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「noteを書く」ことに救われている

少し疲れた。今日くらいサボってもいいんじゃないかと思うことがある。

何かを始めるとき、いつも三日坊主だった私が、まだ少ない日数とはいえど13日目。ありえん。本当にこんなに続くと思ってなかった。
毎日毎日「書いている」だけで、大したことを発信しているわけではないけれど、単純な私はどこか少し自信になったような気がします。

それでも、そんな反面「だからこそ1日くらい」なんて気持ちが過ぎることがあります。
でも、冷静に考えたら分かる。
そんなことしたら次の日、きっと私は折れてしまう。
それくらい、あの初投稿の日は限界でした。

ちょうど昨日、トラウマ、ということについて少しだけ書きました。
色んなことが積み重なって積み重なって、最後のトドメがあって。それ自体は些細な、普段なら流せるなんてことない事で、グサって死んじゃう。

書くことは楽しいし好きだけれど、勿論それが物理的にしんどい時だってあります。どうしても忙しいとかどうしても体調悪いとかどうしても眠いとか。

それでも、何よりも最終的には「書く」ことをとってしまう。
今日実はバイト早退しました。生理痛しんどすぎて。疲れたまま仕事したのでめっちゃ眠くて、思わず浴槽で居眠りしました(危ないので絶対に真似しないでくださいね!)。

どっかに書きたくない、があっても、書きたい、に勝てないんです。
書かなきゃ、じゃなくて書きたい。どんな支離滅裂な内容でも、誰も興味ない事でも、こうして感情を公開する事で、何故か自分がリセットされるんです。

私が文章を書くのが好きだということは家族も知っていることなんですが、その話をするたびに「相変わらず変な子だ」みたいな、どこか馬鹿にされたような空気になる。私はそれが苦しくて、私がやっていることは恥ずかしいことなんだ、と思うようになりました。

一時的に、書くこともやめたこともありました。
それでも、やめられないんです。本当にただ、書くことが好き。

先日、そんな私の「書く」という趣味を、凄いことだ、と褒めてくれた人がいました。家族にもあまりいい反応をされたことがないし、一銭にもならないスキル。スキルと呼んでもいいのかな。
そんな、些細なものを、手を叩いて褒めてくれた人がいたんです。
めっちゃ嬉しー!嬉しかった!

お世辞かもしれないけれど、それでもすっごく嬉しい。
別に書く事は好きなだけで上手くもない。世の中、私よりもっと面白い話を書くことができる人も、もっと上手く文章を書ける人だっている。だからこそ私は、こんなもん大したことねえ!ってずっと思ってました。

それでも、書くことって、私が唯一何があっても続けられるもの。捨てられないもの。
それこそ就活なんかで資格みたいに分かりやすく証明できるものでもないですが、これが私だ!とは自信をもって言えます。何があっても譲れない芯みたいなもの。

短い期間ですが、この十数日でそんなことを思っていました。
これからも書いていくぞー!正直続かん続かん!と初めは思ってたのに、毎日めちゃくちゃ楽しくて書きたいこといっぱいあって全然生きがいです。

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