タビニウム
財布の中に覚えのない恋みくじが入っていて、開くと大吉だった。
一体何年前のものだろう。
僕はまた、後ろ向きに進むボートを漕ぐ。
かつて並んで進んでいた友達の姿はとっくに見失った。
タビニウムという元素がある。正確には、存在していると僕が思い込んでいた。それは何の役に立つわけでもない元素なのだが、タビニウムを思い浮かべるだけで、なぜか元気が湧いて、胸に渦巻く不安な気持ちがどこかへ行ってしまうような、そんな元素だった。今となってはもはや、どんな形をしていたかさえも思い出せないのだが。
タビニウムは存在しないのだ。それが正しい世界の形なのだと自分を納得させたまま、ただ僕は流れに乗ってボートを漕いでいる。
そうして1人でしばらく進んでいた頃、僕が来たほうと違う方向から、笑ってしまうくらい不器用にボートを漕いでくる人が見えた。
流れに逆らう自分のボートをなんとか進めるのに必死な彼女は、僕にしばらく気づいてくれなかったけれど、じっと視線をやっているとやがてこちらに気づき、照れ笑いしながら手を振ってくれた。それでなんだかホッとして、ふとタビニウムのことを思い出したのだ。
一瞬の邂逅だった。お互いに違う方へ進んで、すぐに見えなくなった。もう一度会うことも多分無い。
また不安になった時は、無くしてしまったタビニウムを思う代わりに、二度と交わることのないであろう不器用な彼女の航路の無事を祈ろうと思う。彼女の存在もいずれは無かったものにしてしまうんだろうけど。
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