見出し画像

4月のある週のこと

パッチワークをしよう。

お気に入りならいくらでもある。
そう思っていたのに。
たった20枚の正方形を集めるのに苦戦した。
私の好きなもの。たくさんあると思ったのに、数えてみればこれぽっちなんだ。
なんて呆気ない。

お気に入りを肌身離さず持ち歩く癖がある。
家の中でも、部屋から部屋へ、2階から1階へ。寝る時は枕元に。散歩の時にはポシェットの中に。

作り始めた日は鬱の真っ只中で、ひと通り並べたはいいが、かわいいとか思う気力が無かった。かわいいはずだという薄い感覚で何度も布を並べ替えた。
その夜は机の上にそのままにして、薬を半錠飲んで寝た。

次の日から、縫い合わせ。定規で線を引き、中表にしてひと針ずつ。縫い目の幅を揃えだしたらキリがないので、線の上だけずれないように。
ひとマス気に食わない。布を変えよう。
正方形が長方形になる。
全部繋げても、まだかわいいと思えない。好きなものを好きだと思えない感覚。大切だったものがどうでも良くなってしまったんだ。
その夜は繋げた一枚布を、枕元に置いて寝た。薬は一錠。

次の日。周りにつけるレースを散々悩んで薄らピンク色のお気に入りのものに決めた。
端と端の山の数、隅っこの位置取り、左右対称でないと気が済まない。尚更、お気に入りのレースを奮発しているのだから、失敗できない。
自分に自分が圧をかける。ぜんぶ大したことでは無いし、どうせ上手くいかないのに。
しつけ縫いして、本縫い。
大好きなピンクのレースがついた。
かわいいかもしれない。
散歩のお供のぬいぐるみをくるんでみたり、家族に見せびらかしたりした。
夜は枕元に置いて寝た。薬は以下同文。

また次の日。ポシェットにするべく、四苦八苦。
裏地ってどうやって付けるんだ。肩紐は。
場当たり的に、トライアンドエラー。布もいくらか駄目にしてしまった。いつもの私では無い。
効率的でないのに初めから効率ばかり考える。出来ないのに失敗が嫌い。結局頭の中で終わる。
今はどうでもいい。失敗したらほどいて縫い直し、適当にごまかせばいいんだよ。
好きなものだけ集めてるんだから、全部好きになれるはず。頭の中の完成系を目指して、何時間も夢中で手を動かし続けた。

内側に自分のタグを縫いつける。目立たないように、目立ちたい。テプラで作った、恐れ多いほどに単純なもの。薄ピンクのリボンに金色の文字がかっこいい、私の誇り。

出来た。
かわいい。
びっくりするほどかわいくてお気に入り。ふわふわの布団みたいに柔らかくて、かわいい。写真もたくさん撮った。全世界に見せびらかしたいが、まだもったいない。見せたくない。そう思うほどに、自分だけの大切なかわいいが完成した。

胸が熱くなる。私のかわいい気持ちが戻ってきていた。私だけの大切な気持ち。無くなってなかった。

スマホポシェットには大きすぎる。ぬいぐるみも目薬も入るだろう。
これを持って、散歩に行こう。花見は、もう遅いか。回転寿司にもコンビニにも行こう。ゴールデンウィークには美術館にも行こう。

取り戻した。
かわいいかわいい私だけの大切な気持ちを持って、生きていく。
何もないけど、なんでもある気がする。
かわいいを集めて、私はずっとやっていける。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?