組織専門の精神科医が語る 組織×心理学のエビデンス決定版〜心理的安全性・コアデザイン原則・心の柔軟性〜

1 初めに

1−1 この記事を読んだらわかること

  • 心理的安全性を高めるために必要な具体的な方法

  • 管理職が抑えるべきマネジメントの3つの要素

  • 組織・心理学に関する最新のエビデンス

マネジメントの手法は数多くありますが、個人の経験に基づいたものが多く再現性に乏しいことがほとんどです。科学的手法を謳っている場合もありますが、論文が存在しないか僅かな研究でしか認められていないことを大げさに強調している場合がかなり多いです。さらに、提供している本人がその研究にちゃんと関わり実績を出しているケースは皆無と言えます。

この記事は、現時点では最もエビデンスが確立した要素について、実際に第一人者として行った研究と、ビジネスの現場での試行錯誤から、チーム、組織、個人において押さえるべき3つの要素をわかりやすくお話しします。

1−2 自己紹介

現役の精神科医・メンタルコンパス・ファウンダーの伊井俊貴です。中学生から精神科医を目指し、人の行動を変える方法である行動療法を研究しました。中でも多くの研究で効果が証明されている「心の柔軟性:psychological flexibility」を専門として、数百名の治療実績を積み、心の柔軟性を開発したヘイズ博士と共著論文を執筆しました。

また、日本若手精神科医の会の理事長として日本だけでなく世界各国の精神科医との交流を深め、日本のメンタルヘルスの課題解決に取り組んできました。

ビジネスの現場で5年の試行錯誤

ビジネスに舵を切ったきっかけは、うつになる患者様の7割くらいが職場の人間関係が原因だったことです。メンタルの問題の根本的な原因である組織の人間関係の問題解決の必要性を感じ、2018年に起業しました。

起業後は、「心理的安全性」について100以上の大企業から官公庁まで講演を行い、ノーベル賞を受賞した組織論である「コアデザイン原則」を我々が主導して日本に導入し、社員全員でファシリテータの資格も取得しました。

10年間の研究と5年間の実践で、現在の心理学×組織において最もエビデンスレベルが高い「心理的安全性」「コアデザイン原則」「心の柔軟性」それぞれの分野における第一人者としての経験を積み、この3要素に基づいて日本の組織をサポートする活動を行なっています。

この記事では「心理的安全性」「コアデザイン原則」「心の柔軟性」をどう使えば、生産性が高く働きやすい組織ができるのかについてお話しします。15年間の経験をできる限りコンパクトかつ網羅的にまとめました。わかりにくい部分があっても何度も繰り返し読むことで理解することができますので粘り強く何度も読んでみてください。


2 心理的安全性

2−1 プロジェクトアリストテレスとは?

心理的安全性とはわかりやすくいうと「本音で話せる雰囲気」です。広まったきっかけはGoogleが行ったプロジェクトアリストテレスという研究です。

世界で最も多くのデータを集めるGoogleは成果を出すチームと出せないチームの違いを5年かけて研究しました。成果を出すチームの定義として実際の成果に加え、上司の評価と、現場のメンバーの評価と多角的に検証します。

Googleが最初に考えていた仮説

研究を始める前にチームの生産性に影響する仮説を立てました。優秀な社員を雇う、リーダーシップをとる、リーダーが謙虚である、メンバーの仲が良い、仕事以外の雑談がある、フラットなチームである、社員に多様性がある、給料を上げる、合意形成で意思決定する、メンバーと長く働く、1on1の時間をつくる、ツールを導入する、など。

当初彼らは優秀なメンバーがいるチームが成功する、もしくはチームの成功というのは複雑で様々な因子が影響しているため、一概にこれが原因だ!というのは見つからないのでは?と考えていました。

5年間の研究で出た結論

しかし、実際にデータを集めてみると、ある要因がその他の要因と比較して圧倒的に重要であり、しかもそれは個人の能力とは関係ありませんでした。その要因こそが「心理的安全性=本音で話せる雰囲気」です。

具体的にはチームメンバーの全員が同じように発言しており、批判し合うのではなく自分の素直な感情がチーム内で話されていることが重要ということがわかりました。その後、Googleだけでなく様々な心理学的研究において、人の問題を引き起こす根本的な原因に心理的安全性の低下があることが証明されてきました。

心理的安全性のエビデンスをメンタルコンパス株式会社がまとめ

2−2 心理的安全性がなぜ重要なのか?

