マガジンのカバー画像

記憶する葦(追悼文)

51
一緒に時代を生きた人たち
運営しているクリエイター

2015年5月の記事一覧

追悼・林雄二郎さん

2012年1月25日、霞が関ビルで林雄二郎さんのお別れ会が開かれました。300人近い、各界の皆様が参集されました。 ▼以下は、橘川の追悼の辞です。こういうスピーチの場合、僕はだいたい前日に、文章を書きます。それを推敲した上で頭に入れて、スピーチの場では原稿は見ません。あくまでライブ感覚で、会場の人たちの反応によって内容が変わる場合もあります。今回は、時間が短いこともあり、ほぼこの文章通りです。なにしろ、加藤秀俊さん、山岡義典さんの後にスピーチするわけですから、緊張しましたw

再生

追悼・林雄二郎さん

2011年11月29日にお亡くなりになった林雄二郎先生を偲ぶ会が、2012年1月25日に霞-ヶ関ビル35階で開かれました。この映像は、橘川幸夫が述べた追悼の辞のノーカット-版となります。※最初の1分ぐらいは、音声に雑音(衣擦れ)が入っています。

追悼・吉本隆明さん

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 標題=追悼・吉本隆明さん 掲載媒体=一週間の日記 執筆日=2012年3月18日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇追悼文は、現実の場面で関係を結んできた人に限ってきた。吉本さんとは面識がないし、今、僕の家には、吉本さんの本が一冊もない。定期購読していた試行が探せば出てくるかも知れない。それでも吉本さんと埴谷雄高さんは、同じ世代にありがちなように、大きな刺激的存在であった。訃報

追悼・坂本正治さん

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 標題=追悼・坂本正治 掲載媒体=一週間の日記 執筆日=2011年11月21日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ポンプを創刊して、多くの人に出会った。毎日、投稿されてくる100から200通ぐらいの投稿者たちとの出会いもあるが、それまでロッキングオンという小さな世界で生きていた僕は、いわゆるメディア業界人との交流がはじまった。素晴らしい人もいれば、とんでもない人もいるというのは

追悼・下中直也さん

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 標題=追悼・下中直也さん 掲載媒体=一週間の日記 執筆日=2012年4月 7日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  覚悟をしていたとは言え重たい連絡だった。こうして父の世代の知り合いが視界から消えて行く。  下中直也さんは僕の恩人である。1981年に僕はそれまでやっていたロッキングオンのスタッフ、ポンプの編集長、たちばな写植の社長を全て辞めた。何をするという目的があったわけで

ジョブズは何処から来たのか。--------ロック音楽が鳴り響いた人生

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 標題=ジョブズは何処から来たのか。 掲載媒体=AERA Mook 執筆日=2011年10月 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1.反乱の時代の中から  スティーブン・ポール・ジョブズは時代の波を爽やかに泳ぎ切りながら僕らの眼前から去って行った。彼が残してくれたのは、感性あふれるプロダクツとコンセプトである。人は個人の才能だけで時代に影響を与えることは出来ない。時代に影響を与え