見出し画像

自分でも不思議な「判断基準」

とある日のできごと。
仕事上で、長い間付き合いのある人(異性)と、ライブに行きその流れでご飯に行く機会があった。面識もあるし、何度も話したことのある人なのだが、完全プライベートで会うのは初めてだった。合流した時にも、少しの違和感はあったけれど、そんな違和感はすぐに無くなり普通に話し始めた。

先にグッズを買っていた彼に、「やっぱりコレにしたんや。可愛いよね。見せて!」と言う私。飲み物を買い行った時、「好きなの選んでええよ」と言ってくれた彼に、「やったーありがとう」と言う私。ライブ後、ご飯を食べに行きお会計の際に、自分の分を支払おうとした時、「ここは払うよー気にせんでいいよ」と奢ってくれた彼に「ありがとう。次の珈琲代は払うよー」と、次のスタバでの支払いをした私。

どうした!?どうした!?どうした?!

あまりにも自分の発言が無意識に、自然に出ていた事に、帰宅後に気付きびっくりした。仕事で約10年ぐらい電話をメインにしていた人だから、なんとなく「人となり」を知っていたからだろうか。いろいろ考えても答えは出なかった。ただ、1つ考えらえるのは、「完全な初対面」で無い人だということが、自分的には大きかったのかもしれない。彼の全てを知っている訳ではないので、「安心感」とまではいかないが。ただ、無意識に「素でいってもいいんじゃないか?」と判断したのかもしれない。

そういう自分自身にある「判断基準」って不思議だ。

(あとがき)
彼の小さな心使いが、単純に嬉しかった私。きっと、他の人からすると「普通じゃない?」と思う事かもしれないが、私にとっては、ただ単純に嬉しかったという事実は、自分の気持ちとして素直に受け入れようと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?