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なぜ空間コンピューティング企業が対話なのか?——対話イベント「NEW REALITIES:新たな現実」メンバー取材

 空間コンピューティングが社会実装された未来の生活について、業界知識の有無を問わず、越領域かつオープンに語り合う対話イベント「NEW REALITIES:新たな現実」が2023年5月20日に開催されました。本イベントは2019年に株式会社MESON(メザン)が発足させたXRコミュニティ「ARISE(アライズ)」4回目のイベントとして開催されました。僧侶、弁護士、画家、能楽師、起業家といった、領域横断にさまざまなバックグラウンドを持ったゲスト登壇者を迎え、参加者約100名が対話を繰り広げた1日となりました。イベント当日の様子をまとめたレポート記事はこちらです

 ゲスト登壇者が一方的に参加者に向けて話をする一般的なパネルディスカッション形式とは違い、登壇者と参加者が一体となって対話する実験的なイベントとなりました。未来について考える「対話」を、1つのクリエイティブであると捉えた本イベントは、株式会社博報堂が設⽴した、未来創造の技術としてのクリエイティビティを研究・開発し、社会実験していく研究機関「UNIVERSITY of CREATIVITY(ユニバーシティ・オブ・クリエイティビティ)」(以下、UoC)企画協力のもと開催されました。企画会議が始まったのは2023年の年明け。開催まで約5か月に亘り、試行錯誤を繰り返しながらさまざまな仕立てを一緒に模索してきました。

 本稿前半ではイベントを主催したMESONの視点から開催背景を、CEOの小林佑樹、そしてイベントプロデューサーを務めた福家隆への取材を通じてお伝えします。なぜ対話なのか、その先で実現しようとした目的はどんなことだったのかなどをご紹介します。

 後半では、イベント企画協力いただいたUoCの視点から語られる背景を、UoCプロデューサーの木下敦雄さんとフィールドワークディレクターの原谷健太さんへの取材内容を通じて紹介します。


「空間コンピューティング」にさわってもらうことから

写真中央:小林佑樹

—— 主催企業のMESONはどんな会社で、どういった目的で対話イベント「NEW REALITIES:新たな現実」を開催したのでしょうか。

 小林佑樹(以下、小林):MESONは空間コンピューティング企業です。AR/VR領域に軸を置いて、パートナー企業と一緒にプロダクト開発を行っています。わたしたちのパーパスとして、人々のこれまでのモノの見方を変え、拡げることを指す「まなざしの拡張」を掲げています。空間コンピューティングについて全く知らなかったり、関係値のなかった人が、自分事としてこの領域の可能性を捉えてくれたり、未来の可能性を感じてくれるような、そんなまなざしを拡げられるきっかけをつくるのが「NEW REALITIES:新たな現実」の目的でした。空間コンピューティングが業界に閉じるのではなく、技術を知らない人たちにもその価値が伝わっていく場をイベントでは体現できたと思っています。

—— 本イベントを開催した「ARISE」はどういったコミュニティなのでしょうか。

 小林:大きく2つの目的を持ったXRコミュニティとして「ARISE」は始まっています。1つは日本から世界へ挑戦できる場所をつくることです。日本で作られるコンテンツは、技術的にも実は先進的なことが多いと思っています。なかでもXRに携わる人たちは、熱量高く遊び、実験することが好きな人たちが多い印象です。役に立つかわからないけど、自分たちが面白いからとにかくなにかをつくるという志向も高くて、業界全体として見ると、とても秀でたアウトプットを出す人たちが多くいると感じます。ただ、日本国内にどうしても閉じてしまうことが多いため、ARISEを通じて日本のXRクリエイターが国外に情報や制作物の発信ができる架け橋になれたらと思っています。そしてもう1つのARISEの目的は、XRの領域に閉じず、いろいろな領域・業種業態の人たちと垣根を超えてコラボレーションできる場所をつくることです。

—— 今回開催されたARISEの第4弾イベント「NEW REALITIES:新たな現実」は、2つ目の目的に適った形ですね。具体的にはどのようにイベントを設計していったのでしょうか。

写真中央:福家隆

 福家隆(以下、福家):まず、技術者向けの閉じたイベントにしたくなく、広く未来を考えるための場所としてイベント設計を始めました。そこで業界のトレンド情報をキャッチアップする一般的なビジネスイベントの形式をなくし、未来について考え、問う行為そのものをイベントコンテンツとすることに決めました。こうして生まれたコンセプトが「対話」でした。

—— なぜ「対話」だったのでしょうか。

 福家:対話に参加条件はありません。バックグラウンド(経験)やスキル(技術)、ナレッジ(知識)を問わず、未来を考えようとする意思さえあれば、だれもが最も手軽に参加できるアウトプット手法です。この点が、ARISEの持つ「いろいろな領域、業種業態の人たちと垣根を超えてコラボレーションできる場所をつくる」というミッションを叶える手段として最適だと考え、対話イベントにすることを決めました。その上で、イベントタイトルである「NEW REALITIES:新たな現実」を、対話というフラットな手法を用いながら一緒に考えるワンデイイベントの仕立てにすることを決めました。この大枠を決めてから、だれもがクリエイティブアウトプットを生み出せるワークショップの設計などをメンバー全員と一緒に発明していきました。