だからと言って、リーダーシップやフラットなチームなどの要素が全く関係ないわけではありません。どの要因も心理的安全性を高める要因でもありますが、同時に下げる要因にもなります。

例えばフラットなチームを作ったとして、フラットなチームによって本音で話せる雰囲気になれば生産性が高まりますが、フラットなチームによって「せっかくみんなで決めたことなんだから野暮なこと言うなよ」と本音が話しにくい雰囲気になると、生産性は低下します。

心理的安全性とは中間因子である

このような特徴を持つ因子を中間因子と呼びます。中間因子が存在する場合、確実に生産性が上がる対策というのは存在しません。ある対策を行うことで中間因子である心理的安全性が高まれば生産性は上がりますし、逆にある対策によって心理的安全性が下がれば生産性も下がる、と言えます。

その他の因子と心理的安全性(中間因子)と生産性との関係

心理的安全性を高めるための普遍的な正解はありません。他の組織で上手く行った方法が自社でも上手くいくとは限りません。実際にやってみて心理的安全性が上がっているか?を常に意識することが重要と言うのがプロジェクトアリストテレスが導き出した結論です。

心理的安全性を強制してはいけない理由

だからと言って、ストレートに心理的安全性を高めよう!と言うだけではうまくいきません。「ちゃんと心理的安全性を高める発言をしろよ!わかったか!」と心理的安全性を強制した瞬間、意見は言いにくくなり心理的安全性が下がります。心理的安全性は強制されるのではなく、それぞれの人が自律的に高めようと協力し合う必要があります。

「心理的安全性に気をつけて発言しろ!」と言った後の会議室の様子

3 コアデザイン原則

3−1 コアデザイン原則とは?

そもそも人は強制されずに自律的に協力することは可能なのでしょうか?この疑問に答えたことでノーベル経済学賞を受賞したのが、エリノア・オストロムです。オストロムは漁業や林業などの共有財産の管理方法を研究する中で、外部から強制しなくても組織のメンバーが自律的に協力して行動するために必要な条件を突き止めました。

その原則に行動心理学のエッセンスが加えられ、完成したのが協働に必要な8つの「コアデザイン原則(Core Design Principles:CDPs)」です。外部からの強制力がなくとも、CDP1〜8について組織のメンバーがお互いに納得していれば、自律的に協力し合う行動が自然と増えると証明された原則です。

3−2 コアデザイン原則(Core Design Principles:CDPs)

CDP1「共通目的の発見」
従業員1人1人が組織が目指す目的や目標について、自分にとっても大事なこと、関係があることとして捉えていて、組織の目的や目標についてお互いに対話されていれば、自律的な行動を促します。
逆に会社の理念はあるだけで、従業員が自分とは関係ないと捉えていれば協力し合うことは難しいです。

CDP2「公正な利益配分」
利益配分について従業員1人1人がなぜそのような利益配分になっているかに納得し公正だと感じられていれば、自律的な行動を促します。
逆に、自分だけが損していると感じられていると協力し合うことは難しいです。

CDP3「意思決定への参加」
意思決定について従業員1人1人が自分も参加できていると感じられていれば、自律的な行動を促します。
逆に自分と関係ないところで勝手に方針が決められていると感じられていると協力し合うことは難しいです。

CDP4「評価過程の見える化」
従業員1人1人が自分がどのように評価されるかが見える化されていると、何が求められているかが明確になり、自律的な行動を促します。
逆に評価過程がブラックボックス化していると、何をすれば評価されるかがわからず協力し合うことは難しいです。

CDP5「適切なフィードバック」
従業員1人1人が良いことも悪いことも段階的に適切なタイミングでフィードバックされていると感じていれば、積極的に協力し合うことができます。逆に、良いことをしても悪いことをしても、誰もみていないと感じられていると積極的に協力し合うことは難しいです。

CDP6「対立の解決手段が明確」
従業員同士で意見の対立があったときに、裁判所や相談窓口のように対立したときの解決手段が明確であれば、問題が起きたときでもお互いに解決に向けて協力し合うことができます。
逆にそのような対立の解決手段が明確でないと、自分の仲間を集めて派閥を作ることで意見の対立を解決しようとしてしまい、協力し合うことが難しくなります。

CDP7「他組織からの自立」
他の組織との関係が強くとも、適度な距離感で組織が独立して運営されていれば、自分達の組織のために自律的に行動することができます。
逆に、他の組織からの影響が強すぎると、自分達の組織をより良くするために協力し合うことが難しくなります。

CDP8「組織とチームの関係」
これまでは組織全体と従業員の関係だけを考えてきました。組織全体と営業部開発部などのチームとの関係においても同様のCDP1〜7が重層的に成立していないと、部署ごとのセクショナリズムを引き起こしたりして協力し合うことが難しくなります。

3−3 コアデザイン原則の実現方法

ではこのコアデザイン原則をどうやって達成すれば良いのでしょうか?よくある失敗はコアデザイン原則を達成する仕組みを一生懸命考えてしまうことです。正しい評価制度を目指して会議を繰り返し、なんとか仕組みができたものの現場では全然使ってもらえないと言うケースはかなり多いです。

