失語症文化論仮説La hipotesis sobre la cultura de personas con afasia 7章 「わかったふり」気遣い・支配 シナリオ (補足 続き)
(続き)
シナリオの冒頭で、リハ担当が手話で挨拶できることを示した。難聴の患者さんに対応するためのスキルを身に着けようと努力していることが窺われる。
その一方で、リハ担当は失語症者に伝えるときは助詞を省いて、単語で伝えていた。これらはリハ担当が我流で行っていた。
我流でありながら、①はっきりと、②ゆっくりと、③大事なことばを強調する、と患者との接し方の定番に沿っている。定番に沿っていることと、目の前の相手に適切であるかは必ずしも一致しない。
このリハ担当の失語症者への言動は、「失語症者に親切ではない」と非難されるであろうか。
筆者の周囲では、リハ担当と同じような言動に遭遇することは珍しいことではない。この現実を受けとめることが、失語症者のことが世の中が知るようになるための手掛かりとなると筆者は考える。
リハ担当は、5章で示したシナリオの時とは異なり、今回は看護師が失語症者に伝えるのを傍観だけで済ませなかった。積極的に意見を言っていた。
「1:00」を「13:00」に書き直し、次に病棟からリハビリ室への移動にかかる時間を踏まえて「13:05」に書き直すことを看護師に助言をしている。見方によっては、看護師に書き直しを命じている。
他人に書き直しをさせるくらいならば、リハ担当が自分で書けばいいのに、と看護師も助手も言ったりはしない。
それでは、演じた人と見ていた人たちに「なぜリハ担当は失語症者に自分で書き示して伝えなかったのか」を尋ねたとすると、どのような意見・アイディアが挙がるだろうか。
思いつくまま書き出していく。
・看護師が失語症者と行っていた「書き示しながら伝える」方法は、あらゆる失語症者にでも使用しうる方法ではない。手話のように確立された方法ではないため、リハ担当はこの方法を用いなかった
・このシナリオではリハ担当を「ベテラン」として設定した。ベテランであるが故に、「書き示しながら伝える」ことを試みたものの失語患者に伝わらないという事態を避けたかったのではないか
・「書き示しながら伝える」ことは、専門家(この場合は看護師)だけが行うことと思っている(注3)
・失語症者に用件を伝えることよりも、表記上の正確さ(1時を13時と書く 等)を重要視している
・職能団体の方針や厚生労働省からの指導があれば従うが、方針も指導も通達されていないので行わない
思いつく範囲で列挙した。
列挙した他にも意見が挙がるであろう。意見を聴くことで、失語症者のことを世の中に伝える手掛かりが見出せるのではないか。
手掛かりを1つ挙げるならば、自分が伝えたからには失語患者に伝わらなければならないという強固な思い込みが、伝えることへの試みを抑えこんでいるのではないだろうか。
伝わるかは不確定ながらも伝えてみるという試みが、予め奪われている状態である。間違ってはいけないという思い込みが根強く植え付けられてしまったようだ。
自分が発したことが、伝わるのか、伝わらないのか。先がわからない一歩を探りながら踏み出すことに抵抗があると捉えることに、今回は留める。
(注3)病院関係ではこのような過剰な専門性の分化がよく見られる)
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