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俳優演出【入門】:これまでのおさらい【テクニカル指示】

さて、俳優との仕事は監督にとって一番難しいものの一つです。

多くの情報、多くの説明のバリエーション を用意し、時には相手の反応を見て、用意したものとは全く別の指示をせねばなりません。

実は、ここまで書いてきた役者への指示は全て【テクニカル指示】と言われ、【コレクト】以外、撮影に入る前に役者に伝えておく内容となります。

【オブジェクティブ、スーパーオブジェクティブ】
【FACT】
【キャラクターがどのように世界を見ているか】
【オブジェクト指示】
【動詞指示】

これらは、事前の役者との打ち合わせで済ませておきます。

役者はこれらの情報を知る事で、事前準備が出来、撮影現場では感情を出すためだけに集中できます。

では、これらの指示を俳優に事前に済ませた場合、
監督は現場では何をすればいいのでしょうか?

実はそれをやった上でも、多くの仕事が監督にはあります。

俳優は多くの情報を与えられ、整理して、自分なりに演技へと挑んできます。
その上で、多くの事を忘れてしまいます。
これは、仕方がない事で、映画という長いストーリーを描く中で、そのシーンごとに全く違う感情を演じなければなりません。それに、感情は容易にコントロールできません。その為、その都度、監督が役者に思い出させなければなりません。

また、役者が感情をさらけ出せるように、テクニカル指示以外にも、モチベーションを上げる為の指示をも与えます。時には褒めおだて、調子に乗らせたり、威圧して追い詰める事で役者に感情をさらけ出させる準備をしてあげます。

また、役者が作り上げてきた感情の修正をも行います。
この時点で行う修正は大抵【もっと強く】【もっと弱く】などと、いわゆる加減です。
私はよく「その100倍やれ! 」とか「もっと少なく、80%程度でいい」と具体的に数字で言います。
ここまで作り込まれた感情は、あとはパーセンテージのみの指示だけですんなりとハマってしまいます。

また、よくあるのが俳優個人の癖です。
実はこの癖、言っても治りません。

今から見てもらうのは黒澤明の演出シーンです。
彼は動作指示ばかりで、動詞指示はしておりません。
ちなみに、今まで解説してきた演出方法は典型的なハリウッド・メソッドと呼ばれるもので、ロシアの偉大なる演劇人にして近代演劇演出法を確立したスタニスラフスキーのメソッドに基づいてハリウッドの俳優陣の中で進化したものです。ですので、俳優側からの視点に基づいた演出方法です。
監督には人それぞれの方法があるので、黒澤明は私がここに書いた方法とは別の方法で演出している、というのを前提に置きながら以下の動画をご覧ください。

ここで、黒澤明は盛んに侍女役の役者さんの頭の動きを注意しております。
何度言っても女優さんは治りません。

これはこの女優さんの無意識に行う癖です。これは明らかに『演じる』という行為の上で出てきている癖です。
ここで、黒澤明はしつこいくらいに、同じことを言ってただひたすら繰り返させます。
『なぜ、指示を変えないのか?』『なんて、効率が悪いんだ!』と、お思いになる方もいるかもしれません。しかし、これは黒澤明なりの解決方法なのです。というのも『演じる上での癖』と書きましたが、ようはこの女優さんは『演じる』ということに対して力みが出ているのです。この力みを取るには様々な方法があるのですが、ここでは肉体的に疲れさせることにより、無駄な力みを取る狙いがあると思われます。人間は体が疲れてくると、無意識に最小限の動作に止めようとします。ここで、問題になっているのは無駄な頭の動きです。 この動きを制限させるためには、別の自然な癖で抑えるのが一番です。なぜなら、意識しても治らないのですから。その上で繰り返すことで、体にその動きを馴れさせ、無駄な力を抜いているのです。

このように、実は言葉での指示以外にも、時に実際に行動させることによって【監督の目的】を達成させます。演出の目的は上手に役者を扱って、最終的に【監督の狙い通りに動かす】ことです。そのためにはどんな手段でも使います。

今回、一連の記事で書いた演出法は俗にいうワールド・スタンダードです。
世界中の学校で教えられる基本とお思いください。
基本は常に応用や工夫することによって実践で役に立つ、ということを覚えておいてください。
最終的にはあなた自身が、あなたの演出方法を確立していかなければなりません。
その参考になれば幸いです。

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