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Cats Rule the World Ⅱ(Red)

★previous episode


【The First Half (written by Marmalade)】

わたしの名前はフランボワーズ、猫の世界に生まれた。当然、猫語は母国語だ。他にも日本語、英語、フランス語、そうそうこびと語も操ることができる。まあ猫としては当然のことだ。ショートヘアでジンジャー(赤毛)の毛並み、瞳は緑、足先だけ真っ白なの。自己紹介はこんなところでいいかしら。

ひと月に一度のご褒美時間、それはお気に入りの本を片手に1人過ごすカフェの窓際、夏でも冬でも必ずクリームソーダをお供に。エメラルドグリーンのソーダはしゅわしゅわと金色の気泡を立てている。その上には真っ白なヴァニラアイスクリーム、真っ赤なさくらんぼがあらぬ方を向いて乗っている。そのさくらんぼを見つめながら、あの日の出来事を思い出していた。

わたし、すごく嫌な猫だった。
どうしてあんなこと言ったんだろう。

何度となく後悔することが猫にはあると知ったのは、自分が大人になったせいなのか、それはまるで、お気に入りの赤いセーターを着るたびに少しチクチクしてしまう、そんな些細な気持ちではあったけれど。



アイスクリームが溶けかかっている。滑り落ちたさくらんぼがソーダの中にゆっくりと沈んでいく。はっと我にかえって、せっせとアイスクリームを食べると、つきんっとこめかみに痛みを感じた。その瞬間、何が起こったんだろう。フランボワーズの世界が赤く染まっていった。



【The Second Half(written by Mero)】

わたしの目の前で、大きな赤いスカーフが揺れる。
「・・・・・・」
「相変わらず、余計な事考えてるのね」


振り返らずとも分かる。
こんなにも人を見下すような、鼻につく声を聞いたことがない。
憎き愚姉、フェイシア以外に。


「昔のこと思い出して、後悔に浸るのはもうやめたら?」
「何しにきたのよ」
「貴女、相変わらず姉に向かって敬意がないわね」
「今はクリームソーダの時間なの。邪魔しないでくれる?」
「久々に手伝ってほしいのよ、猫転生」
「・・・何言ってるの?」
「今回、5人集めないといけないのよ。私1人では手が回らなくて」
「知らないわよそんなの」
「私は今のところ目星をつけたのが2人いて」

姉上は構わず続ける。いつもこうだ。


「モデルの仕事で知り合った、カメラマンの見習いの子たちよ。若くて中々活きが良くてね。1人はすでに拘束済。絶賛調教中よ」
「何考えてるの・・・」
「これからもう1人にアプローチするんだけど、少し時間がかかりそうなのよ」
「ほんとに昔から勝手よね」
「1人でいいから、捕まえてきて」


1人か。
2人はまず無理だけど、1人ならブランクがあっても何とかなるか。
あとはとにかく報酬次第ね。

「・・・報酬は?」
「そうね。犬語の文献10冊でどうかしら」

犬語か。確かに話せたら便利だと思うけど、語学マニアとしては、正直そそらない。だって、犬語を話せる人間や猫なんて、きっと山ほどいるもの。

「鳥語にしてちょうだい」
「鳥語の文献は高いのよ」
「だったらこの話は終わり」
「分かったわよ。鳥語ね。知り合いに1人変わった鳥好きがいるから、その子にお願いしてみるわ」


気が付けば、グラスに半分残ったアイスクリームが、エメラルドグリーンのソーダに侵食していた。


「姉上、もういい加減にしたら?色んな人を巻き込んで、いつまでこんなこと続けるの?」
「猫になりたい人間は、この世に山のようにいる。私は、彼らの望みを叶えてあげてるの」
「出た。姉上は思い込みが激しすぎるのよ」
「そんなことないわ。彼らは、人間として生きることに嫌気がさしているのよ。黙々と毎日を過ごして、心から笑うこともなくて、やりたくもない単純労働をして、味気の無いご飯を食べて。そんな日々を繰り返している」
「・・・・・・」
「猫生に憧れてる人間が、この世界には沢山いるのよ。昼寝している野良猫を見かけては、『ああー猫になりたいなー』って呟いたり。猫のように、自由気ままに生きていきたいって思ってる」
「都合の良い所を切り取って見ている人間の言い分よ。猫の世界は猫の世界で、大変なことがごまんとあるのに」
「猫生の経験がないんだから仕方ないわ。誰しもその立場になってみないと、当事者の苦労は分からないものよ。彼らは初めての猫生を過ごしながら、人間という存在を客観的に見ることで、様々なことを学ぶのよ」
「・・・・・・」
「前にも言ったでしょ。私たちは魂の仲介屋として、そのお手伝いをしているの。立派なお役目を果たしているのよ」
「何が魂の仲介屋よ。ホント都合のいい解釈」
「あ、そうそう。今回はコータも協力してくれるわ」
「・・・え?」
「人間集めなら私たちだけで十分だけど、『転生作業』の専門的な知識や技術に関しては、コータの力が不可欠だと判断したの。貴女もブランクがあるからね」
「コータが・・・」
「確保した1名も、今コータが調教してくれてるわ。仕上がりが楽しみね」
「その調教って言い方やめなさいよ・・・」
「ま、とにかく明後日までに1人用意してね。私はこれからまだ行くところあるから。それじゃ」



姉上は、赤いスカーフをヒラヒラ振りながら去っていく。
本当に勝手な人だ。昔から。


でも、鳥語の文献10冊なら、やるしかないわね。


*****

健吾がいなくなってから3日過ぎた。未だに全く連絡がつかない。さすがに心配になり、健吾の家族に一報を入れた。自分が疑われる可能性もあるのでは・・・と少し心配したが、杞憂に終わってホッとした。明日にでも警察に捜索願を出そうと思うとのことだった。


電話も出ない。メールにも返信がない。ため息とともに、何度目か分からない安否確認のLINEを送る。

「健吾、生きてるなら返事くれ。勝手に申し訳ないけど、お前の家族に連絡した。明日にでも警察に捜索願を出すって。みんな心配してる。とにかく連絡くれ」


!!

