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失語症文化論仮説La hipotesis sobre la cultura de personas con afasiaLa hipotesis sobre la cultura de personas con afasia 5章シナリオ②

第2章で、失語症者文化があるという仮説を立てた。仮説によって、スラスラと話さなければならないという呪縛からの解放を見出すことができた。しかし、普遍性を求めると新たな課題が見えてくると述べた。
 「スラスラと話す呪縛からの解放」とは、聞き手は相手の話を遮ることなく受け入れることでもあるといえるのではないか。
 すると、「失語症を持たない人が長話をしているとして、時間に囚われずに話すのを受け入れると果たして言いうるだろうか」という疑問が沸きあがった。これが課題となった。
 具体的な状況を設定し、「演劇を通して」検討していくことを考えた。このことについては、第4章「疑似体験再考」で、菅原直樹氏主催のワークショップ「老いと演劇」を参加したことが、「失語症者と関わりを演劇を通して考える」を検討するきっかけとなったと述べた。
 演じる前に、劇で用いるエピソードとして参加者自身の体験を書き出すことなど、菅原氏のワークショップの流れをヒントにした。

(1)「水が飲みたい」編
 「失語症を持たない人が、長話をしているとして、時間に囚われずに話すのを受け入れると果たして言いうるだろうか」という課題を劇を通して検討するためには、「長話ができる役」が必要である。
 その役としてリハビリ科の管理職者である「部長」を登場させた。
 リハビリ部長ならば、あらゆる患者への対応に長けているはずではないかと声が聞こえてきそうである。しかし、部長という立場だからこそ対応しなくても非難されないことは現実に有りうる。
 部長を演じるときには、失語症者に対応できていないという後ろめたさを見せない、むしろ無邪気に悪意が少しもないように演じていただくと現実味が増すと思われる。

 役割を以下に示す。
 
 失語患者 入院中の失語症を持つ患者
 看護師  失語患者が入院している病棟の看護師
 部長   リハビリ部の部長

〇ある日のリハビリ室
   失語症患者が車いすに座っている。
   リハビリ部長が通りかかったところ、   
   手を出して呼び止めた

 失語患者 あの…
 部長   はい?( )さん、何でしょうか         
 失語患者 あの、(水を飲む身振り)
 部長   ご用事がありますか?
      看護師さんにお願いしましょうね
      (立ち去ってしまう)
 看護師  (失語患者に近づいて)
      ( )さん、お見舞いさんが来てますよ
 失語患者 あ、(水を飲む身振りをする)
 看護師  えーと、お水ですかね?
      (同じように身振りをする)
 失語患者 そうそう(うなずく)
 看護師  ここにありますよ、どうぞ
      (失語患者にコップを渡す)
 失語患者 (どうも、の身振りをする)    

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 
 終了直後に、失語患者、部長、看護師それぞれの役を演じて思ったところを尋ねる。
 その場で出た意見は、参加者同士が共有できるようにホワイトボードに書き留める。
失語患者を演じた人は部長が立ち去った時、どう感じただろうか。部長にどうしてもわかってほしいと思っただろうか。あるいは、この人ではわからないから、立ち去ったことで「ほっとした」と思っただろうか。
 部長を演じて、失語症者から立ち去ることが自然に見えるように振舞うのは難しかっただろうか。それとも、簡単であっただろうか。
 看護師を演じた人は、失語症患者が身振りをした後に自分も身振りをすることにためらいはなかっただろうか。
 見ていた人たちは、部長の対応に「いや、自分も同じようにするだろう」と共感する人がいてもおかしくない。その意見こそ聞いてみたい。それこそが失語症者への歩み寄りの手掛かりになると考える。
 一方、看護師が演じた失語症者への対応は「良い対応の見本」ではない。正解はないのである。自分だったらどうするだろうかと気に留めるきっかけが必要ではないかと考える。 
 シナリオ①では、紙人形を用いる方法を提案していた。
 この劇の中で、失語患者と看護師が身振りをするため、紙人形を使って演じることは困難になってくると思われる(注1)。参加者が自分の体を使って演じることで、実感できることがあると考える。

(2)「旅行の思い出」編
 ここまで登場してきた部長と失語症患者の両者に「伝える・伝わる」が成り立つのだろうか。
準備:
①参加者に紙を配り、旅行に行ったことがある場所と印象に残ったできごとを書く
②シナリオの自分の役の『 』に、①で書いたことを基に書き入れる
③紙の裏に簡単な白地図を描いて、①で書いた場所に矢印を付ける。印象に残った場所に関する絵、例えば交通手段、宿泊したところ、食事、訪れた場所、出会った人などをできるだけ描く
 以上を準備をしてから、配役を決める。
 以下は、失語患者が旅行に行った場所は「別府」という設定で進める(注2)。