コアデザイン原則は本音対話で作る

コアデザイン原則を実現するために必要なことはルールやノルマを決めることではありません。対話によって自然と形作られてくる仕組みや文化こそが従業員の共同を促進します。CDP1であれば、幹部だけで共通の目的を決めて浸透させようとするのではなく、従業員一人一人が自分にとってこの会社の理念はこう関係があると自分ごととして話す回数が増えることが、従業員の協働する行動を増やします。

例えて言うとトランプのババ抜きのイメージです。チームメンバー10人ぐらいで手札を隠しながらババ抜きをすると全部なくなるのにかなり時間がかかります。一方で手札をお互いに全部見せ合ってチーム全員で交換すればすぐに全部のカードが揃います。CDP1〜8の項目についてお互いに手札を見せることができれば、お互いに不安なく安心して協力し合うことができます。

CDP1〜8に関する手札を見せ合うことでコミュニケーションコストが下がります

コアデザイン原則を実現するのが難しい理由

すべきことはある意味単純です。CDP1〜8について従業員と本音で話す機会を増やす。たったそれだけで協働するチームを作ることができます。

とは言っても、利益配分(CDP2)について本音で話し合うなど考えると結構難しいですよね。なぜCDPに対して本音で話し合うこと(心理的安全性を高めること)が難しいのか?それは次の章でお話しします。


4 心の柔軟性

4ー1 本音で話すことが難しい理由

前の章ではコアデザイン原則について本音で話し合うことで協働するチームができるとお話ししました。ではなぜ?コアデザイン原則について本音で話し合うのが難しいのか?その犯人は我々の脳の中の「原始人」です。我々は現在は文明的な生活をしていますが、つい数万年前までは原始人でした。

原始人にとって重要なこと

サバンナで生きる原始人にとって何が重要でしょうか?強い力?槍投げの技術?それも大事ですが、原始人は弱い存在なので一人では生きていけません。どんなに力が強くても群れから追い出されると生きてはいけないですし、逆に群れの中での地位が高まれば子孫を残せる確率も上がります。

原始人は群れから追い出されると生きてはいけません

だからこそ原始人は心理的安全性を高めることが苦手です。心理的安全性を高めることで本音を言い合うとチーム全体の生産性は上がるかもしれませんが、自分だけが違う意見だと群れから追い出されるかもしれません。自分だけが追い出されるリスクを取るよりは、周りの意見に忖度している心理的安全性が低い状況の方が原始人は安心です。

4−2 脳の中の原始人との付き合い方

では原始人の脳を持つ我々は心理的安全性を高めることはできないのか?そうではありません。ここで人間だけができる、思考と行動を分けるという方法があります。

いますぐ右手が動かないと思いながら右手を動かしてください。右手は動かないという思考があっても、右手を動かすという行動をすることができますよね?このように我々人間は頭で考えていることと行動を分けることができます。

心の柔軟性を高めるトレーニング

この方法を応用したのが心の柔軟性のトレーニングです。心の柔軟性とは「感情や思考に左右されずに行動を選択する能力」を指し、行動変容については最もエビデンスが確立されている要素です。

実際にやっていきましょう。目の前にスペースを作ってゆっくり深呼吸をしてください。鼻の穴からゆっくり息を吸って吐いてください。右の鼻の穴と左の鼻の穴、どちらの方が通りが良いか分かりましたか?この状態になれば心の柔軟性のトレーニングの準備はOKです。

目の前にスペースを作って深呼吸をしてください

では鼻の穴に空気が通る感覚を感じながら、「考える」のではなく原始人の時から変わっていない「脳」がどんな思考を思い浮かべているのかを客観的に観察して「思い浮かんだ」と言う言葉を頭の中で呟いてみてください。

「何も思い浮かばないな」と思い浮かんだ。「こんなことして意味があるの?」と思い浮かんだ。「メール返さないといけないな。」と思い浮かんだ。

深呼吸をしながら、原始人の思考が浮かんでは消える様子をしばらく観察してください。最初は難しいかもしれませんが、1日に1回、心の柔軟性を高めるトレーニングを行えば少しずつ原始人の思考を客観的に「メタ認知」できるようになります。

心の柔軟性で原始人の思考をメタ認知する

4−3 心の柔軟性を高めて本音対話

ではいよいよ「心の柔軟性」を高めて本音で対話する方法を練習します。やり方は単純で心の柔軟性のトレーニングをしながら、目の前の相手と対話してみてください。

普段通り誰かと話すときに鼻の穴の感覚の左右差を意識してください。そして、原始人の思考を「思い浮かんだ」と付けながら観察していきます。最初のうちは心理的安全性を下げる、正論や忖度が思い浮かぶかもしれません。そんな原始人の思考をゆっくり観察しながら、自分の感情や思い、気づいた言葉を相手に伝えるようにしてみてください。