打ち込んで僅か1分。それまで5連続で未読だったLINEに一気に既読が付き、「ごめん哲也」の返事が飛んできた。

「けんご!!」
「ごめん」
「生きててよかった」
「ごめん」
「今電話していいか?」
「無理」
「どこにいる?」
「言えない」
「は?なんで?」
「言うなと」
「誘拐か何かされてんの?」
「違う俺意思」
「フェイシアさんとこか」
「言えない」
「脅されてるのか」
「違う元気大丈夫」
「いいから戻ってこい」
「無理」
「家族が心配してんぞ」
「ごめん連絡する」
「フェイシアさんと何かあったんだろ」
「言えない約束」
「何だよ約束って」
「大丈夫」
「どこにいるかだけ教えろ」
「無理」
「みんな心配してんだぞ」
「ごめん」
「どうして何も教えてくれないんだよ」
「誰にも言うな」
「わかった約束する」
「猫になる」
「は?」
「これ以上むり」
「どういうことだ?猫になる?」
「誰にも言うな」
「その前に意味がわからん」
「俺も」
「マジでどうしたんだよ。フェイシアさんいるんだろそこに」
「いない」
「今一人じゃないよな?」
「コータさん男の人」
「コータ?誰?」
「教育係」
「???」
「俺も??」
「通報する。場所だけ言え」
「違う頼む警察言うな騒ぎするな」
「新興宗教的なやつか」
「違う」
「一旦戻れ。そこ出られんだろ」
「出ようと思えば」
「戻ってこい」
「審判の日が」
「さっきから何言ってんだ」
「悪い人じゃない約束守る自分の為」
「わからん」
「警察言うな俺家族連絡携帯失す口裏」
「いいから場所言え」
「話せる時に」
「今電話で話させろ」
「無理また」
「掛けるぞ。出ろよ」

すぐに通話ボタンを押したが、健吾は出なかった。



どうなってんだよ。
健吾、お前、フェイシアさんと何があったんだよ。



*****


「もしもしパパ?」
「いきなり電話してごめんな。今大丈夫か」
「うん。どうしたの?」
「金曜の放課後って空いてるか?」
「金曜?うん。なにかあるの?」
「ちょっとな。久々に光と2人で話したくて」
「え~何か怖いなw」
「最近はゆっくり話す時間も取れなかっただろ。光この前まで大学の推薦入試で頑張ってたから」
「今も頑張ってるよ!」
「大変失礼しました笑」
「進路指導の先生に『大学入学してから、一般受験組と学力差が付いちゃうぞ』って毎日脅されてるもんw だから週3は放課後学校に残って、一般組の子たちと一緒に勉強してるよ」
「光は偉いな」
「あ、でもね。せっかく受験も終わったし、今まで勉強一色だったから、何か新しいことにも挑戦したくて、この前モデルの募集に応募したんだ」
「モデル?」
「うん。なんかね、フリーのカメラマンさんが、ポートフォリオのモデルを探してますって募集記事をたまたまネットで見かけて。面白そうだなって思って応募してみたんだよね」
「光は行動的だな」
「でも落とされちゃったw 今回撮影する写真は、もう少し年齢高めの方を想定してたんで、すみませんって。私はまだ若すぎたみたいw」
「そうか。受験終わっても光は色々と充実してるんだな」
「まーパパもお店忙しかったし、確かにあんま話せてなかったよね」
「そうそう。これからのこととか、光と話したくて」
「わかった空けとく。今週の金曜ね・・・って、13日じゃん!」
「光の誕生日だな笑」
「リア誕じゃないけどねw パパなんか買ってくれる?」
「今日帰りに隣町のスーパーで、グリーンスムージー買っていくよ」
「やった~~!あれ超好きなんだ」
「うちのパートの子も好きみたいでな。ライバル店の商品だけど笑」
「パパの店にも置けばいいじゃんw」
「ウチの客層だとどうかなぁ・・・」
「あ、パパ。念のため。薫に同じの買ってきちゃダメだからね。薫、ほうれん草とかケールとかホント苦手だから」
「そうだったっけ??」
「薫が好きなのはオレンジスムージーだから。間違えたら超怒られるよw」
「ホントにお前たちは、見た目そっくりなのに中身はまるで違うよな笑」
「パパまでそういうこと言う!好きでそっくりに生まれたんじゃないんだからね!」
「ごめんごめん笑」

ーー業務連絡。業務連絡。佐々木マネージャー、4番レジまでヘルプ願います。

「あ、パパ呼び出し食らってる~w」
「今の罰を受けたな笑 行ってくる」
「あと1時間、頑張ってね。お土産楽しみにしてる」



・・・光、すまない。
でも、お前なら、きっと受け入れてくれるとパパは信じている。



さて、レジのヘルプか。割引セールのシール貼った後の時間帯は、ほぼ毎日だ。山崎の菓子パン狙いのあの綺麗なお姉さんをはじめ、客が殺到するからな。奈緒ちゃんのヘルプだけでは足らないよな。



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