなところまで……」
 ヴィオラはコートの前を合わし、心底面倒くさそうに呟く。

「アンロック。【レッドヘイズ死は赤く烟る】。死ねよ。鍵無し。最下層のクズに紛れて」
 男、マスチフの掌に鍵が飲み込まれ、鍵穴を中心に掌全体に亀裂が入ったかと思うと、表面が裏返るように小さな扉のようなものが現れる。そこから噴き出した赤い煙に巻かれたバーの客は次々に喉を押さえて床に転がり、それを見た他の客は我先にと入り口に殺到する。

「ああ~? すぐ死なねえのか~? もっとド派手にブッ虐殺ころしたいのにさァ~」
 だがそれを見たマスチフはがっかりしたようにそう言いながら、客達が逃げることを気にした様子もなく二人の方にダラダラとした足取りで歩いて来る。

「貴方が鍵持ちunlocker? 鍵がどれだけ余っているんだか……」
 一方ヴィオラはミカルを背に守るように立ちはだかりながら、そんなことを囁きつつ油断ない視線をマスチフに向けた。

「ぶいぶいぶー……っと。ああ、なんだ。こう! こうか!」
 だが、飽くまでマスチフはふざけた様子でヘラヘラと歩き、その途上、のたうち回っている男性客を足蹴にして押さえつける。そして噴き出し続けている煙が意思あるように蠢き、その全身に纏わりついた。

「まあ? お前を必要とするような企業はもういないみたいけど? ご安心! 穴があれば処理器にはなるし、身体は残しておこうかな!」
 男性客に絡みついていたその煙が晴れると、もはやピクリとも動かない最下層労働者の姿は、グズグズに崩れていた。
「こーゆーのは顔だけで済ませて、さ!」
 ミカルの顔が恐怖で青ざめた。

「時間がないから単刀直入にいくわよ。私の能力を開く【鍵】を持ってるのは貴方。だと私は直感している」
 そう言ってヴィオラはコートを脱ぎ捨てると、大胆に胸元が開いたサイバースーツが露わになり、巨大な双つの山で造成された、あまりに深い谷間が少年の目の前に曝け出される。 ヒュウ! と口笛を吹きながら、煙を噴き出す掌を掲げてマスチフはステップを踏むようにして再び二人へと歩み寄ってくる。

「早く鍵を開けなければ、二人とも逃れられず死ぬ。鍵に覚えは? マイ・キイ」
 そう言う彼女の胸元には鍵穴。
 驚く少年の手には、いつのまにか鍵が握られていた。

≡≡≡≡≡≡≡

「これが……鍵……何?」
「そう。やっぱり持っていたのね。貴方の鍵。
 以前の鍵とは形が違っているけれど、きっと……」
 困惑するミカルの掌中に元から在ったかのように握られていた【鍵】。この異常発達階層都市ではもはやお目にかかれないような古めかしいそれは、今存在し直したことを主張するように、指先に冷たく硬い感触を彼に与えていた。

「なんだ……? なあ、それなんだ?」
 何かが変化したことに気付いたマスチフが、初めて慌てた様子で言い募る。

「貴方を守るわ。だから、その鍵を貸して……マイ・キイ私の片割れ

「何だってんだよォ~!!」

 マスチフが駆け出す。
 ヴィオラとミカルは向かい合い、少年が戸惑いながらも導かれるまま彼女の胸の鍵穴に鍵を差す。
 そして鍵穴から幾何学的な亀裂が伸びたかと思うと、露出していた上胸部が、鍵穴の闇色に堕ちた。

「食らえよやぁーーーーー!!」 
「あッ……あああッ……! アンロック! 【リテラチュア私は記述する】。レター:バースト
 マスチフは余裕ぶった態度をかなぐり捨て、手を振り上げて煙を直接二人に浴びせかけようとする。しかし、その目前に人がくぐれそうなほどの大きさの扉が現出してそれを阻んだ。

「外にお行き。犬は、外で走るものでしょう」
 そして、それはただの能力発動の前段階でしかない。
 扉が解放され、ヴィオラの手の一薙ぎと共に強烈な衝撃波が炸裂し、蔓延していた煙ともどもマスチフを店外まで一気に吹き飛ばした。

≡≡≡≡≡≡≡

「アグ……ア……クソが……クソがよぉ……」
 砲弾のように水平方向に吹き飛んだマスチフは、その途中バー入口扉の柱に激突。だがそのまま少しも勢いが減じないで突き破った結果、軽金属のフレーム材が身体を数箇所貫通していた。

