MeridianApril

実務9時〜18時+残業平均100時間/月+月一の海外出張。世界を舞台にする公務を心から…

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実務9時〜18時+残業平均100時間/月+月一の海外出張。世界を舞台にする公務を心から愛し、24時間を捧げてもいい気持ちで日々を生きております。ただ小説を読む時間はなく、読みたいので書くことにしました。読者はまず自分ですが、読んでくださったら嬉しいです。

マガジン

  • パリ24時間

    2023年4月のパリをウロウロする人たちの話です。皆今日も、虚構と現実、記憶と感覚、後悔と不安の間で生きる。

  • 「合理的思考」がAIの真似事になるまでに

    近代合理性はもともと知覚と感情の文法でした。

  • 空に預けた手紙 Thrown into the sky

    遠く、ここではない場所、ここにいない人たちに向けたメッセージ

  • やまと言葉を哲学しよう

    しばらく昔に書いて発表した論文集。権利者オーケー。

  • LIEUX

    場所についての秀逸な記事

最近の記事

  • 固定された記事

越境する「もののあはれ」(3)

~「人形(ひとがた)」というメタファー、その源泉と射程~ 1  「浮舟」の悲劇ー簡単な小説化を通しての前置き  人形(ひとがた)は悲しんだ。  その虚ろな目からは、熱い涙の粒がぽろぽろとこぼれ落ちていた。その空洞の体———それまで誰からも軽々と扱われてきたその体———には、急に重い中心ができたかのようだった。みぞおちに鉛の塊がのしかかり、彼女の体を垂直に地面に抑え付けていた。その脳髄から指の先まで痺れさせているのは、言葉にならないままずっと耐え忍んできた悲しみだということ

    • パリ24時間(7)異端審問者の午後

       急に風が冷たくなったような気がした。時間はそれでも午後4時をまわったばかりだ。  ルチアが去ったル・ドルシェステルのテラスで、オルガは書類鞄の底から四つに折られた一枚の紙を引き摺り出した。それは、今年の工芸学校(アールゼメチエ)の奨学金候補者のリストだった。2週間前、審査員のオルガにも通達されたのだが、オルガは候補者をざっと眺めて、そのまま放置していたのだった。審査などないことはわかっていた。今年の合格者はエコールノルマル・サン・クルー校出身のイザベル・ラトゥールになるはず

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      • 感覚とロジックの歴史(2)

        (※ある研究所の内部報告に連載した論文。タイトル変更済。権利者の許可取得済。当該研究所の性質から検索は難しいかと。) 1.コンディヤックを読むために——時代遅れという認識の再考  前回は、エチエンヌ・ボノ・コンディヤック(Étienne Bonnot de Condillac, 1714-1780)というフランス啓蒙の世紀の哲学者について、ヨーロッパ近代の歴史におけるその立場を概説した。今回は、彼の著作、特にその主要の2タイトルを紹介したい。それも、できるだけこちらの主張

        • 感覚とロジックの歴史(1)

          (※ある研究所の内部報告に連載した論文。タイトル変更済。権利者の許可取得済。当該研究所の性質から検索は難しいかと。) 「近代」の里程標  21世紀も20年を過ぎ、思考の衰退と技術革新と自然の猛威が止まらない中、前世紀のヒューマニズムを過去の神話のように感じている人は少なくないと思う。憲法と法律の文言を除き、人間主体の尊厳、個人の意志といったものに実質的な現実を動かす権能があるということを信じられるシチュエーションは、ますます我々の生活から失われている。とは言え、知的には、

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        越境する「もののあはれ」(3)

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        • パリ24時間
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        • 「合理的思考」がAIの真似事になるまでに
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        • 空に預けた手紙 Thrown into the sky
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        • やまと言葉を哲学しよう
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        記事

          Lettre dans la pandémie (mai 2020)

          (Il s'agit d'un message adressé à des amis français à la veille de la levée du premier confinement en France, mai 2020, et également au lendemain de mon arrivée à Tokyo, cité désertée alors, en raison de changement de travail. À le relire a

          Lettre dans la pandémie (mai 2020)

          Freinstein, Post

          On the verge of dusk Luminous hills reigning with clouds Great number of square voids Cast within casements painted in green In white, or with wax of time and soot Countless eyes or one only eye Unblinking behind the dark windows Running t

          Freinstein, Post

          パリ24時間(6)二人の老いた少女たち

                    II  10時半。ポルト・ド・ヴェルサイユに戻ったオルガは自宅に寄らず、直接買い物に向かった。今日は夕食に娘夫婦と婿の両親を招待している。3ヶ月前からの約束で、キャンセルするには相当な理由が必要だ。ちょっと忙しくなるけどやってのけよう。  メインはココットチキン*。とても簡単だし、何よりミシェルが喜ぶ。それから、サラダ、チーズ、デザート。20時にはギリギリ間に合うはずだ。  幸いなことに、オルガの住む集合住宅の1階にはモノプリが入っている。鶏はブロイラー

          パリ24時間(6)二人の老いた少女たち

          パリ24時間(5)兵士オルガの朝

          I  月曜日朝6時。パリ15区、ヴォジラール通り340番(メトロ「コンヴァンシオン」または「ポルト・ド・ヴェルサイユ」)。オルガ・ドラトル・ド・タシニーの1日がはじまった。今日はとても忙しい。午前中に夫をデイケアに送る。昼までに買い物をする。夕食の下拵えをする。昼にカルチエ・ラタンで友達と会う。お茶の時間に3区でスペイン語翻訳者のルチアと会う。彼女とランソンの次の密会をなんとしてでも阻止する

