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「Zoom未来フェス2020」から始まるもの。


1.1978年の未来フェス

 1970年代のはじめに僕はロッキング・オンという雑誌を創刊し、数年間、僕の住まい兼写植の仕事場が、編集部であった。毎日、全国からたくさんの投稿原稿がポストにたまり、それをずっと読むことが習慣になった。その作業を通じて、投稿者は、単なる「読者」とか「顧客」とかいう存在ではなく、「時代を通した友だち」のような感覚になった。実際、数多くの読者と会ったり私信を交換したり電話したりした。

 投稿原稿は、僕と渋谷陽一で読んだのだが、渋谷は原稿を見て「こいつ、こここが駄目だな」と原稿の問題点を指摘する。それに対して僕は、どんな稚拙な文章でも面白いところを探して「ここは面白いぞ」という。渋谷と僕とはある意味、一枚のコインの裏表のように、同じ素材と経験で出来ているのだが、反応がまるで違っていた。僕が、投稿者たちの状況や性格のことをよく覚えているので、渋谷は「なんで、あれだけ大勢の投稿なのに、一人ひとりのことを覚えているのだ」とびっくりしていた。

 やがてその投稿者たちに呼びかけて、全面投稿雑誌「ポンプ」を創刊し、編集長だった3年間は、一日中、全国からの私信のような投稿を読むのが仕事であった。

「ポンプ」の企画を提案した時、周辺の人は「そんな素人の原稿を集めたって商品にならないよ」と言う人が多かった。「そうじゃないんだ、商品を作るんじゃないんだ、時代を通して人と人との信頼関係を作るんだ」と熱くなって語っても、旧来型の出版人は、笑うだけで、ピンとこなかったみたいだ。

 しかし、実際に、創刊0号が発行されて、実物を読んだ人たちは、一様に「何か新しい面白さがあるな」と言い出した。それは原稿のクオリティではなく、それを書いた人のリアリティがそのまま誌面に登場したからである。

 戦後社会は、急速に発展し、豊かな時代が訪れ、人々は、専門的なスキルを身に着け、社会的立場を確保し、自立した個人になっていった。雑誌も、多様化しながら内容もデザインも、良質なコンテンツに成長した。しかし、そうして完成してきた社会システムに反比例して、人と人との距離は分断され、孤立化し、寂しい関係に支配されてきた。僕がロック音楽から学んだことは、そうした「嘘の充実」を突き破る、人間の生身の存在や声と触れ合うことでしか、新しい時代の展望はひらけないのだ、という子供じみた妄想である。

 岩谷宏がスパークスの詩を翻訳してくれた。「大人たちは、世の中は厳しいというけれど、厳しくしたのは大人たちだろう」と。

 発行日は、1979年1月になっているが、実際に発売されたのは1978年12月である。なので、僕は、ポンプは、1978年からだと言う。それは、1978年、ポンプを創刊するために、動き回り、原稿を集め、多くの人と語り合った日々が、僕にとっての「ポンプ」である。実際に創刊されてしまえば、あとは、自動的な交流の運動がはじまるはずだと信じていたし、実際に、そうなった。僕はただ、全国から集まる手紙を読み、整理して、版下にするだけだ。


2.2020年の未来フェス


 Zoom未来フェスを2020年10月18日に行った。70数名の人たちが登壇した。K-POPの魅力を教えてくれる中学生もいれば、司法試験を受けるのだと宣言する女子高生もいる。マッチングアプリを体験して、大切なことを学んだ大学生もいれば、彫刻刀で仏さんを掘り出す仏師もいる。大学教授もいれば、有名ミュージシャンもいる。次に誰が登場するのか分からない期待と緊張で、登壇終わったら抜けようと思った人も、最後の方まで見てしまったのではないか。登壇者が話していると、聞いている人の素直な笑顔や拍手する姿が映る。

 今あるテレビやインターネットコンテンツとは、全く異質のメディア状況に、驚いた人も多いだろう。

 僕にとっては、1978年に「ポンプ」を創刊した時に、感じた空気感を久しぶりに体感した。コンテンツが何かの結論ではなく、なんだか分からないけど、ここから始まるものを信じられた。表現が死体ではなく、なまものとして、映っていた。

 僕の役割は、最初の挨拶をするところまでである。あとは、「ポンプ」と同じ、自動的に動き出すはずなのである。参加型メディアの一番大事なポイントは、信頼できる仲間たちのネットワークによりつながった人たちに参加してもらうことだ。良質なセルモーターがあれば、あとは自動的に周辺へと広がっていくはずなのだ。