「すぐ死なねえ……かったようね?」
 それを遠巻きに見ながら、ヴィオラはそう言い捨てる。
 刻一刻とマスチフの身体から赤い生命の液体が流れ出て、更には、掌の扉から断続的に漏れ出る赤い煙が彼自身を責め苛み、亀裂がどんどんと全身に広がっていく。

まともな・・・・鍵であれば、鍵が貴方を生かしてもっとしぶといはずだけど……まずはひと当てってことで、ナメられたのかしら。私」
「お前はもう終わりだよぉ~……俺のあとにも……まだ……」
「そうかしら?」
 いよいよ最期の近いマスチフが、うわ言のようにそう言う。しかし、ヴィオラは手元の端末画面を見せつけてとどめを刺した。

『ヴィオラ 様
 鍵の能力unlockerの回復をお祝い申し上げます。
 つきましては、新しく依頼のご相談をしたく存じます。
 尚、貴方を襲撃した件当方無関係
 セイントウッドカンパニー 拝』

「どこで見てたのか……あなたの企業からも来ているわ。現金ねえ」
「クソが……クソがクソがクソがぁ!!」
 亀裂が一気にマスチフの全身に回り、砕け散った。
 後には、趣味の悪い衣服ばかりが残されていた。

≡≡≡≡≡≡≡

「さて……私は貴方を正式に相棒バディに迎えたいと思っているんだけど、どうかしら」
 時刻は夜の設定に差し掛かろうとしていた。

 マスチフの所有物はきれいに全て最下層住民に持ち去られ、マスチフの最期の姿を写したかの様にヒビ割れた鍵だけは、ヴィオラが個人識別のため回収している。
 彼は企業所属人員の傷害、殺害、及び施設破壊の実行者として事後的に事件化され、それを彼女が【事件屋】として処理した形になる。

「今の職場も稼ぎが微妙なこと以外は不満がないから……なあ」
 一応即答を避けたミカルは、どうせ逃れられない未来を予想して少しでも好条件を引き出そうと思っていた。

「そう……じゃあ、せめて住処に送るわ。いえ、一旦は私の仮宿に来てもらおうかしら」
 そう言って、二人はヴィオラの重二輪に跨るのだった。

【事件屋ヴィオラ エピソード1 おわり】

あとがき

ドーモ! むつぎはじめです。初めましてorいつもお世話になっております。
おねショタ好き?
俺は好き。
この話はエピソード1ということで、またいつか彼女らが登場する日をお楽しみに!

明日はドントさんの『陰陽殺人茶道(仮題)』です!

ポストクレジット


 バーの照明が消えたのかと思った。

 私、ヴィオラは、背中にしがみつくミカルの重みを感じながら、ほんの一時間程前のことを、そしてそれに繋がるこれまでのことを思い出していた。

 無茶をしたせいで能力の要である【鍵】が焼ききれてしまい、これ幸いと過去私が叩きのめした有象無象の組織が私を始末しに動きだしたらしい。
 まあ、それはいい。鍵をロストしたマヌケをこれ幸いとぶっ殺したことは、私も何度か有る。

 だが、3人目のバカを返り討ちにしたときに不可解なメッセージが匿名で届いた。
 今思えば、運命だ。誰か知らないが感謝を捧げよう。

『ヴィオラ
 お前は私を知らないだろうが私はお前を知っている。
 最下層の ミカル を探せ。
 それが、お前のキイ
 ■■・■■■■』

 罠だとしても、このままではいずれ最下層に行くしか無い身だ。次は鍵持ちの腕効きunlockerが来てもおかしくない(それは半分当たりで半分間違いだったが)。派手に死ぬなら、地面に近いほうが良い。

 そんな投げやりな気持ちで訪れたバー・リオー。

 バーの照明が消えたのかと思った。

 日々の労働で引き締まった全身。紫外線含有量の多い低質な疑似日照灯の所為で焼けた肌。わざわざシャワーを浴びてきてくれたのか? さっぱりとした金の短髪。
 そして、私の半分ほどの年齢らしい、僅かに幼さの残る顔貌。

 それからの会話、変に緊張して威圧的になっていなかっただろうか。
 変な行動は取っていなかっただろうか。

 私は、一瞬で彼に恋をしたのだ。

【おわり】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。