見出し画像

パリ・オリンピック卓球女子シングル3位決定戦~あと一歩という果てしない距離2

 卓球女子シングル準々決勝、日本代表平野美宇選手はフルゲーム、フルセットの激闘の末、あと一歩が届かず、韓国代表シン・ユビン選手に敗れた。印象としては水と油のように相反するタイプ同士の対決は、平野選手にとっては相性の悪い相手に前半いいようにやられてしまったが、後半きっちりと対策を練り、しっかりとデザインしたプレイによって最終ゲームフルセットまでもつれ、2回のマッチポイントを迎えるもあと一歩及ばず、メダル奪取の権利を20歳のシン・ユビン選手に明け渡す形で幕を閉じた。
 そのシン・ユビンは準決勝、中国の陳夢選手に完敗、20年ぶりのメダルをかけて、同じく中国の孫穎莎選手と対戦して敗れた日本代表早田ひな選手と対戦した。

 サウスポー、早田選手の左腕にはテーピングが巻かれている。準々決勝では思うようなプレイができず惨敗したのだが、その前の試合中に痛めた左腕は彼女本来のプレイがまるでできない形での敗戦だっただけに、この試合での怪我の回復具合が危惧されていた。
 序盤、早田選手は左腕に負担がかからないようなプレイを強いられながらも「今できること」にしっかりと集中し、シン・ユビンの猛攻をしのぐという展開になった。前回、まるで自分のプレイができなかったときの状態よりはかなりいいようで、慎重に抑えたプレイは徐々にスロットルを上げていく。第1セットは9-11で落としたものの、ところどころシン・ユビン選手がやりにくそうな表情をしていたことからも、このセットは結果と相反して早田選手の逆襲を期待させるに十分な内容だった。

 第2セット13-11、第3セット12-10、第4セット11-7と3連続で早田選手が本来の持ち味を発揮し、日本女子卓球2大会連続の銅メダル、東京五輪では控えで出番がなかった早田ひなにとって初のメダルへと大手をかけた。このままでは終われないシン・ユビン選手は必至の反撃に出る。得意のバックハンド、持ち前の粘りで長いラリーでも譲らず、フルセットから10-12で流れを引き戻しにかかる。
 迎えた第5セット、戻りかけた流れを早田選手が強引に引き戻す。感情をあまり出さない早田選手がゲーム序盤から声を出し、開始直後の腕の振りからすれば倍は早く、厳しくなっているように見えた。逆にシン・ユビン選手に自分の卓球をさせてもらえず、表情がこわばっていくのが見えた。
 隙のない早田選手のゲームデザインは拮抗することも許さない圧倒的な圧力とプレイの精度で力の差を見せつける。たとえるなら蛇が獲物に絡みついて締め上げ、抵抗力を失わせてから仕留めるような『ツミ』の状態に持っていきセットカウント11-7、24歳早田ひな選手が怪我を乗り越えてメダルを手にした。

NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240803/k10014535981000.html

 印象的だったのは試合終了直後だった。感情をあまり出さない早田選手がメダルが決まった瞬間その場に泣き崩れる。そこに敗れたシン・ユビン選手が近寄って抱きあげて互いの健闘を称えあっていた。シン・ユビン選手はおそらく自分の力がまだまだメダルを手にするには足りないものがあるとわかっているのだろう。それはあと一歩ではあるが、その一歩が途方もない距離ではないが、簡単にたどり着ける距離でもない。
 平野選手との激闘、そして中国との実力差、そして早田選手に及ばなかったこの試合で彼女がつかんだものは、その一歩を埋めるために必要な地図だったのかもしれない。

https://nordot.app/1192450494839095759  © 一般社団法人共同通信社

 試合後の早田選手のインタビュー。左腕の回復のために注射を打って臨んだという。おそらくそこまでしなければならないほどに状態は悪かったのだろう。実力の20%か30%か。それでもその中でやりながら、試合をするなかで徐々に腕の感覚が戻り、力を発揮できるようになったという。
 万全ではない状態からゲームをデザインし、腕の調子を見ながらひとつひとつを確実にこなして言ってのこの勝利。シン・ユビン選手にはないものが早田選手にはあったのだろう。それは黄金世代と呼ばれる同年齢の平野美宇選手、伊藤美誠選手と切磋琢磨し、今や日本女子卓球の旗手にまで成長した道のりは、そのまま世界の扉まで続く地図になっていたのだと思う。

「いろんな方がサポートしてくれてけがの回復に努めているので、3位決定戦ではしっかり気持ちに応えられるように全力で銅メダルを目指したい」
 早田選手がここまで進んできた一歩一歩がこの言葉にも表れている。アスリートたちは次の一歩を踏み出すためにその先にあるものを見据え、多くの人たちのサポートとともに道を究めようとするライバルであり同志の存在。そして道しるべとなる王者を目指し、歩みを止めることはないのだろう。

#スポーツ観戦記

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?