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ラーメン屋である僕たちの物語3rd ⑨



「Dang Dang」











「Prrrrrrrrr」





「Prrrrrrrrr」







夜営業に向けて仕込みをしていると、めじろ川崎店のY太から着信があった。







「P!」







「はい、もしもし」












「芳実さん!助けてください!」













Y太の悲痛な叫びが受話口を超えて、ひなどりに響き渡った。





「Y太!おい!どうした!?」





電話口のY太の剣幕に只事ではない気配を感じた。





「お、親父さんが…!」





親父が!?



まさか、親父になにかあったのか。




ラーメン店には事故に繋がる様な仕事が数多にある。




寸胴の熱いスープを被って、大火傷でもしたのだろうか。



製麺機のローラーに手を挟まれ、粉砕骨折でもしたのだろうか。





「あの…、あの…!」






慌てて要領を得ないY太の話に、僕は耳を傾けた。












「…ということなんです。ボク…、ボクどうしたらいいんでしょうか。」



ほとほと困り果てたY太が、普段の溌剌とした姿からは想像できないほどか細い声になっていた。




「親父のやつ…マジか…」




話を聞いた僕も唖然としていた。




Y太の話をまとめると、以下の様になる。




ラーメンシンフォンニー内にはめじろの他に5店舗入ってるのだが、親父がそのうちの一店にラーメンを食べに行った。



しかし出て来たラーメンに数口箸をつけた親父は、突然両手で割り箸を真っ二つにへし折り、丼の中に投げ入れ席を立った。



そして、沢山のお客さんで賑わう施設全体に響くほどの大声で、こう怒鳴ったのだ。





「なんだこのラーメンは!


ふざけるな!!」



※画像はイメージですが、実話です




親父は、そう吐き捨てるとそのまま帰ってしまったそうだ。



その後、あちらの店主が親父不在のめじろに抗議に来てしまい、Y太が対応するも、ラーメンシンフォンニー運営サイドも巻き込んでの大問題へと発展した、ということだった。






そこで困り果てたY太が僕を頼って連絡してきたのだ。






「芳実さんからも親父さんになんとか言ってください!お願いします!」




可哀想に、Y太は涙声になっていた。




可哀想なんだけど…



僕はなんだか急に腹が立って来てしまった。







「……るな…」




「え?」






「うちの親父を甘くみるなって言ってんだ!
そんなのまだ序の口だぞ!」




「俺なんか顔目掛けて
グラス投げつけられてんだぞ!」





「うちの犬なんか犬小屋ごと
二階から投げ飛ばされてんだぞ!」




「飲みに行ったかと思えば
血まみれで帰ってくるんだぞ!」




「その程度のことで
いちいち狼狽えてるんじゃねー!!」






「P!」






「…あ」






つい熱くなって、電話を切ってしまった。




親父からもっとすごい目に遭わされてきた僕たち家族にしたら、こんなことは些細なことだった。




それを「こんなことでオロオロしやがって…、しっかりしろ!」と、無性に腹が立ってしまったのだ。




「やっちまった〜」




図らずも、僕も親父の血をしっかり受け継いでいることが露呈されてしまったのだった。










Y太が僕を頼って電話して来てくれたのを、裏切る様な形で切り上げてしまった。



さすがに僕も反省した。



「仕方ないな…」




「P!…P!…P!」




「Prrrrrrrr」




「はい、もしもし」




「あぁ、親父?俺だけど」




「おお、芳実か、どうだ調子は?」



僕はせめてもの罪滅ぼしにと、親父に先程聞いた一件について諌めようと思い、電話をかけた。



「この前、来てくれたんだってなあ、ありがとう。お父さんなあ、自家製麺を始めてみて、初めてこの仕事を『天職』だと思える様になったよ。わははははは!」


※画像はイメージです



「ああ、自家製麺美味しかったよ。それでさ、ちょっと話したいことが…」




「今忙しいからまた今度な!」




「ブツッ」




「あ!」




僕は全く喋らせてもらえず、電話を切られてしまった。




きっと親父は、僕が電話をした理由をわかっていて、都合が悪いので一方的に切り上げてしまったのだ。



…ということは、この後何度かけても電話には出ないな。




「相変わらず勝手な親父だなあ。Y太の奴、大丈夫かな。」




僕はそう呆れながら、めじろの行く末が少し心配になった。




そしてこの一件から、Y太が僕を頼って連絡してくることは、二度となかった。








僕はこの一件を



「めじろ美味しんぼ事件」




と呼んでいる







結局、僕はこの事件の顛末を、今まで知らされず仕舞いなのであった。












2006年



同月某日


16:00






「芳実さん、会社を設立しましょう」





今日は開業時からずっとお世話になっている、税理士のA井さんとの打ち合わせだった。



ひなどりの入っている「企業プラザビル」のオーナーはTNK会計事務所の所長さんで、このビルにテナントが入る際は、その事務所に会計業務を一任することが条件の一つだった。




