いっぱいになったら

いっぱいになったら、

よかったら前作の「空っぽになったら」をお読みになってから、こちらの作品をご覧下さい。


甘依(かよ)が満眩(みたま)に出会ってから2ヶ月が過ぎ、すっかり寒い季節になってしまった。
この2ヶ月の間、雨になる度に甘依はあの連絡通路へと足を運ぶが、着崩したスーツの似合う彼女には1度も出会えずにいる。
たった1度だ、たった1度楽しい会話をしただけの彼女を、こんなに必死になってまで、また会いたいと、自分でも少しストーカーの用で不気味であったが、甘依はどうもあの夜の幸福が忘れられないでいたのだ。
ただ今夜は違った、ポロリと雨の降る6時半、連絡通路の入口には彼女が立ってるではないか!少し……かなり興奮して内心舞い上がりそうだが、動きに出すまいと、ゆたりすたり満眩の方へ歩んでゆく、と、まてよ?満眩の隣に知らない女がいるでは無いか、何たる事か、予想もしていなかった。
だが甘依と満眩は1度会話した程度の関係だ、彼女の人間関係など知る由もないだろう、しかしそんな事はどうでも良い、甘依自身、フツフツと沸たる嫉妬心を自覚していたからだ。
黒いチョーカーに緩いTシャツの似合うあの女、仲良く満眩と会話して、バイバイと笑顔で手を振るあの女、バイバイと返す満眩、満足気に帰路に就くあの女、口元の緩んだ満眩、嫉妬とはこれ程までに粘性の高い感情であっただろうか。
まぁまぁ、1回深呼吸しようじゃないか、せっかく満眩を見つけたのだからな、ふぅ〜と一息ついて再び歩き出す、興奮も嫉妬も隠して、自然にだ。
「み、満眩さん?」たまたま見つけた時のように、戸惑いを取り繕って話しかけた、まずは成功だ!
「……あっ!甘依ちゃん?!久しぶりだね!元気だった?あの時連絡先聞き忘れちゃってさ、また会えて良かったッ!」
素晴らしい!満眩も私にまた会いたいと思っていてくれたなんて!今溢れるこの感情は幸せに他ならないのだ!
それから1時間ほど、これまでの2ヶ月間にあった事なんかで盛り上がった。
そして、丁度持っていたチューハイが空になった時に尋ねた、さっきの女の事だ、誰なのか、と言うよりかは、どういう関係なのか、という事をだ。
少しの間の沈黙、戸惑いではなく思考の沈黙であろうか、纏まり着いた満眩はあろう事か、あの女の事を元カノだと言った。
しかし甘依の心中は大変に嬉しい気持ちが湧いて出てきた。
なんと言っても満眩は女の子が好きだとわかったのだから、私にも希望があるではないかと、そう思うのだ。
「元カノ…ですか……女の子が好きなんですね、へぇ、ふ〜ん、なるほど、」
少し露骨であったろうが、満眩は甘依の反応や仕草を見て、彼女も女の子が好きだと察したらしい、そうもなれば、甘依が気付かぬうちに、するりとすぐ横まで寄り添って来ていた。
私がその存在に気がついた時には、既に満眩の手が、腹や内腿を這うように愛で始め、私はその甘さに身を依るだけ、そうする事しか願わなかった。
周りを見渡す羞恥など、悦楽の前には意識のしようがなかった私にとって、この南北を繋ぐ2人っきりの連絡通路は幸いという他なく、それは後に気がつくとこである。
「ねぇ、甘依?家、来ない?」
唇が別れ、満眩が言った。
私は小さく頷いた。

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