ミラーニューロンを使った本音対話

管理職だけ本音を話しても、部下も本音を話さないと意味がないのでは?と思われるかもしれません。大丈夫です。人間にはミラーニューロンと言って相手の仕草を真似する機能が備わっています。管理職が本音を話せば、部下も自然と本音を話し始めます。本音を言ってもらうために重要なことは、本音を引き出すスキルよりも、自分が先に本音を話すことです。

ミラーニューロンによる本音対話

心理的安全性・コアデザイン原則・心の柔軟性の関係

ここまでの流れをまとめたいと思います。生産性を高めるためには「心理的安全性=本音が言いやすい雰囲気」が重要です。心理的安全性を高めるためには「コアデザイン原則=協働するために必要な8つの原則」についてお互いが納得している必要があります。そして、コアデザイン原則についてお互いが本音で対話するために「心の柔軟性=感情や思考に左右されずに行動を選択する能力」を高める必要があります。

次の章では具体的にどうすれば生産性が高く働きやすい組織を作れるのか?についてお話ししたいと思います。


5 生産性が高く働きやすい組織を作る習慣

5−1 心の柔軟性を高める3つのポイント

①   1日1回の呼吸法を毎日の習慣にする
まずは1日1回の呼吸法を続けてください。深呼吸しながら鼻の穴に空気が通る感覚に気づきます。食事の前、通勤の途中など、毎日行うことと一緒に習慣にすることが継続のコツです。

②   対話の際に呼吸法を意識する
呼吸法が継続できれば、誰かと話すときに呼吸法を意識できるようになります。呼吸法だけでなく原始人の思考が思い浮かぶのを客観的に観察してみてください。

③   本音を共有する対話を実践
そして原始人の思考を観察する中で自分自身の本音の感情や思考に気づき相手に伝える本音対話を実践してください。

5−2 コアデザイン原則を実現する3つのポイント

①   対話が必要なCDPを選択
本音対話の実践を続ける中で、対話が必要なCDPに気づいたらCDPの内容について本音で対話して改善点などを話し合います。

②   CDPを高める方法を考える
改善点を話し合う上でCDPを高めるためにできる行動があれば考えて実行します。

③   CDPを高めるのを邪魔する原始人に気づく
実行するコツはCDPを高めようとするのを邪魔する思考「めんどくさい」「批判されるのでは?」にあらかじめ気づいた上で、原始人の思考が出てきてもこれだったら確実に実行できると言う行動計画を考えてみてください。

5−3心理的安全性を高める3つのポイント

①    心理的安全性を意識する
行動計画を実行する中で常に心理的安全性(本音で話せる雰囲気)になっているか?に気づくことで軌道修正を心がけてください。

②    心理的安全性が高いとき
心理的安全性が高い時はいつもと違うところに気づいて、自分のチームで心理的安全性を高めるための方法のレパートリーを増やしていってください。

③    心理的安全性が低い時
心理的安全性が低いことに気づいたら、CDP1〜8をイメージしながらどのCDPについて対話を増やせば心理的安全性が高くなりそうかを考えてみてください。

5−4生産性が高く働きやすい組織を作る習慣

と言うことで、生産性が高く働きやすい組織を作る習慣をめちゃくちゃシンプルにまとめると「①毎日心の柔軟性のトレーニングを継続して②コアデザイン原則に関する対話の数をなるべく増やして③心理的安全性が高まるように軌道修正する」となります。


6 メンタルコンパスが目指す先

最後までお読みいただきありがとうございました。我々メンタルコンパス株式会社は最新の精神医学とエビデンスで世界の"分断"を解きほぐすことを目指して活動しています。

その第一歩として、エビデンスで証明された要素である「心の柔軟性」「コアデザイン原則」「心理的安全性」を使ってまずは職場の分断を解きほぐす活動を行なっています。

セクショナリズムによる分断、管理職と従業員による分断、営業部と開発部における分断、さまざまな分断が生まれ、「仲間はずれにされてしまうのでは?群れの中での地位が下がってしまうのでは?」という原始人の不安から生まれる正論や忖度によって、日本の労働生産性は著しく低下しています。

この分断を「組織改革だ!」「これからは心理的安全性だ!」という逆の正論によって説き伏せるのではなく、エビデンスに基づいた再現性の高い仕組みを「体験」してもらうことで、お互いの「気づき」を促し、徐々に働きやすい組織やチームを作るサービスになったのでは?と自負しております。

ソダーツを体験してみたい、組織やチーム作りで相談したいことがある、メンタルヘルスのプロジェクトに協力してほしいなど、要望ございましたら以下のサイトより連絡いただけると幸いです。


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