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昔から雨が好きだった。
雨が当たると香り立つ草のにおいや
アスファルトのにおい。
葉っぱや傘に当たる雨の音。
手すりに纏う水の粒。
ミストの様な細かい霧雨や
大粒の、まるで宝石のような雨粒。
気圧のせいで気だるい身体に
五感全てで感じることが出来るのだ。
夜中の優しい雨が好きだ。
サーサーと優しい音
パタパタ、と屋根から地面に落ちる音
窓では雫が流れていく。

好きになったキッカケは
少し苦い思い出だ。

何年も前の話。
付き合っていた人と
別れそうになっていたある日
社内恋愛だったこともあり
彼に会いたくなくて会社を休んだ
その日は朝から雨が降っていたけど
ずっとモヤモヤしているのもあり
良い天気だともっと落ち込みそうだったから
ホッとしたのを覚えている
休んだとは言え
家に引きこもっているのもしんどくて
眠れる訳もなく
夕方頃、街に出た
フラフラと街中を歩く
これからどうしようかな
中途半端なのがいちばん嫌なのにな
ずっと上手くやってたのにな
なんでこうなったのかな
やだな、
キツイな
いなくなりたいな
下を向いてフラフラフラフラ
色んな事を考える

大好きな雨の音も
街のざわめきも何も聞こえない
梅雨の時期だったように思う。
雨は降ってはいるけれども
東の方から夜がやってきて
西の方に、少し、とても低い位置に
夕焼けのオレンジも感じられる頃
雨のせいで冷えた身体を暖めるため
あるCDショップに立ち寄った。

室内に入った事で音に気付く
なんとなくCDを見てみる
音楽は記憶だ
聴けば簡単にあの楽しかった頃に戻ってしまう
遠出する時聴いたなぁ
カラオケで絶対歌ったなぁ
いつも車で流れていたなぁ
初めて一緒に帰った日
聴いた曲はこれだったな
彼と聴いてきた音楽を
あんなに大好きな音楽を
どれも聴くことが出来なくなっていた。

その時だった
そのCDショップのオススメが
ジャケットが見えるように置いてあり
ある1枚のCDに目が離せなくなった
そしてレジに持っていく
あまりジャケ買いをする方ではなかったけど
少なくとも
彼と共有した音楽ではないのだ
それがその時のイチバンだった

1日色々考える時間があったことや
新しい音楽に巡り合えたこと
雨のおかげで浄化されたせいもあるかもしれない
とにかく、少しスッキリした気分で
地元の駅に着いた。
早歩きで車に向かう
早く帰りたい訳では無い
電車に傘を忘れたが、それのせいでも無い
車のオーディオで
このジャケ買いしたCDを聴きたかったからだ

ずっと外にいたせいで冷えた手は
少し悴んだ手でもたついたが
再生された

ジャケットのポップな感じに対して
ギターの音から始まった
パンクロックというものだろうか
男性の歌声が響いた。

雨の夜、1人車の中で聴く音楽。
初めて聴くジャンルの曲。
初めて聴くはずなのにどこか懐かしい声
スっと心に沁みてくる歌詞
雨の音、音楽、歌詞
いつの間にかめちゃくちゃ泣いていた。
何故か分からないけど
『救われた』と思った。

ずっと暗闇にいることは分かっていたのに
いつも大丈夫だ、と言い聞かせてた。
認めたくない自分がいた。
本当は冷たい雨も、夜も大嫌いだった
雨は付き合う事ができたキッカケだったし
夜はまさに自分の心の中だった
でも
本当は分かっていた
彼とはとっくに終わっていることを

結局、最後まで聴いて
いっぱい泣いて
吹っ切れるまで時間はかからなかった
心は少し回復までに時間がかかったし
夜はなかなか眠れなかったし
雨の日は思い出すことも多かったけど
ずっと繰り返しCDを聴いていた。

雨に溶けていなくなりたいと思っていた夜に
雨が出逢いをもたらしてくれたのだ
今も、雨が降る度少しぎゅ、となる
でも同時にあの時の初めてCDを聴いた雨の夜を
この苦い経験を含めてこの音楽との出逢いだと
今はそう思う。

雨を通して訪れた別れと出逢い。
だから好きなのだ。
香りや音は後付けなのだ。

今日も雨を感じて眠ろう。


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