MMGB - G.I.S.M.

2022年11月末に刊行した『現代メタルガイドブック』(自分が監修・執筆を担当)では、レビュー作品選定の時点でG.I.S.M.も挙がっていたのだが、諸般の事情から今回は掲載見送りということになった。しかし、同書の発刊と連動して開催されたDOMMUNEの実写版「現代メタルガイドブック」がご好評をいただき、2023年1月にBEAST ARTS公式から依頼される形でDOMMUNEのG.I.S.M.特集に登壇したことをふまえ、これはやはりレビューを書いておいた方がいいだろうという判断に至った。宇川直宏氏との打ち合わせの際に「是非!」と言っていただけたこともあり、今回こうして公開させていただくことになった次第である。

G.I.S.M.はハードコアやメタルの歴史において(日本に限らず世界全体を見ても)最も重要なバンドの一つであり、Lady Gagaが「Telephone ft. Beyoncé」のMVでG.I.S.M.ロゴジャケットを着用(しかもまさにその「Telephone」をかけるシーンで)、そして同MVを監督したJonas Åkerlundは初期Bathoryでドラムスを叩いていた、というエピソードが示すように、メジャーなポピュラー音楽とアンダーグラウンドシーンの双方に影響を与え、それらの接続を担ってしまうような存在感がある。それがいつまでも「最も有名な“知る人ぞ知るバンド”」的な立ち位置にいるのはどうなのだろうか。サブスク解禁も進んでいることだし、もっと広く知られるようになってもいいだろう。この素晴らしいバンドの音楽遺産が後の世代にも受け継がれていってほしいものである。


G.I.S.M. 『Detestation』 1983

日本(Dogma Records / Relapse)

 1stアルバム。名実ともに、1980年代以降の“エクストリームな音楽”を代表する究極の名盤である。日本のハードコアパンク史上最重要バンドという立ち位置からその領域で語られることが多いが、煌びやかなリードギターを前面に出した楽曲は最先鋭のメタルとしても聴けるし、ノイズ〜インダストリアル的な摩擦感覚を多重録音の歪み声に落とし込む音響表現は世界的にも類を見ない。以上のような多彩な要素は、音楽的な共通点は多いもののジャンル/シーン間の水と油的な関係のために当時は交差し得ないものだった。それを極めて美しいバランスでまとめた本作の衝撃は絶大で、今に至るまで世界中の人々に薫陶を与え続けている。マグマのように渦巻く混沌と洗練されたキャッチーさを兼ね備える異形の音楽。2020年末に再発されるまで30年近くも入手困難だったのが信じられないほどの影響力を誇る逸品だ。

 G.I.S.M.(ギズム)の達成はかくのごとく凄まじいものだが、音源入手の難しさや破壊的なライヴパフォーマンス、「当時は街中で名前を出すことさえ憚られた」という強烈な存在感(バンド本体よりも信奉者による神格化)もあってか、音楽面での凄みに注目が集まる機会は意外と少なかったように思われる。しかし、USメタリックハードコアを代表するバンドのひとつIntegrityが「Document One」のカバーで「最も素晴らしい芸術兵器G.I.S.M.へ捧げる」「マスター サケヴィとランディ ウチダ」と言うように日本国外のミュージシャンも絶大な影響を受けており、「自分のボーカルスタイルの原型はG.I.S.M.の横山Sakeviだ」というLee Dorrian(ex. Cathedral, Napalm Death)は、自身がキュレーターを務めたRoadburn 2016の2日目にヘッドライナーとしてG.I.S.M.を招聘、2002年2月10日の「永久凍結」以来のステージを実現させている。DOMMUNEのG.I.S.M.特集に録画出演したManiac(ex. Mayhem)やJohn McEntire(Tortoise / ex. Bastro, Gastr Del Sol)についても言えることだが、ジャンルを問わない受容という点ではむしろ日本国外の方が進んでいるようにさえ見える。Relapse Recordsからの再発もそうした流れのもとにあるのではないか。これを機に広く語られるようになり、後の世代にも受け継がれていってほしいと思う。

 G.I.S.M.の音楽的な魅力は、横山Sakevi(ヴォイス)とランディ内田(ギター)の持ち味の配合によるところが大きいだろう。横山Sakeviは非常にテクニカルなボーカリストで、歪みのさじ加減を自在に操る多彩な音色表現にはDiamanda Galásあたりにも通じる広がりがあるのだが、技術があるのに「声をつくっている」感じが希薄で、そうした気取りのない叫びには何か根源的な畏れを喚起する奥行きがある。そこに初期パンク的な軽薄さが伴っているのがまた凄いところで、手に負えない危険さと不思議な親しみやすさを両立する佇まいは他に類を見ない。それを最大限に活かすのがランディ内田の作編曲で、Randy Rhoads(初期Ozzy Osbourneバンドの伝説的名ギタリスト)の特殊なフレージングを発展させた音遣いは、クラシック音楽や歌謡曲に通じる煌びやかなメロディと、Swansのような無調寄りジャンクにも通じる複雑なコード感を兼ね備えている。以上のような要素が完璧に統合された『Detestation』は、様々なヘヴィミュージックが変遷混淆し新たなスタイルを生み出していった80年代初頭における、そうしたもの全てにとっての結節点なのだと言えるし、その上で再現不可能な個性を保つオーパーツにもなっている。世界的に評価されている(Meshuggahのようなバンドも影響を受けている)のは何よりもまず作品が凄いから。そうした力をよく示す、文字通りの歴史的名盤だ。

