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欲しい物を欲しいと言う時声が出なかった。

「大切な人を連れて行ってもいい?」と言われて二つ返事で了承した。

その日から二泊ほど、離婚したばかりの私が構えた3LDKの立派すぎる新居に、美和ちゃんが泊まりで遊びに来る予定だった。その美和ちゃんが、「彼氏ではないが」と前置きしたうえで、大切な人を一緒に連れていってもいいか、という。私は心から歓迎した。初めて会う男性を家に二泊もさせて大丈夫なのかどうか、平時の自分だったら真っ先に心配したに違いないが、不思議とその時、その男性がどんな人か、という懸念はなぜか心に浮かんでこなかった。

今思えば、そう答えさせた源は、美和ちゃんとの信頼関係だけでなくて、JO君と私と美和ちゃんが、それぞれ体験するはずだったドラマが既に始まっていたからなのだと分かる。

港に着くフェリーの時間に合わせて二人を迎えに行った。そこに現われのはただの清潔感のある好青年で、「よく考えたら汚いオッサンだったかもしれないのに、よくぞ何も考えずに今日の事をOKしたよね!」という話は、その晩の酒のアテに最適だった。

それから何度か、JO君とは、美和ちゃんを交えた複数人で会った。複数人で会っているのに、なんとなくその中で二人で話す事が少しずつ増えた。

初めて二人で会う日が来た時には、きっと遠くない日に、私たちはセックスをするだろうという予感ははっきりとしていた。

だけどその日が近づくにつれて、私は混乱し始めた。

「恐怖」・・・得体の知れないそれが、私に近づいてくる。

パキ・・・パキ・・・・と、暗い森の中を一歩一歩近づいてきたあの足音に似ている。

10年前、私は性依存だった。 セックスをしてもしても満たされなかった。

心も体も安らかになれる居場所を探して彷徨い続け、最後に森を見つけた。

そして森を出て10年間、ずっと幸せだった。

モノガミーとして夫を愛した。腹を痛めて子供を産んだ。おっぱいが皴だらけになっても、乳を与え続けた。

10年前にあれだけ私を苦しめた性欲は今はどこかに行ってしまい、発酵途中のパン生地みたいな酸っぱい幼子の髪の匂いを嗅ぎながら眠る夜は

どんな素敵な男性に抱かれる夜より甘かった。

そして離婚した。


今目の前に、ふたたび「セックス」がある。男に抱かれるのは注射器で血管に光の泡か何かを入れられるみたいに爽快で甘いのを知っている。だけど永遠に満たされる事はない事も知っている。

JO君と話しているうちに、心が答えた。

「私がしたいのはセックスじゃないと思う。」

JO君が聞いた。

「めめこさんが本当にしたい事はなんですか?」

「私は・・・・」

こんな事を言っていいのだろうか?心の声が喉元まで駆け上がるけれど、蓋をされたようにそのエネルギーは喉元で詰まってしまい、飛び出すことができない。

とても長い時間をかけたように思う。私は絞り出すように答えた。

「私は・・・・大切に、大切に・・・・扱われたいんだと思う・・・・。」

声ちっさ。私といえばいつも元気で、自分の意見を大きな声で発言できる大人の女性のはずなのに。

「・・・・めめこさんにとって、大切に扱われるって、どんな事ですか?」

ゆっくりゆっくり、JO君が私に尋ねる。

私はずっと目をつぶっている。

大切に扱われるってどんな事なんだろう・・・・・・・。

長い時間をかけて、やっと声に出した。

たくさんお金を使ってほしい。たくさん優しくしてほしい。初めて結ばれるのはこんな日焼けした畳の上じゃなくて、白い冷たいシーツが敷かれた大きなフカフカの枕があるベッドの上がいい。部屋は明るくて、広くて、バスタブには温かい湯が溜められ、泡がふわふわと湯の上に浮いている。そんなところがいい・・・・・。

変なの。

こんな事?

それが「本当にしてほしかったこと」だったんだ。とても即物的で、マドンナの「マテリアルガール」みたいに馬鹿みたいな話だ。

まだ目を閉じたまま、自分の声を反芻していた私に向かって

JO君は、さっきよりさらに優しい声で囁いた。

「それ、僕が叶えてもいいですか?」


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