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足が痛くてよく寝たい

 膝から下の、一番太いところを測ってみる。ふくらはぎにメジャーを一周させて、右足が35cm、左足が34cm。左右に微妙に差がある。
 靴屋さんは言う。
「右足の外側に体重をかけて歩いてるでしょう。それで右の、外側の筋肉がふくれあがっちゃってるんです」
 数字の上では1cmの差だけど、見ると確かに右足が横に広い。
 
 
 最初は靴が合わないのだと思った。右の小指があたってどうしても痛い。不思議なことに、痛いときと痛くないときがある。単に靴の形やサイズが合わないだけなら、ずっと痛みが出るはずだ。
 
 靴屋さんにそれを訴えると「そうでしょうね」とこともなげも言う。痛くないように靴の横幅を広げるとか、新しいのに買い替えろとは言わない。
 
「歯が痛いとか腎臓が悪いとか、その日の体調によって足も変わってきます。だけどお客さんの場合、右側に体重が寄ってるんですね。で、右の小指のほうに負担がかかってるんです。この小さな指で、外側に傾くからだを全部ささえようとしているんです」
 そりゃ痛いですよと言いたげに、靴屋の店主は、自分のはいていたスニーカーから中敷きを取り出した。靴のサイズは合ってますし、これはいい物ですと話が続く。
 
「安い靴はね、からだのゆがみに合わせて一緒にゆがんじゃうんです。だから痛くならない。その代わり、からだがどんどん傾いていっちゃいます。これはいい物だから、外側に行こうとする指をまっすぐに押し戻すんですよ、グッて。それで小指が痛くなるんですね」

 そして、そういうときは中敷きを変えるんですよと言う。
 
 店主曰く、中敷きにもいろいろ種類がある。百貨店あたりでずらりと並べられた中敷きを買う人もいる。

「皆さんなにで選ぶかって言うと、書いてあるキャッチコピーで選んじゃう。衛生上、靴に入れて履いてみるってことはできないから、合うか合わないかはギャンブルですね。でも僕からすると、足のことはなにもわからない業者もあれ作ってる。だから怖いですよ。中には10万円かけてオーダーメイドする人もいますね。それでもまだ痛いって言って、うちに来る人がいる」
 
 ここで作るといくらくらいなんですか、と尋ねると店主は、5000円ですねとさらりと答えた。10万円取る人間は、何様のつもりなんだろうね……とまでは言わないけれど、それに近いことは考えているだろう。スニーカーの中敷きは、店主の手の中でするすると調整されていく。
 
 足に悩みを抱える人が最後に駆け込んでくるような場所だから、店主はいろいろな重症の人を見ている。淡々とお仕事しながらも、やはりなにほどか言いたいことがあるらしい。
 
「足を手術しても痛みが治らないって方、来られるんですよ。手術することになる前に来てください、って思うんですけどね」
 
「歩くのは大事ですよ。筋肉っていうのは使わないとさびちゃいますから。でもね、寝るのも同じくらい大事です。眠っているあいだに足も再生するんですよ。ダラーンて伸びてへたった足が、ひとばん寝ると復活する。で、日中使ってるうちにまた下がっていく。夜更かしなんかしちゃだめですよ。伸びて疲れた状態の足が、回復されないままになっちゃう」
 
 聞きながら、やっぱり規則正しい生活って「正しい」んだなと思う。睡眠を取ってからだを休ませて、適度に運動して。世の中にはよく「○○健康法」みたいなノウハウが出回るけど、ホントはみんな知っているのだ。バランスよく食べて、運動して、ちゃんと寝るのが一番だって。
 
 それにしても、靴屋に来てよく寝なさいと言われるとは思わなかった。睡眠時間は確保しているつもりだけど、それでも6時間を切るときがある。足が回復するのに十分かはわからない。十分じゃないにしても寝たほうがいい。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。