「とるて 11歳 キジトラの女の子」で、その同人誌コミックは始まっていた。
 「それで、何匹ネコを飼ってるんですか」と恐る恐るわたしは作者、すなわち「とるて」の飼い主に聞いてみた。この書き出しは一匹じゃない、多頭飼いだなとぴんときたのだ。
 「それが……」と、もじもじした彼女は一呼吸おいて「10匹いて」。
 「じゅ、じゅっぴきぃ!?」とのけぞったあと、失礼にも声を上げて笑ったわたくし。ネコ飼いの友人は何十人も知っているとはいえ、10匹飼っている(いた)という話は初めてだ。
 彼女の職業はフリーの校正者。パソコンを開けない日はあってもゲラを見ない日はない。紙が仕事の媒体であり現場そのもの。そうなったら、10匹のだれかにゲラを引っかかれるくらいのことは当然あるだろう。
 「いえ、それがね」と切り出した彼女は、「ネコは『だめ!』がわかるんです」と言う。信じられない……。
 彼女は両肘を平行に伸ばし、両掌の手首を垂直に立てて『抑える』仕草をしながら、「『だめ!』と言って、手で拒否すると、もう来ない。子ネコはすぐ覚えて二度としない。ほかの子もこれまで『いい子』だった」と言う。
 朝はネコが体に乗ってきた重みで目が覚め、仕事中は「にゃ~ん(ブラシかけて)」「にゃんが~(おなかへった)」などネコに集中を妨げられ、ではなくて、強制休憩を入れてもらう。それがネコ飼いの毎日だが、「だめ!」が奏功して無傷のゲラを持続可能に生産しているという。
 多彩な趣味をもつ彼女は、Illustratorで手描きイラストを取り込んでステッカーにするだけでなく、オリジナル手帳や68ページの冊子すらこのソフトで完成させる。Illustratorをうまく手なずけたなぁと唸ってしまったが、ネコ10匹を手なずけるのもお茶の子さいさいなのだろう。
 さて、彼女は冒頭に挙げた「とるて」の「ツメ」を大きくあしらった表紙の同人誌も発行しているが、そのタイトルは「とるツメ!」という。
 そう、この同人誌はなんと、校正記号でいう「トルツメ(赤字の箇所を削除して前に詰めるという指示)」をタイトルにした校正スキル本なんです。細かいテクニックも載っていてお役立ち、しかも面白い。ネコマンガだけではなく、「きょうは わたしのうちに ねこさんが やってきました」という例文など、ネコ愛にあふれた創刊号は残念ながら売り切れで増刷の予定なしというが、「第弐號(著者は「第2号」をこう書く)」も出ている。
 ちなみに同じ著者、音引屋氏による同人誌『文章校正のしをり』は文章を書く人だれにでも読んでほしい実用書だ。同人誌フェアなどで見かけたら、ぜひ実物を手にとって見てみてほしい。「これが同人誌!?」と驚く仕上がりだ。

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