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海外ロックフェス参戦記10


レスター大学

私の着席を待ってバスは発車した。車窓を流れていく風景、きっと二度と来ることのないレスターの街を私は見つめ続けた。

途中、初老の二人組の女性が乗ってきて、私の隣と前に分かれて座った。
前の女性は振り返りながら、隣の女性は身を乗り出しながら、おしゃべりを続けていて、思わず席を変わろうかと申し出た。

「それには及びませんよ。走っているバスの中で動くのも不自由ですし」
たしかに二階建てバスは、一階でも曲がり角の揺れは強い。
「ところでご旅行?」
「ええ、東京から来たんです」
「東京は賑やかなところなんですってね」
「住めば都ですけれど、通勤の混雑は何年たっても苦痛ですね」
「一度行ってみたいわね」
「レスターこそ、いい街だと感じます。
 このあと時計台に行きたいのですけど、最寄りの停留所にきたら教えて
 いただけませんか」
「構いませんよ、私たちもそこで降りるのよ」

二人交互に賑やかに話しかけてくる様は日本のおばちゃんと変わらないが、グレイッシュヘアに大ぶりのイアリング、華やかなニットと初老の女性の装いは海外ならではだ。
降り際に時計台はすぐそこよ、と指さしざま手を振って二人は仲良くマーケットの方に消えて行った。

10レスター時計台


ちょうどレスター訪問の数か月前、市中心部、中世の修道院跡から見つかった高貴な身分と思われる遺骨が、鑑定でリチャード三世のものと判明、大変な話題になっていた。おりしも展示が始まったばかりで、これを見ないわけにはいかない、時計台近くの会場、レスターギルドホールへと足を運んだ。

リチャード三世が命を落としたのはヨーク家(白薔薇の家紋)と宿敵ランカスター家(赤薔薇の家紋)の戦い、薔薇戦争で、日本では応仁の乱と同じ頃だ。行方知れずになっていた内戦の敗者、イングランドの国王の遺骨が530年の時を経て、市営駐車場の地中から見つかったのは、センセーショナルな出来事だった。
鑑定のキモとなったのはリチャードの姉、アン オブ ヨークの子孫とのDNA鑑定だそうで、レスター大学の考古学チームが全面的に協力したという。

Jon御大は亡くなる前年、レスター大学から名誉学位を授与されている。
がんの告知後、治療の合間に故郷を訪れ同大の授与式に出席、学位ガウン姿で故郷の思い出と音楽への感謝をスピーチし、それが公の場に現れた最期となった。 

レスター大学授与式の公式映像

授与式の会場だったDe Montfort Hallはレスター大学の式典のほか、コンサートホールとしても広く市民に親しまれ、実際御大はロックもクラシックも初めてのコンサートはこのホールで観たという。学位授与式のスピーチでは、それぞれバディ ホリーとウィリアム テル序曲をここで楽しんだと回想していて、御大にとって大切な音楽の原体験の場所であることが、伝わってきた。さらに立派なパイプオルガンがあることも知られているそうで、ぜひ訪れたかった。情報を求め立ち寄ったツーリストインフォメーションでは、景観保護区となっている遊歩道を勧められ、大学までその道を行くことにした。

10レスター遊歩道

私は御大の真骨頂はピアノだと思っている。軽快なラグタイム、ブルージーなプレイ、とりわけ晩年に作曲されたクラシックの作品は、タッチが繊細で美しく、聴く者の心と弾いている者の心が隣り合い触れ合っているかのように、情感が伝わってくる。
優れたピアニストとして、打鍵から生まれる表現の豊かさをきちんとマスターしたからこそ、電気楽器のハモンド、レスリーをあれだけ駆使できるのだ。例えばWhitesnake時代のHere go againのイントロのように。


9歳からレスター大近くに住むピアノ教師に、ずっと習っていた。元コンサートピアニストだったが教師に転身し、風変わりなところもあったが、愛のある教師だった。
De Montfort Hallでの授与式で、かつてのピアノの恩師を懐かしんでいたことを想いながら、レスター大への遊歩道を歩いた。


少し怪しかった雲行きがいよいよ崩れ始め、雨が降ってきた。ほどなく土砂降りとなり、雷まで鳴り出した。遊歩道沿いにあるドミニコ会の教会の軒先で様子を見ていたが、一向に止む気配がない。ドニントンに戻る列車の時間も迫ってきて、ホールまでタクシーでも拾おうかと通りに出たが一台もなく、雷はますますひどく危険を感じる有り様だ。すぐそばにミュージックショップがあるのを見つけ、速足で店内に駆け込んだ。

店内には管楽器やバイオリンといったクラシックの楽器、ギターやドラムといったロック楽器やエフェクター類が並んでいて、奥にはスタジオもあるようだ。レコードやCDは扱っていないが、楽譜はそこそこある。ロックの品揃えを見てみると、Queen、AC/DC、Led Zeppelin、Pink Floyd、The WHOなどなど、残念ながらDeep Purpleがない。

クラシックのコーナーにはBachのピアノ楽譜が豊富にあり、「トッカータとフーガ(BWV565)」のピアノ用スコアもあった。
教会のオルガニストの男性の
「手に入れるのはそれほど難しくありません。
 ぜひバッハの音楽を楽しんでみてください」
という言葉の巡りあわせを奇遇に感じ、買うことにした。

レスター大近所でピアノを習っていたのなら、その近くの楽器店で楽譜を買ったのかもしれない。De Montfort Hallに行くのは断念したが、一方、雷雨のおかげで楽器店に飛び込む奇遇で、ピアノ版のフーガの楽譜も手に入れた。

奇遇なのだろうか、“誰かの計らい”のようにも思えた。

10レスター楽器店


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