頼る宛のなかった僕はその条件を恐る恐る飲んで契約したが、杞憂に過ぎず、いたって健全な税理士事務所で、現在もとても親身になって経理相談に乗ってくれている。




そのTNK会計事務所の社員の一人であるA井さんが、ひなどりの担当として付いたのだった。



「いよいよですね〜」




「はい。本当は昨年に設立できたら良かったんですが、資金が足りないので見送りましたね。消費税対策や今後のことも含めて、会社設立に関する法律が変わる前の、このタイミングが良いと思います。」





僕は開業時に、A井さんから会社設立による消費税対策について説明を受けていた。





【会社設立による消費税対策とは】


①開業から2年間は、消費税は免除される
②会社設立から2年間は、消費税は免除される。
③合わせて4年間は、消費税の免除を受けられる。


ということだった。



計画通りなら2005年の2月に会社設立のはずだったのだが、開業より半年間に渡る、我が「自分以外全員バカモード」による成績不振の影響で、有限会社設立資金である300万円が用意できなかったのだ。
(よって3年目は消費税が発生してしまった)



その300万円をやっと用意できたことと、この年の5月より施行される「新会社法」への対策として、ちょうど4年目を迎えるこの2月に「有限会社」として会社設立をしようという段取りだった。



2006年5月までの制度では、株式会社は最低1,000万円、有限会社は最低300万円の資本金が必要だった。しかし新会社法により、『1円』でも株式会社を設立できるようになったのだ。そして5月以降、有限会社を設立することはできなくなった。



「株式会社の方が有限会社より世間的に信用度が高い気がするんですが、株式会社設立の方向ではダメですか?」




なんとなく『株式会社』の方が格好がつくと思っていた当時の僕は、A井さんに尋ねてみた。



「芳実さんの気持ちはわかりますが、これからは資本金1,000万円の企業も、1円の企業も同じ『株式会社』を名乗ることになります。しかし、金融機関などがその看板の裏側を覗いた時に実情はすぐに知られてしまいます。今の芳実さんの場合、きちんと資本金を用意して有限会社を設立した方がメリットがあると思います。」





「なるほど…。わかりました!じゃあ有限会社設立の方向でお願いします!」



A井さんの丁寧な説明に、僕は納得した。




「では、設立に関する手続きは私の方で進めますので、芳実さんは芳実さんにしかできないことをお願いします。」




「僕にしかできないことって何ですか?」




A井さんは眼鏡の奥でニコッと笑って言った。





「社名を決めてください」













同日


22:00


本鵠沼自宅





「ただいま〜」




帰宅後、荷物を自分の部屋に置くと、僕はリビングへ向かった。




昼間のA井さんとの打ち合わせから、ずっと社名について考えていたが、いくつか思い浮かぶだけで、決定はできなかった。




A井さんからは「1週間くらいで決めてください」と期限を設けられていた。



アイデアの湧かない僕は、社名の決め方なるサイトをいくつか覗いたりしたが、だいたい同じことが書いてあった。




「理念や想いを名前に籠めること」




と言っても、当時の僕はこれから設立する自分の会社について、理念や想いすら想像できなかった。



そこがないのだから当然、しっくりくる社名も思いつかなかった。



それでも浮かんできた案は2つあった。





サーフィンを齧っていたことで憧れた名前

「Green Room」



大好きだった小説に出てきた酒場

「Oriental Saloon」





①については、「ゲストをもてなす空間」という意味もあると聞いて気に入っていたが、ラーメン店の会社としてイメージが合わないので却下した。



②は僕の大好きな映画「インディ・ジョーンズ」の小説版に度々出てきていた酒場の名前だった。


小学生の頃に観た「インディ・ジョーンズ レイダース/失われた《聖櫃》」に心を奪われ、中学生の頃になると映画化されていない小説版(ヤングインディシリーズ含む)も全て読破した。

特にロブ・マクレガーの著作品が好きだった。
(Amazonで1円で売ってます。オススメです。)


