honestの第一義は「正直な」?
先日、友人の編集者(以下、K氏)と以下のようなやりとりをした。彼はここを読んでないと思うけど、自分用備忘としてここに残しておく。
最初に断っておくと、翻訳者や校正者にはものすごーく辞書に詳しい人が珍しくない。しかし、わたしは「まったく」そうではない。辞書マニアの方や、まして専門家が読んだら誤りがあるかもしれない。その場合はご指摘いただければと思う。
ということで始めよう。ジーニアス英和辞典の第6版(以下、G6)において、第5版(以下、G5)から変わった箇所がある。そのひとつがhonestの第一義である。
第5版までは「盗みをしない」は入っていなかった。それが第6版では第一義に入ってきた。これにK氏が「えっ!?」と言った。なぜ第一義に「盗みをしない」を入れる必要があるのかと。
なお、G6の第三義は次のようになっている。
K氏は、「この第三義の意味拡張として『盗みをしない』があるんじゃないの?」という。それがなぜ第一義に入っているのかが納得できないらしい。
他の英和辞典も見てみた。新英和中辞典の第二義は以下のようになっている。
ではWisdom英和辞典はどうか。こちらは第三義に次のようにある。
訳は異なるが、新英和とWisdomは使用例がまったく同じである。Wisdomは「名詞の前で」と使い方も述べてくれていて親切だ。
しかし、今見るべきところはそこではない。新英和でもWisdomでも、「盗みをしない」と直截的には書いていない。「正当に(正直に)働いて得た」というだけだ。
では、ランダムハウスはどうだろうと引いてみた。
第一義に「だまさない」とある。そして第四義が「正当な手段で得た」である。「だまさない」が初めて出てきた。「盗まない」はないが、それでもランダムハウスの面目躍如というところか。
ほかにリーダーズ、コンパスローズ、E-Gate、スーパーアンカーも引いてみたけれど、新英和やWisdomと同様。Vistaには「正当に」も載っていなかった。
次は英英辞典を見てみた。
まずはわたしがいつも最初に引くOxford Learnersから。第一義にはこうある。
「いつも真実を言い、決して人から盗んだり人を騙したりしない」。なんと「盗まない」が登場している。
別の英英辞典も見てみよう。LDOCE、つまりLongman Dictionaryだ。第一義は下のようになっている。
「(性格)つねに真実、事実を語り、人を騙したり人のものを盗んだりしない人」ということだ。やはり「騙さない、盗まない」だ。
では、Merriam-Websterはどうだろう。第一義のa、つまり最初には次のようにあった。
「詐欺をはたらいたり人を騙したりせずに、正当に、正直に」ということである。「盗みをしない」とはどこにも書いていないが、free from fraud or deceptionに「盗むこと」も含まれていると考えるべきかもしれない。
さて、この辺に答えがあるのだろうか。英英辞典ではhonestの第一義、つまり英米人の感覚で一番大事な語義が「人を騙さない」と並んで「盗まない」ということなのだ。
モーセの十戒に「盗むなかれ」がある。プロテスタントとカトリックでは順番が異なるが、ともかく旧約聖書の語だ。
こう考えると、「盗んではいけない」という倫理観が彼らの基盤にあり、honestはそれを指す語なのだと考えると納得できる。
ここでK氏が『英語多義ネットワーク辞典』を引いていた。
これも含めて考えると、honestの基本語義は「不道徳なことをしない」「不誠実ではない」となるのかもしれないとK氏は言う。
うーんなるほど。honestが英米人の倫理観を表す語だったと考えるとここまでの話も納得できる。英和辞典でなぜそれが最初に出てこない辞書が多いのかも推測できる。日本人の発想としては、「盗まない」は、「『正当に振る舞った結果』選ばない行動」ということになるのだ。
それをもちろん十二分にわかったうえで、Geniusは第6版で「盗みをしない」を第一義に入れてきた。これは、英米人の価値感覚に近くなるように調整したと考えてよいのだろうか。
この話、もっと詳しい方がいたらぜひ教えていただきたいが、いかがだろうか。