—— 「NEW REALITIES:新たな現実」という言葉はどういった背景から生まれたのでしょうか。

 福家:多くのイベントで見かけるような、「未来」をストレートに表現するのではなく、あくまでも生活者の目線に立った言葉を選びたかったので、「現実」という日常に寄り添った言葉を選びました。また、英語表記では「NEW REALITIES」とあえて複数形にしていて、一人ひとりが考える「新たな現実」はどれも正解であって、どの未来シナリオにも可能性があることを伝えるようにしました。Bold(無骨)でNaked(裸)な状態のアイデアを率先して許容して、どんどん会場で発話してもらう期待をコピーに込めました。

—— イベントを成功させるために、どのような点を意識しましたか。

 小林:MESONが掲げる3つのバリューをイベントに組み込むようには意識しました。1つは「アソビをつくる」。これまで開催したARISEのイベントは、登壇者のセッションを一方的に聞く、いわゆる一般的な聴講型の形式でしたが、今回は実験的な要素をかなり強めたワークショップと対話を中心にしたワンデイイベントの仕立てになっています。ワークショップの内容も、事前に予想したアウトプットへ辿り着かせるのではなく、どんな内容に落ち着くのかわからない余白をつくる設計にしていて、ここに創造性を刺激する「アソビ」を生み出すようにしています。運営メンバー自身も、ChatGPTを使ったワークの発明や、対話カタリスト「LAMII(ラミー)」の開発を行ったりと、積極的にアソビを実践し、新たな価値を生み出してくれました。
 また、「知を通わせる」という2つ目のバリューも意識しています。ワークショップで考えた、空間コンピューティングが社会実装された未来に投げる問いを、カタリストに直接聞ける機会は、まさに参加者自身で生み出した「知」を対話を通じて共有し、そしてお互いに理解を深めていくプロセスです。
 参加者一人一人が考える「新たな現実」を発見することで、イベントの前と後とでモノの見方は間違いなく変わっていると思います。今まで知らなかった自分をこのイベントの中で発見し、実際にカタリストやAIとの対話を通じてより深く理解し、形にする一連のプロセスを通じて、わたしたちの3つ目のバリューである「心を揺さぶる」体験を提供できたのではないかと思っています。
 技術や知識が付くだけではなくて、考え方そのものが変化し、自分が知りたかったことに気付くプロセスに価値があると思っています。特にこれからの時代はChatGPTなどを使えば、知識は簡単に得られるようになります。そのため、蓄えた知識量で競うのではなく、自分自身のなかにある探究心を追求したり、カタチにする価値が問われる時代へと移行していくと考えています。こうした時代の移り変わりの観点も、 「NEW REALITIES:新たな現実」を主催するに至った大きな理由です。知識をただ蓄えるだけの脳を肥満化させることではなく、知を通わせて心を満たしていく体験を提供した点は、他のイベントとも大きく違う点だったのではないかと感じています。

MESONが考える「クリエイティブ」

—— イベント全体を通じて「クリエイティブ」という言葉も強く意識されていますが、MESONがイベントを通じて生み出したかった「クリエイティブ」とはどんなものだったのでしょうか。

 小林:生成AIを使えば瞬時に作品を生み出せるようになったように、いわゆる汎用的な正解がいくらでも生み出せる時代になったと思います。そのなかでもクリエイターたる意味をどう発揮すれば良いのかが問われています。その答えの1つとして、「意志」を持てるかどうかが重要だと考えています。これだけ正解が世の中に溢れているなか、そこに変化をもたらすのがクリエイティブの役割なのかと思っています。たとえば「世の中的にはこれが正解だと思われているが、そうではなくて自分はこう思う」と言ったオリジナルの切り口を持つことです。
 機械から見たとき、それらはヒューマンエラーと判断されることであっても、ヒューマンエラーをあえて起こすことによって違う世界が見えることがあります。この変化を起こす「意志」こそが「まなざしの拡張」を生み出すと考えています。変化の意志こそがクリエイティブであり、それを起こす人たち全員をクリエイターと呼んでいます。「NEW REALITIES:新たな現実」では、自由な発想と対話によって、そんなクリエイティブとしての「意志」を、空間コンピューティングの未来を描くことを題材に、参加者全員に持ってもらうことを目指しました。

—— これからARISEを通じてMESONが生み出したい価値とはどんなものでしょうか。

 小林:ARISEをクリエイティブが生み出される「実験の場」だとすると、MESONは実験を通じて培ったクリエイティブの意志を「実践する場」になりたいと思っています。空間コンピューティングのサービス作りに始まり、生成AIを使った全く新しい体験の創出などを行える場所にしたいと考えています。

UNIVERSITY of CREATIVITYが考える「クリエイティブ」

写真中央:木下敦雄さん

 イベント企画当初からUoCと会議を何度も重ね、徹底的に対話しやすい場作りを追求しました。ここからはUoCプロデューサーの木下敦雄さん、同じくUoCフィールドディレクターの原谷健太さんを交えた対談録を通じ、なぜ今回のARISEがUoCで開催され、MESONとUoC両社のシンパシーがどこにあったのかを紐解きます。