          パリ24時間(5)兵士オルガの朝

          パリ24時間(4)若さ或いは無自覚な凡庸

           地鳴りのような震えがコートのポケットから伝わってくる。10回以上は繰り返されている。3600マイルの彼方で、リリアナが苛立っているのがわかる。アルディティからジャン・フランソワが勝手に出ていったと聞いて、矢もたてもたまらなくなっているのだ。  せっかくお膳立てしてやったのに!と喚き立てる男のような声が聞こえる。アルディティに気に入られたら、フランス国営テレビ、プライムタイム、人気番組に出ることもできたのに、ああ、全部壊してくれて!リリアナが怒っているのは自分のためじゃない。

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          パリ24時間(4)若さ或いは無自覚な凡庸

          パリ24時間(3)荒野行動或いは左翼的恋愛

           ニコラはコリンヌを見ている。コリンヌはトマを見ている。トマの目は、シャルロットとレミの上を通り過ぎ、時々イザベルの金髪に、時々アンヌ・ソフィーの栗色の髪に落ちる。シャルロットはトマとレミの両方から顔を背け、宙を見つめている。レミが立ち上がる。シャルロットを詰問している。彼女の膝に泣き崩れる。イザベルはクリストフに目配せする。クリストフは眉を顰め、首をかしげる。イザベルは首を振る。クリストフは背中を捻って後ろの席のコリンヌに尋ねる。  またしてもイザベルの目は、テラスの向こう

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          パリ24時間(3)荒野行動或いは左翼的恋愛

          パリ24時間(2)11区のヴィラ

           パリの東側、メトロ8番線のバスチーユとレピュブリックの間に、「レ・フィーユ・デュ・カルヴェール(十字架修道院の尼僧たち)」と呼ばれる小さな駅がある。1箇所だけの出口はフィーユ・デュ・カルヴェール緑道(ブールヴァール)に開いており、ブールヴァールから西に短いフィーユ・デュ・カルヴェール・ストリートが伸びている。  この一帯はマレ地区からオーベルカンフを結ぶ点なので、土曜はパリのクールな30代で賑わう。仕事をしていれば、何々エディター、デザイナー、エンジニアと呼ばれる職種であり

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          パリ24時間(2)11区のヴィラ

          パリ24時間(1)ポルト・ドーベルヴィリエ

                    エストニアから来た風は、西へ西へと進んで、ドイツ北部に広がる穀物畑の上を吹き渡った。ロッテルダムの港は、カモメの喚き声と北海の雪の匂いでいっぱいだった。鱈漁船の船底に積もってやってきたのだ。そこでは、ゲルマンの音と違うくぐもったフラマンのG音が、暗い春を予感させた。風は進路を変えた。大きな川に沿ってどこまでも行くと、ゴシック教会の鐘が一日中鳴り響く場所に来た。同じくらい沈鬱なその響きの中にフランス語のリズムが聞き取れた。ややべとついているものの、紛れもない

          パリ24時間(1)ポルト・ドーベルヴィリエ

          越境する「もののあはれ」(2)

          ヤコプソンの「詩的言語機能」と宣長の「かたち」 ヤコブソンの「言語の六つの機能」  1960年、ハーヴァードの言語学者ロマン・ヤコブソン(Roman Jakobson:1896-1982)は『言語学の文体について"Style in Linguistics"』という論文集をMIT出版会から刊行した。その中には、その4年前にアメリカ言語学学会で口頭発表した報告をまとめた論文があった。「言語学と詩学 "Linguistics and Poetics"」という題名のもと、「言語の

          越境する「もののあはれ」(2)

          宣長と「あはれ」の変容

          〜閉じた言語論と開かれた物語〜 『源氏物語』の「あはれ」  本居宣長が列挙して見せたように、『源氏物語』で「あはれ」の語が出てくるときは大抵、「ただ自然と思う心の情」「心につつんで忍びえぬ思い」「女童のごとき弱くみれんな心」(『紫文要領』巻上、岩波文庫)という直裁的な意味に受け取ることができる。少なくとも光源氏生前の巻までは(第40帖「幻」)。しかし、筋の中心が京都を離れた途端(第45帖「橋姫」から第54帖「夢浮橋」までの通称「宇治十帖」と呼ばれる部分)、「あはれ」の響き

          宣長と「あはれ」の変容

          越境する「もののあはれ」(1)

          逢坂山の奇跡  若い光源氏は須磨に流れた。  亡き父・桐壺帝の中宮との密通が、彼に悪意ある父の正妻・弘徽殿(今上・朱雀帝の母)に露見して、東宮(後の冷泉帝)に害が及ぶことを避けるためだった(第12帖「須磨」、第13帖「明石」)。  2年後、やっと都へ帰ることが許された源氏であるが(第14帖「澪標」)、彼はもはや流謫前の若者ではなかった。すぐさま大納言に昇進し、参議の中枢となった。それと同時に朱雀帝は退位し、冷泉新帝の朝廷が彼に活躍の場を開いた。栄華の道が彼を待っていた。が、そ

          越境する「もののあはれ」(1)

          少年の死

          4月、兄が死んだ。脳出血、24時間の昏睡の後、一度も目を覚さずに亡くなった。一人で。

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