〇リハビリ室
   失語患者、リハ担、部長、看護師の順に横に並んで座っている

 助手  今日は、楽しかった旅行の思い出を一人一つ発表しましょう
 部長  一つだけなの?俺、いろんなところに行ったんだけど
 助手  そうです、一人一つです。 皆さん、書いてきていますよね
 全員  はーい
     (失語患者はうなずく)  
 助手  看護師さんから順に発表してください (マイクを渡す)
 看護師 私は『   』に行きました。
 助手  どうでしたか?
 看護師 はい、『   』でした。
 部長  いいなあ…楽しそう、そこさ、俺もね (と話し出そうとする)
 助手  次は部長です
    (看護師が部長にマイクを渡す)
 部長 え?俺はね、『  』
   (司会を待たずに感想も話し出す)
   『   (たくさん話す) …  
 助手 すみません、< >先生にそろそろ
 部長 あ、そう?まだ話してあげられるんだけど
 助手 (部長からマイクを取り上げる)
    < >先生、マイクをどうぞ
 リハ担 部長、すみませんね
 部長  いいよいいよ、< >さん、どこに行ったの?
 リハ担 『  』です
 部長  いいよねえ、そこ。まだ行ったことないけど   
 リハ担 はい、『   』でした
 部長  いいよね、ほんと。そこにさ、
     よかった言う人、多いよね。
 助手  そろそろいいですか…?
     では、( )さん、どうぞ  
 失語患者 えっと(紙を取り出す)、これ…(看護師が近づく)
 看護師 ( )さん、これどこでしょう
      ね。九州?
 失語患者 うんうん
 看護師  これは、(書きながら)
      『福岡?大分?』?
 失語患者 うん(うなずく)
 部長   看護師さん、どこって?
 看護師  『大分』ですよ、あ、そうだ
      (書きながら)
      『別府』ですか? 
 失語患者 うん (うなずく)
 看護師  楽しかったですか?

 失語患者 うん (何度もうなずく)

 部長   あ、そこ、行ったことあるー
      楽しかったー
      写真もいっぱい撮ってきたし      
 リハ担  さすが、部長、詳しいですね
 部長   それほどでもないけどね。 うん、楽しかったよ
 
 それぞれの役としての感想を尋ねる。
 予測される感想を、役ごとに示す。

助手:部長さん、よく話すなあと思いました。でも上司だし、楽しそうに話してるし、盛り上げてくれるのかなと思うと、止められないです
リハ担:失語患者さんの話を持っていってしまっても、上司なので止められないです。部長の話を止めて、気分を害したくないし
看護師:そうですね、楽しそうに話してるから、止めるもの悪いかなって感じがしますよね
部長 :とにかく、話を聞いてもらおうと、頑張りました。それだけ話題のストックもいるし、多分嫌な顔されても気付かずに話し続けるから、こういう人も大変かもしれないなと思いました
失語患者:部長さん、よく話すなあ、止められないんだなと思いました。失語症患者さんの話さえも持って行ってしまうなんて、私がリハ担当だったら、仕事中だからこそ止めるかもしれません


 予測される感想を書き出した。助手、リハ担は部長の話すのを「上司だから」、「上司なので」という理由で止められなかった。また、長く話すことを「盛り上げてくれる」という捉え方もあり得るが、その基盤には上司への気遣い、忖度があるのではないだろうか。
 相手が何を伝えているのかということよりも、相手の立場に対する気遣いや忖度が「伝える・伝わる」の重要な要因になっているのではないだろうか。
 部長を失語患者との「伝える・伝わる」に巻き込むにはどうするか。参加者と考えてみたい。
 一例として、部長が「写真をいっぱい撮ってきた」と言ったことを手掛かりに試みる。 
 看護師さんが、「それなら見せてください」と部長に写真を出させる。
 写真を携帯に保存していたら、すぐに見せてもらえるだろう。看護師さんが失語患者にも携帯の画面を見せる。失語患者がそれらの写真を見て表情が変わったり、写真を指さすなど既知感を示すなど、どのような反応が見られるだろうか。 
 看護師が写真を提示して「( )さん、ここ、行きましたか?」など声をかけると、それが部長が( )さんに歩み寄るきっかけになるのではないだろうか。
 部長も「ここ、知ってますか」などと声をかけてみないだろうか。
 
 今回は、失語症者への歩み寄りを看護師さんがサポートするという展開を試みた。
 部長は写真を失語症者に見てもらったことで、新たな「やりがい」を覚えたかもしれない。

 以上、「シナリオ①」、「シナリオ②」合わせて3つの劇を提示した。まだ検討が必要である。

 失語症者との関わりを考える演劇の提案は、今後も続けていく。


注1:言語聴覚士を目指す人たちは、言語障害を持つ人の機能障害、活動制限、参加制約への支援を学ぶだけではなく、「表現の工夫」にも手を広げられるようになることを願っている。

注2:「別府」を選んだのは、筆者が2019年に参加した「全国失語症友の会」の会場となった土地だからである。

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