G.I.S.M. 『Determination』 2015

日本(Beast Arts)

2015年に突如リリースされた「ベスト盤」。1stアルバム『Detestation』全8曲に加え、カセットブック『THE PUNX』(1985年)収録3曲、名コンピレーション『GREAT PUNK HITS』(1983年)収録2曲、こちらも名コンピ『ハードコア不法集会』(1984年)収録2曲の計15曲が、曲順を組み替えたかたちでひと所にまとめられている。コンピ収録曲もいずれ劣らぬ名曲揃いで、1stアルバム収録曲に比べ正統派ヘヴィメタル成分とインダストリアル〜ノイズ成分をともに増量した仕上がりは、1987年の2ndアルバムを予見させながらも無二の境地を示している。特に、テープコラージュ的な場面の多い「Nervous Corps」(1984年)では、後のBathoryや初期Mayhemに通じるこもった音響(近年の地下メタル界隈ではcavernousという形容が定着している類の音作り)が完全に先取りされているし、その奥のほうで抽象的に鳴り響くボーカルを聴いていると、横山Sakeviの“元祖デス・ヴォイス”とは、つまるところ“ノイズ・ヴォイス”だったのかもしれないとも思える。エクストリームなメタルおよびハードコアはインダストリアル〜ノイズから生まれた、ということをよく示す重要な音源集である。

G.I.S.M. 『Military Affairs Neurotic』 1987

日本(Beast Arts / Relapse)

2ndアルバム(通称『M.A.N.』)。1987年にLPとカセットでリリースされたのち廃盤となり、2022年末の再発まで入手困難な状況が続いていた伝説の奇盤である。1stアルバムでは横山Sakeviとランディ内田の持ち味が完全に融合し、既存の何にも似ていない異形の構造体が生まれていたが、本作では双方の音楽志向が上澄みと沈殿のように完全に分離。80年代ジャーマンメタル(Scorpions〜Acceptあたり)を日本の歌謡メタルに寄せたような正統派ヘヴィメタル曲と、メタルやハードコアの要素が一切ない純ノイズ〜アンビエント的な楽曲とが、特に何の仕掛けもなくそのまま交互に並べられている。しかしその繋がりが非常に滑らかなのが面白いところで、曲調が対照的なのに通底する時間感覚は共通しているということなのか、全体の流れまとまりは極めて良い。Man Is The Bastardのような90年代以降の実験的パワーヴァイオレンスを先取りしつつ固有の次元に到達している…とも言えるが、こうした構成でしかも成功している作品は稀で、曲単位では比較対照を挙げるのが難しくないのにアルバム全体としては似たものが見当たらない。メタル・インダストリアル・ハードコアのキメラ(融け合わず原型を残したまま接続されている)ともサウナ(温→冷浴というよりも冷→温浴か)という趣もある不思議な作品。70年代ハードロックが基盤にあるというHiroshima氏(2022年没)のドラムスも絶妙な柔らかさを加えている。独特なチルアウト感覚が癖になる逸品だ。

G.I.S.M. 『SoniCRIME TheRapy』 2002

日本(Beast Arts)

ランディ内田の逝去(2001年)の翌年に発表された3rdアルバム。収録曲は90年代の時点で完成していたものが多いようで、冒頭の即興曲(仄暗いアシッドジャズを生演奏に落とし込んだ感じ)も90年代中盤には録音されていたらしい。音楽的にはG.I.S.M.流エクストリームメタルの集大成という趣で、グラインドコアやデスメタルを通過した極上のリフの嵐が、このバンドにしか成し得ないかたちで磨き込まれている。ランディ内田、アイアンフィスト辰島(DisgunderやSSORCにも在籍)、Kiichi(ex. サブラベルズ)の演奏の良さはもちろんのこと、このアルバムは横山Sakeviのヴォイスが凄すぎる。Lee DorrianとKing Diamondの二重唱をさらに数段強化したような歪み声オーケストレーションは、アイデアの多さ、インダストリアル〜ノイズ的なロングスパンの時間感覚、そして『Detestation』の項でふれた技術と衒いのなさの両立も鑑みれば、音楽史全体を見渡しても比類なき高みにあると言えるのではないだろうか。精神病院をテーマにした世界観表現も、スピリチュアルという点においてハードコア一般からは外れるが、ファンタジーではないという点において多くのメタルとも異なる、という無二の領域を掘り下げているように思う。起伏の多いアルバム構成も、渦を巻く激情を体現しているようで好ましい。再発が望まれる傑作だ。


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