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『逆資本論』についてのおおまかな感想や意見


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漫画

『逆資本論』
『キミのお金はどこに消えるのか』
『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』
『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』
『鋼の錬金術師』

テレビアニメ

『鋼の錬金術師』(2003)

テレビドラマ

『日本沈没 希望のひと』
『陸王』

特撮映画

『シン・ウルトラマン』

小説

『日本沈没』

はじめに

 経済マンガを書いている井上純一さんの新作『逆資本論』は、マルクスの間違いを指摘しつつも、その中の重要なところを環境問題、特に気候変動に活かそうとするものです。
 それについて、危機感も踏まえて、私は早くネットで意見を発信したくなったので、ここに私なりの大まかな知識などとの関連をまとめます。

『逆資本論』における「マルクスの間違い」

 その「マルクスの間違い」の1つに、「ゼロサム」の考えが指摘されています。
 つまり、「誰かが得をすれば必ずその分誰かが損をする」という考えで、労働者、従業員が資本家、経営者から搾取されて来た、格差が広がっていたというのがマルクス経済学の主張であり、『人新世の資本論』では斎藤幸平さんが、「今では世界で北側の国が南側のグローバル・サウスから搾取している」とも書いています。
 これについて井上さんは、絶対的貧困の数は世界で歴史的に減っていること、不平等かを表すジニ係数は、確実に良くなっていることを挙げて、「資本主義によって労働者が豊かになっている」と反論しています。
 これと同じとは言えませんが、佐藤優さんも『いま生きる「資本論」』で、「戦後日本の左翼が見落としていたのは、資本主義で日本がどんどん豊かになっていたことである」と主張しています。
 ただし、絶対的貧困が減っていることを根拠に資本主義を肯定して、市場原理に任せれば良いと主張するリバタリアンの木村貴さんは、「デフレが良い」と主張していますが、デフレは井上さんによって強く否定されています。
 日本は長いデフレが続いているものの、それでCO2排出量は減っていないためだと井上さんは、斎藤さんの「脱成長」も、木村さんのような市場原理によるデフレの推進も否定しています。
 話を戻しますと、おそらくある程度の、年2-4パーセントのインフレによって、世の中全体に回る貨幣が増えることで、絶対的貧困も減っていたというのが、井上さんの主張であり、現代日本もデフレから脱却するために、政府が借金をして円を増やすべきだということだとみられます。
 国内の相対的貧困について井上さんが漫画で言及していないようなのが少し気になりますが、ここで私が指摘したいのは、「ゼロサム」思考についてです。

「ゼロサム」と『シン・ウルトラマン』


 私の知る物語で、「ゼロサム」を明言したのは『シン・ウルトラマン』です。ウルトラマンが人類や地球を守ろうとするものの、人類が他の外星人(宇宙人)によるウルトラマンの能力を兵器として手に入れようとするのをウルトラマン自身が阻止するなど、人間とウルトラマンの対立も描かれます。
 そして、国際的な圧力でウルトラマンを管理せざるを得なくなった「政府の男」が、「要求に従わなければ、君の仲間の安全の保証は出来ない」とウルトラマンを「恫喝」したものの、ウルトラマンが「仲間に危害を加えれば人類を滅ぼす」と「対等な交渉」をして、「政府の男」は「ゼロサム状態は避けたい。手を引こう」と去りました。
 『シン・ウルトラマン』は、「リエゾン」、「ファクトかよ?」、「フェイクムービー」、「一次映像」などのあえて難しい単語を使っているところがみられますが、「ゼロサム」というのは、「ウルトラマンの要求が通るとこちらが損をするし、こちらの要求通りだとウルトラマンが損をする」というような意味でしょう。
 とはいえ、それを「避けたい」と話した「政府の男」が去ったことで、彼らもウルトラマンも「得」をする、地球の全ての命が守られる選択肢も生まれるはずだ、というのがこの時点での主張なのだとみられます。
 ウルトラマンと「政府の男」のどちらが労働者か経営者かは、共に公務員あるいは元公務員なのでそもそも理論通りにならないかもしれませんが、『シン・ウルトラマン』のように、経営者と労働者が両方得をする世界がある可能性が、マルクス主義者の予想に反してあるようです。
 ただ、その主導権が経営者やウルトラマンにあるとすれば、善意での強制、パターナリズムになるかもしれませんが。