その名前を調べてみると、こうあった。



oriental=東アジアや東南アジアを含むアジア全域。


saloon=ホテルや客船の大広間、酒場、客をもてなす空間。





『有限会社Oriental Saloon(仮)』




「アジアを代表する、客をもてなす空間、か。いいじゃん!」




僕はすっかり気に入ってしまった。





「兄貴、おかえり」



と、そこへ弟の祐貴が、冷蔵庫の飲み物を取りに部屋から出てきた。



僕は先ほど思いついたアイデアを、意気揚々と祐貴に話してみた。




きっと「いいじゃん!」と言ってくれると思った。



しかし、祐貴から思いがけない言葉が返ってきた。





「なんかインドっぽいな」





そう言うと、祐貴は自分の部屋へ戻って行った。




「あら、おかえり」




ちょうどお風呂上がりの母もリビングへ来たので、同じ話をしてみた。





「なんかインドっぽいわね」




そう言うと、母は髪を乾かしに洗面台へ向かった。





「え、ええ〜?インドっぽい〜?」






せっかく決まりかけた案だったが、周りのイメージと自分のイメージの解離に、僕は頭を抱えた。











数日後



鎌倉麺やひなどり







「いらっしゃ…おお、Tっさん!」





「お疲れ様です。今日は客としてラーメンを食べに来ました。」




ランチ営業の終わり間際に、4月からの大学編入で忙しそうなTっさんがやって来た。



僕は喜んでTっさんのラーメンを仕上げ、目の前に差し出した。





「いただきます!」




Tっさんが僕のラーメンを食べるのは退院以来だ。少しは成長を感じてもらえるかな?



「おお、美味しくなりましたなぁ。私がいた頃のラーメンは…」



Tっさんはラーメンを食べながら、開業当時の話をKたちにしていた。




「…本当、この人はどうしようもなくてね〜笑」




「だから刺してやろうと思ったんでしょ?笑」




僕がそう横槍を入れると、Tっさんは困った顔をして咳払いをした。



「ゲフン!いや、それ言われると…ゲフン!」




「わははははははは!」





いつものやりとりで笑いあったその時、ふと閃いた。





「あ!」





…この旅の始まりは、Tっさんと共にあった。




そして今はKとGがそのバトンを受け継いでいる。



過去から現在、未来へと続くワード。



Tっさん…僕、そしてK、それぞれの名前に共有する文字があった。





《大》





という字だ。



これをキーワードにして社名を考えたらどうだろう?




空が晴れた気がした。





「Tっさん!ありがとう!」





「はい?」




僕はアイデアをくれたTっさんにお礼を伝えたが、当のTっさんは目を丸くしているだけだった。











さて、僕たちがそれぞれ名前に持つ「大」と言う言葉をどう社名に活かそう。




僕はその日の夜営業中も、ずっとそのことを考えていた。



「大…大…、大西だから、Bigの最上級Biggestとかけて『BIGWEST』(ビッグゥエスト)とかどうだ?…いやいやいや、これじゃ俺しかいないじゃん!」



「大…大…、大いなるだから『Grand』とか『Grande』とかどうだ?いや、しっくりこないな」



一人でブツブツと呟きながら考えていたが、いくら考えていてもまとまらなかった。




~♪




その時突然、中学生の頃よく祐貴と聴いていた【ある歌】が頭の中に流れた。





《!》






これだ!と思った。




会社のあるべき姿もありありと想像できた。




「どんな季節にも自由の姿で

倒れない気がしたから

朝のドアをくぐった」





その歌の一節だが、僕はこう解釈した。



『どんな状況にも、自由自在に変化をしながら、決して倒れることのない会社』




そんなイメージが浮かんだ。


みんなでこの会社を大きく育て、雨が降ればその傘の下に人が集まり、みんなを守れる会社にしよう。




そんな想いを社名に籠めた。




その日の夜、社名が決まった旨をA井さんへメールして、打ち合わせの日程を決めた。





打ち合わせ当日、A井さんに社名と想いを伝えた。





「いい名前ですね。では、それで進めます。」




A井さんは眼鏡の奥でニコッと笑った。










2006年2月17日



小さな僕たちの、小さな会社が生まれた。





『有限会社BIGTREE』




今はまだ、踏めば潰れるような小さい芽だが、いつかみんなを守れる大樹になりますように。






『BIGTREE』は何度も倒れそうになりながら、2024年現在もゆっくりと成長を続けている。
















to be continued➡︎

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