あかちゃんと唐揚げ定食
このところ、昼ごはんをパン一枚で済ませていた。基本、家で育児をしてばかりだからそれほど動かない。「昼は簡単でいいや」と、食パンを焼いてジャムとはちみつで食べる。これで過不足ないと思っていたのだけど。
最近、育児中の娘の様子を見にきた母にとっては「不安になる食生活」らしい。野菜はどこ?ちゃんと食べないとおいしい母乳も出ないわよアンタ。最後には「まるで北朝鮮に嫁にやったみたい。めぐみー!帰っておいでー!」と不謹慎なことを言う。
そういうわけで、今日は母に連れられて、赤ちゃんと一緒に外食した。母に促されるまま、何も持たずに家を出たので、赤ちゃんのおむつも着替えも持っていなかった。近くの定食屋につかつかと入っていく母の後ろを、あわててついていく。
赤ちゃん連れでも大丈夫ですよ、と店員のお姉さんがベビーカーを運んでくれた。店の内装は昭和の香りが漂い、おじいちゃんおばあちゃんが野球の話に花を咲かせていた。案内された席は、テーブルクロスもソファーもなかなかに豪華だった。
「おむつもお着替えも持ってないのに、なんかあったらどうしよう。授乳もまだだったし、泣いたらどうしよう」と席につくなり不安がこぼれる。母は「そんなことになったら帰ればいいんだし、いまは赤ちゃんご機嫌じゃないの。大丈夫よ」と言う。
「おかしいわよ、アンタ。何をそんなに不安がることがあるの」
母親から見ると、いまの自分は「おかしい」らしい。他のお母さんたちを見てごらんなさい、みんな抱っこ紐でどこでも好きに歩いてるでしょう。なんでアンタはどこにも行かずに家にこもってるの。健全じゃないわよ。
言いながら、母はメニューの中で一番高いスペシャルランチを頼む。わたしは、しばらく食べていなかった鶏肉にそそられて、唐揚げ定食を頼んだ。赤ちゃんは母が抱っこしている。機嫌がよく、ものめずらしそうに辺りを見回している。
「(赤ちゃん連れで)外に出るのは、なにかあったらどうしようって不安なんだよね。旦那さんが、電車に乗るのは(感染などが)危ないって言うから、いままで乗ってないし」
「旦那が危ないって言うから、どこにも出かけないわけね。それでアンタはずっとこの近辺うろうろしてるしかないわけでしょ。それでいいの?気が滅入らない?わたしは、アンタがもっと幸せそうな顔をしてると思って来たのよ」
母は、スペシャルランチのぶどうジュースをわたしにくれる。それだけでなく、茶碗蒸しや刺身もくれる。よっぽど食糧事情が悪く見えたのか、それともお母さんっていうのは、いつでも子どもに、お腹いっぱい食べさせたいものなのか。
もっと幸せそうな顔ってなんだろう。「赤ちゃんはかわいいし、旦那さまは優しいし、人生最高の日々を送ってます。ほわほわ😊」みたいな笑顔を想像していたんだろうか。不幸だとは思ってないけど、それじゃ足りないんだろうか。
自分がインドアに寄り過ぎたのは認める。たぶんもう少し外に出るべきなのだ。定食屋にいるあいだ、赤ちゃんはずっとおとなしく、機嫌よくしていた。いつもと違う場所が新鮮で楽しいんだろう。おしぼりの袋をシャカシャカ言わせ、ソファーの上で体をねじる。
赤ちゃんを嫌がるような客もいない。おじいちゃんおばあちゃんはずっとDeNAの監督の話をしている。若い女性の二人組は、食べ終わるとさっさと出て行った。いい意味での無関心。小さな子どもを連れていても、なんとも言われないこと。
少し、外の世界を怖がり過ぎたかもしれない。そんなことを思う。赤ちゃん連れって言うと、それだけで迷惑じゃないかって思ってた。意外とみんな、気にしないものですね。よかった。
唐揚げ定食は完食した。ごちそうさまでした。
本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。