『鋼の錬金術師』シリーズと「ゼロサム」


 『鋼の錬金術師』シリーズは、原作も2003年のアニメ版も、物理法則に基づく「ゼロサム」の考えがあります。
 マルクスの『資本論』にも通じる「等価交換」です。
 『鋼の錬金術師』の錬金術は、ものを変化させるときに、質量や元素を変化させられない「等価交換」が重視されます。これを主人公のエドワードは人間同士の関係にも適用して、「見返りがなければ困っている人も助けない」と主張します。本来「錬金術師よ、大衆のためにあれ」という劇中の一般的な概念に反して、軍属の国家錬金術師になり、さらに民間人を見返りなしでは助けないエドは、一見冷たく感じます。
 しかし、2003年のアニメ版では、師匠のイズミの師匠のダンテが「努力したら報われる」という前向きな意味での「等価交換」を主張して、それにエドが同意したものの、ダンテにその主張も含めて裏切られています。
 ダンテはエドの父親のホーエンハイムと共に400年前から、人間の命=魂や体を奪い生き延び続け、人間や部下のホムンクルスを代価として利用していたのです。そしてダンテは、それにより魂が劣化して、体を交換しても直ぐに腐敗する症状に苦しむのをエドに「等価交換だ」と言われたものの、「等価交換など子供の理屈よ」と言い返しています。
 ダンテは「努力しても報われない人間はいるし、努力しなくても一生幸福に暮らす人間もいる。この世は不公平であり、それ故に美しい」と反論しました。また、イズミの死んだ子供や、ダンテが利用しようとした乳児も、「犠牲になっても何も得られない」と指摘されています。
 さらに、ダンテの味方をやめたホーエンハイムも、錬金術が質量保存の法則を守っていても、変化させるエネルギーとして別の世界の人間の魂を利用していることをエドに教えています。「搾取」と明言しています。原作では地殻エネルギーでしたが。
 ホーエンハイムは「私は等価交換が真実でなくてほっとしている。親が子供を助けるのに代価も報酬もない」と主張しました。
 エドは「それでも俺は、頑張ったら報われる世界であってほしい。それが子供なら、俺は子供のままで良い」と主張しています。
 つまり、徹底した「ゼロサム」だとみられた『鋼の錬金術師』2003年版では、「努力が報われない」、「奪われる側からみれば等価交換が成立しない」、「親は子供を無条件に助ける」などの反論がされています。
 ダンテは悪役らしく、「誰かの得に対して、何も受け取らない人がいる」というような、「マイナスサム」の発想かもしれません。
 また、私は現代日本の「自己責任」論について、「本当に自己責任なら相続を禁止すれば良いではないか、相続税100パーセントにすれば良いではないか」という飯田泰之さんの主張を踏まえて、「自己責任」論は「家族の一体感」に支えられているとみなしています。



2023年5月11日閲覧


 ホーエンハイムの「家族を大事にする」という主張も、「ゼロサム」を踏まえて、経済に関わるかもしれません。

原作の「プラスサム」


 しかし、2003年版の終了のあとも進んでいた原作では、錬金術に詳しくない軍人のオリヴィエが、「貴様ら錬金術師は1のものから1しか得られないというが、そんな法則、ぶち破ってしまえば良い」とエドに主張しています。なお、その前に原作でエドは、弟を誘拐したグリードに「悪党と等価交換する気はない」と言ったこともあります。
 こちらは、むしろ「1の代価でそれを超える成果を生む」プラスサムの発想で、井上さんが『逆資本論』で主張する「本来の商売」、「両方得をする」というのも繋がるかもしれません。
 ちなみに、井上さんは最初の経済マンガ『キミのお金はどこに消えるのか』の冒頭で、円安で減った自分のお金が「そのお金、誰が取りましたか」と奥さんに問われて、「そもそもお金の価値とは相対的なもので…」と複雑な論理を述べており、価値が相対的だからこそ等価交換が成り立たず、両方得をすることもあると主張したかったのかもしれません。

ケインズや『鋼の錬金術師』とエントロピー


 ただし、物理法則で、「等価交換」、エネルギーや質量の保存の法則は熱力学第一法則であり、第二法則である、接触する物体のエネルギーが移動すると両者のエントロピーという値の合計が必ず増大するエントロピー増大則には、『鋼の錬金術師』シリーズでは触れられていません。
 これは、「時間と共に必ずある値が増大して戻せない」という意味で、「マイナスサム」かもしれませんし、環境問題で心配されることでもあります。
 『キミのお金はどこに消えるのか』や『逆資本論』シリーズで重視される、国による無駄な公共事業で不景気を解決するケインズの理論では、「公共事業は穴を掘って埋めるだけでも良い」という趣旨の主張がありますが、『君は、エントロピーを見たか?』ではこの経済理論が「エントロピーを不可逆的に増大させる」と批判されています。
 大雑把に言いますと、穴を掘って土を混ぜるなどの作業で増大したエントロピーは、基本的に戻らないためです。
 物体を修復するときにエントロピーをどこに捨てているか分からない『鋼の錬金術師』シリーズは、熱力学第一法則である「等価交換」には厳しくても、第二法則の「不可逆的に変化するもの」には甘いところがあり、ケインズの経済学もそうかもしれません。
 エントロピーと環境問題と経済学の関係は気になります。