—— 最初にUNIVERSITY of CREATIVITYの紹介をお願いします。

 木下敦雄さん(以下、木下):わたしたちUoCは「We are All born Creative」を理念にしている、株式会社博報堂が設⽴した、未来創造の技術としてのクリエイティビティを研究・開発し、社会実験していく研究機関です。創造性とは人間だれしも持っているものであって、いわゆる従来のクリエイティブ職だけのものではない、という思想からスタートしています。いろいろな働き方、遊び方をしている人がいて、人それぞれ創造するモノがそこにあります。こうしただれしもにとっての創造性を大事にしていこう、という考えがUoCのフィロソフィーです。
 たとえば社会問題などに向き合っていく際、1つの専門性でなにかを解決できる時代ではないと考えています。それぞれの専門性がごちゃ混ぜになって、領域を超えて問題に向かっていくことで新しい価値や課題解決を生み出せると思っています。そんな越領域な場所作りをUoCでは目指していますね。わたしたちは「創造性の港」と呼んでいるのですが、越領域にいろいろな人がここに来て、いろいろ話し合って、実際に具体的な研究が生まれて、社会にどんどん出ていく、そんな場所になれたらと思っています。

写真中央:原谷健太さん

—— 弊社MESON小林の口からは「クリエイティブは意志である」と語られましたが、改めてクリエイティブを説明すると、どのように語られるのでしょうか。

 原谷健太さん(以下、原谷):クリエイティブとはなにかというと、作りたいけれど作れない人が想像している状態であると考えています。たとえばラーメンを食べたことのない人は、現実的にどんなラーメンの味が作れるのかを知っている人より、世界で一番美味しいラーメンを想像できると思っています。ここでのソウゾウは想像 = イマジネーションですね。そのため、作れない人が作りたいものを想像している状態が、一番クリエイティブ(創造的)なのかな、と。

 木下:いま想像についての話が出ましたが、たしかに「なにかをつくること = クラフト」だけがあっても、世の中にものだけが溢れるみたいな現象はどうしても起きてしまうと考えています。だからこそ想像力を働かせることも、クリエイティブなのですかね。とはいえ、実際に作り込んでいく行為も大事になってくるのはもちろんそうなんです。そういう意味では想像からクラフトまでの一貫性を大切にしたいですね。

—— この想像力を沸き立たせ、酌み交わす手段として「対話の場」を重んじられている感じですね。

 木下:そうですね、UoCでは次の三段構造を大切にしています —— 対話をするフェーズ「Mandala」、企画と研究をするフェーズ「Ferment」、社会実装をするフェーズ「Play」。最初の足がかりである「Mandala」では越領域に対話することを大事にしています。
 今回のイベント「NEW REALITIES:新たな現実」でもそうでしたが、実際にはMandalaで対話をしても、まだまだ話し足りなかったり、真意を掘り下げたい欲が残ったりすると思っています。こうした次に繋がるモチベーションこそが、対話のフェーズから研究のフェーズへと押し上げるきっかけだと思っています。対話をしている状態から、もう1段階引き上げて研究するところに引っ張っていく所はすごくやっていきたいところです。

上座も下座もない、対話というクリエイティブを生み出す「Mandala」

—— 今回のイベントの会場にもなった、ここ「Mandala」がUoCの特徴の1つだと思うのですが、Mandalaの設計思想や狙いなどを教えていただけませんか。

 木下:見てわかる通り、直線的な要素をなくし、車座になって話すために楕円形を主体としたデザインになっています。また、Mandala会場に上がるときは靴を脱いで裸足になる必要があるのですが、このプロセスには、身分や社会的な記号みたいなものを一旦脱ぎ去り、個に戻るという意味が込められています。自分の専門性や、個性をMandalaの中で発露するためには大事なプロセスです。それと、上座、下座が存在しない場所であるという点も特徴ですね。

 原谷:ここにはパーツがないんです。テーブルもないし、椅子もない。たとえばテーブルがあると紙とペンを取りたくなり、なにかを書きたくなってしまう。逆にそれがなくなると考えることに集中できたりします。一方で、集中するための緊張感が続く状態もあまりよくなくて、適度にリラックスできることも大事です。リラックスしていてもふざけた態度だと思われないことが結構大事で、Mandalaにはそれがあります。会議室ではある程度畏っている格好しているべきかもしれませんが、Mandalaでは逆にダサい。そういう意味でも社会的な立場とかを脱ぎ捨てられる対話空間がMandalaなのかな、と。

—— ありがとうございます。MESONが語った考えと、UoCが持つクリエイティブ、対話、そしてMandalaに対する考えが、対話イベント「NEW REALITIES:新たな現実」の企画・開催背景として1つになっていることがよくわかりました!UoC対談の後半は、別記事にて紹介します。

ダイジェストムービー

執筆・編集:福家 隆
写真:二上大志郎、柴山あかね(株式会社kusuguru)/原島篤史、楳村秀冬(MESON)
映像:田川紘輝、大木賢(nando株式会社)


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