3.新しい80年代に向けて


 1978年に閉塞し分断された社会の中で、新しい信頼関係を発生されるメディアとして「ポンプ」を創刊した。80年代に入り、パソコンの普及と、ネットワーク社会の開始にともない、紙メディアの役割は終わっていく。70年代に発展した情報誌の「ぴあ」は、インターネット状況の先取りであるがゆえに発展し、本物のネットワークが登場したら、役割は本物の方に移行してしまったので、発行する意味がなくなった。

 アスキーネットから日本のネットワーク・コミュニティがはじまったのだが、80年代ネットメディアは、システム会社やエンジニアが主導したため、「編集」という概念がないまま、システム的に、誰もが表現出来る場を作っていった。その結果はどうだ。人々はネット環境を謳歌しているが、実際は、エゴイステックな自己主張と対立と悪意のあるデマや中傷があふれている。人と人との牧歌的な出会いも、知らない者同士の信頼関係の発生も、どこにもない。

 もういちど、80年代以前の状況に立ち戻り、成熟したインターネット環境の中で、素朴なコミュニケーションを始めるしかないのではないか。

4.新しい学校

「話す人が先生。聞く人が生徒」というイメージは、僕が大学生の時に「あるべき教育」としてイメージしたものである。一方的に教え込んだり指示したりするのではなく、日常そのものが教育環境であるような社会を夢見て、そのための仕事をしようと思った。僕がやってきた、書いてきたことは、すべて、その日のためのものである。

 しかし、社会の閉塞感が高まり、ますます窮屈になるだけなのに、IT技術だけが、社会の目的確認を置き去りにして疾走していく姿を見て、70歳になる僕の人生では、もうこれ以上やれることはないな、と思っていた。

 2020年、コロナ情況により、社会の歯車が一度遮断した。そのことにより、一人ひとりが、社会の流れから離れて、考えることが出来たのではないか。疑うことなく従っていた社会の流れを問い直すことが出来たのではないか。

 大学では、前期は大半の大学でオンライン授業が進められた。オンライン授業の価値よりも、学生たちがZoomのスキルを身に着けたことが、これからの社会において、大いなる可能性の種子をまかれたのだと思う。

 オンラインのスキルさえあれば、もう大学がなくても、直接、先生から学ぶことが出来る。文科省が後期を対面授業にしろと誘導しているのも、直感的に、このままオンライン授業が定着したら、これまでの大学制度そのものが崩壊する危機感を持ったからではないだろうか。

 Zoom未来フェス2020は、まさしく、蜃気楼のように現れた、僕たちの未来の学校である。年齢差、職業も、性別もなく、すべての人が誰かの先生になりうるし、誰もが熱心な生徒になりうる環境を出現させた。ああ、生き延びていてよかった(笑)


5.リアルとネット

 よく「リアルな場の充実感は、ネットでは出せない」という人がいる。それは逆に言えば、「ネットでのマルチな関係性は、リアルな場では作れない」ということなのだが、さて、リアルな場での「充実感」とは何だろうか。同じ空間にいる安心感だろうか。

 そうではなくて、実は、「時間の共有感覚」なのだと思う。武道館でライブを観る。同日同時刻に同じアイドルのファンが集まって、同じ興奮を共有する。この時間の共有意識が、同時代を生きる、見えない仲間の存在を確認出来るのだと思う。

 Zoom未来フェスの価値は、10月18日の13時から20時までの時間だと思う。動画でアーカイブされているので、あとから観ることも出来るが、それはあくまでも情報として体験するだけだ。同じ時間に、同じ時代を一緒に生きる人たちと、住んでる場所も世代も考え方も違うが、間違いなく同時代を共に生きている同志感を感じたはずなのである。

 これがオンライン・ライブの価値であり、これから僕たちが進めていく活動の原理である。

 Zoom未来フェスに参加した人たち。次回の参加もよろしく、というのと同時に、みなさんは、みなさん自身の手によって、Zoom未来フェスを主宰してください。

 リアルな未来フェスもそうやって、参加した人たちが「自分もやりたい」と言って日本各地に広がりました。

6.今後の予定

 「ポンプ」は、「ボイスプール」というフリー投稿と、衣食住などのテーマごとの投稿がありました。Zoom未来フェスは「Zoomポンプ」になっていくので、なんでもありの未来フェスと、テーへごとの未来フェがあります。主宰したい人は、連絡をください。

 とりあえず、大晦日に「Zoomゆく年くる年」をやろうかなと思っています。みんなで、それぞれの一年のまとめと、来年の展望を語り合いましょう。

 では、また、画面でお会いしましょう。

7.参考資料

Zoom未来フェス2020の資料・動画アーカイブはこちら。


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