環境問題と保険と『日本沈没 希望のひと』


 また、『逆資本論』では、「地球温暖化を否定する人間もいるし、確率でしか環境問題は語れない」ということについて、「だからといって何もしないのは、確率が10パーセント以下の事故や災害に備えないようなもので、今は1つしかない地球のために保険に入る考え方が必要だ」とあります。
 この主張は、環境問題を扱う日曜劇場『日本沈没 希望のひと』にも通じることがあります。
 原作と異なり、主人公の官僚や政治家の進めた、温暖化対策の地下物質のくみ上げ、つまり善意の環境政策、及び温暖化が関東や日本の沈没を引き起こす物語です。
 このとき、くみ上げの安全性を主張していた学者が、途中で関東沈没の可能性に気付いたものの、自分の計算では「沈没の可能性は1割」であり、「その1割のために混乱を招いて良いのか?」と主張して、隠すのを正当化しました。
 『逆資本論』を読んだあとから振り返りますと、まさしく『希望のひと』のこの学者には、「重大な災害が、人災にせよ天災にせよ、確率が低いとしても被害の大きいならば対策をする」という「保険」の考えが欠けていたと分かります。


日曜劇場と保険

 というより、日曜劇場では、確率の低い展開も多いためか、「保険」の考えが欠けている印象があります。
 たとえば『陸王』で、靴の生産すら難しいほど追い詰められた中小企業の「こはぜ屋」と、別に追い詰められている陸上選手が協力し合うかの展開が重要ですが、陸上選手は、「俺が持ち直すかで態度を変えて来た連中がいました。今こはぜ屋さんを助けなかったら、俺も俺を見捨てた連中と同じになる」と主張していました。
 しかし、そのような主張では、「困っている人間こそ同じ痛みが分かるのだから他の困っている人間を助けろ」という「共助」の正当化になります。「同情しろ、助けろというならあなたがどうにかしろ」というような「自己責任」論にもなります。ブリューゲルの絵に、聖書を元にしたらしい「盲目の人間が盲目の人間を助けようとすれば共に失敗する」という主張があるらしいです。
 『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』では、「保険は自分が損をする方に賭ける逆ギャンブルだが、いつ誰が失敗するか分からないのだから自己責任というわけにいかない、保険を使わなければならないところがある」と主張しています。
 環境問題と少しずれましたが、保険の「確率で考えるべきで、結果的に誰かが損をしてでも、予想される大きな損を防ぐ必要がある」考えと、「今困っていないが、いつ困るか分からない誰かの払った保険料が、結果として困ることになった人間を助ける」、「逆ギャンブル」の姿勢が、『陸王』に欠けており、『日本沈没 希望のひと』の隠した学者にも欠けています。
 結果として間違っていても、それまでの順当な予想通りに行ったことに価値があるという考えが、日曜劇場では確率の低い逆転などで否定されがちになるかもしれません。
 それを、逆に「1割なら関東沈没の対策をするより隠した方が良い」という主張にしたのが『日本沈没 希望のひと』かもしれません。

まとめ

 『逆資本論』について、環境、保険、エントロピー、ゼロサム、資本主義などの知識を踏まえておおまかな感想を述べました。環境問題は危機感を持ち、早目に意見を述べるべきだと考えたので、ここにまとめます。

参考にした物語

漫画

井上純一,2023,『逆資本論』,星海社
井上純一/著,飯田泰之/監修,2018,『キミのお金はどこに消えるのか』,KADOKAWA
井上純一/著,アル・シャード/企画協力,2019,『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』,KADOKAWA
井上純一(著),アル・シャード(監修),2021,『がんばってるのになぜ僕らは豊かになれないのか』,KADOKAWA
荒川弘(作),2002-2010(発行),『鋼の錬金術師』,スクウェア・エニックス(出版社)

テレビアニメ

水島精二(監督),會川昇ほか(脚本),2003-2004,『鋼の錬金術師』,MBS・TBS系列(放映局)

特撮映画

樋口真嗣(監督),庵野秀明(脚本),2022,『シン・ウルトラマン』,東宝

テレビドラマ

伊與田英徳ほか(プロデューサー),八津弘幸(脚本),池井戸潤(原作),2017,『陸王』,TBS系列(放映局)
小松左京(原作),橋本裕志(脚本),東仲恵吾(プロデュース),平野俊一ほか(演出),2021,『日本沈没-希望のひと-』,TBS系列

小説

小松左京,2006,『日本沈没』,小学館文庫

参考文献

斎藤幸平,2020,『人新世の「資本論」』,集英社新書
佐藤優,2014,『いま生きる「資本論」』,新潮社
木村貴,2022,『反資本主義が日本を滅ぼす』,コスミック出版
室田武,1983,『君は、エントロピーを見たか?』,創拓社
大澤真幸,島田雅彦,中島岳志,ヤマザキマリ,2020,『別冊NHK100分de名著 ナショナリズム』,NHK出版

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