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失語症文化論仮説La hipotesis sobre la cultura de personas con afasia    7章 「わかったふり」気遣い・支配 」シナリオ (1)

 場面は、再びリハビリ担当がリハビリ時間の変更を失語症者に伝えるところに設定した。
 リハビリ担当は、失語症者に口頭のみで伝えようとしているために伝わらない。助手が仲介して看護師を呼び、看護師が失語症者に書き示しながら話しかけた。途中からリハビリ担当は看護師に書き換えを要求する、という流れにした。
 ここに登場するリハビリ担当のような「失語症者に合わせた伝え方をしない人」が、失語症者に書き示しながら伝えるようになることを目指しているのではない。
 この場面で意図しているのは、演じる側にとっては体現すること、見る側(演者以外の参加者)にとっては演じている姿を見ることで、自分自身の「伝える・伝わる」を考えるきっかけなることである。
 我々が「伝える・伝わる」ときの相手は、失語症者だけではなく、非失語症者も含んでいる。

 シナリオ作成は前回と同じく、菅原直樹氏のワークショップでの配布資料を参考にした。
 役割は5章と同じく、以下の4役とした。

 失語患者 ( )さん
      入院中の失語症を持つ患者     
 リハ担  < >先生
      失語症患者を担当しているベテランのリハビリスタッフ
 助手   リハビリの助手
 看護師  病棟看護師

〇ある日の病棟
   リハ担当が手話で患者に挨拶している

助手: < >先生、手話できるんですね、 すごいですね
リハ担当:ちょっと知っているだけ
助手  :いえ、すごいです。あ、私はナースステーションに寄っていきます(ナースステーションに向かう)

   病棟の廊下で、リハ担当が失語患者に会う

リハ担当:( )さん
失語患者:はい
リハ担当:こんにちは
失語患者:(会釈する)
リハ担当:(ゆっくり話す)                         いつもリハビリは10時からですが、明日の午前は私はお休みをいただい ているので、明日は13時からに変更です
失語患者:は?
リハ担当:いつも、10時。明日、私、いない。明日、13時
失語患者:は?
リハ担当:いーつも、 10時。 10時。

  助手がナースステーションから出てくる 

助手  :あ、< >先生が困ってる
( )さん、あのね、先生はですね……

  看護師が何かをしながら、例えば酸素ボンベを運びながら、通りかかる

助手  :ああ、看護師さん、ちょっとちょっと
看護師 :はい、ちょっとこれを置いてから伺います

   三人は看護師を待っている
   待つ間、リハ担当と助手は談笑する

看護師 :どうしましたか?
助手  :< >先生が、いつも9時のリハビリを明日は午前休みだからって、お昼から、13時からにします、と言っているのに、( )さんが、  はあ? って言うからですね
看護師 :そうですか
助手  :そうです
看護師 :(失語患者に近寄って「リハビリ 9:00→    明日 1:00」と書き示しながら) リハビリが、明日は、1時からです       リハ担当:ちょっと待って
看護師 :はい?
リハ担当:その、一つって何?
看護師 :どれですか?
リハ担当:9時の後
看護師 :これ、やじるしですよ
リハ担当:9時一つ1時って書いてあるみたい
看護師 :そうですかね、ふふ
失語患者:(メモの「9:00→1:00」をなぞってOKサインをする)
看護師 :あ、( )さん、わかってますよね
リハ担当:それと、1時、じゃなくて13時の方が良くない?
看護師 :でも、わかってるみたいですよ
(メモを提示しながら)( )さん、9時が1時ですって
失語患者:(メモを指さしてうなずく)
リハ担当:そうかな。そういうの、きちっとしないと後でトラブルになるといけないし
看護師 :そうですか?(「1:00」の上に斜線引いて、「13:00」と書く)
失語患者:(残念そうに) あーあ
(「1:00」を指さしてOKサインを出す)
看護師 :どっちでも大丈夫ですね 
失語患者:(うなずく)
リハ担当:(助手に向かって)
あ、でも、13時にリハビリ室って無理だよね、ここからリハ室まで5分はかかるから
助手  :看護師さん、13時5分で
看護師 :え?1時にリハビリ室に向かうのだから、( )さんには1時開始と変わりませんよ
リハ担当:いいえ、時間はきちんと伝えておかないと
看護師 :(書きながら)
( )さん、1時5分、じゃなくて、13時5分ですって
失語症者:(OKサインをする)

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 演じて、あるいは誰かが演じるところを見て、どのように感じただろうか。

 失語患者はリハ担当が話しかけたときは「は?」と言っており、リハ担当が話した内容がわからなかった様子であった。看護師が書き示しながら話したときは、失語患者はOKサインを示していた。看護師が書き示しながら話したことはわかった様子であった。
 しかし、看護師の振る舞いが失語症者への伝え方の模範なのではない。
 誰かの振る舞いを“模範”とすることで、個々の失語症者の状態に合わせて「伝える・伝わる」ことよりも、模範に則したやり方を実践することを重視してしまいがちだからである。
 「伝え方の正解」というものが無い(注1)。リハ担当は、リハビリ時間の変更を失語患者に伝えようとしたが、失語患者には伝わらなかった。途中で、失語症者との間に看護師が入った。看護師が書き示したことに修正を求め、元々伝えようとしていた「リハビリ時間の変更」からは、ズレていった。
 
 助手は、リハ担当が失語患者に時間変更を伝えられずにいたときには「先生が困っている」と気付き、看護師を呼んでサポートを求めた。「リハビリ助手」の文字通り、リハ担当をサポートしていた。
 
 失語患者は、自身の周りの人の言動をどのように感じていただろうか。
 今回登場している失語患者は、「は?」と聞き返すこととOKサインを出す以外の表出が乏しいという設定としている。失語症により「伝える・伝わる」ことが困難となっており、失語症者自身が自分の状態を説明ができない状態になっていることはあり得る。
 このため、失語症者がどのように感じているかを予測するには、表情や行動などが手掛かりとなる。
 失語症者に何事か伝えるときには、「伝え方の正解」で立ち止まらず、失語症者の状態ありのままを受けとめて、伝え方を淡々と探ることに重きを置きたいと筆者は考える。

(続く)

(注1)「伝え方の正解」は無くても、失語症者が伝えるのを待たない、音節ごとに区切って伝えるなど、不適切な伝え方は存在する)伝え方に正解が無いことが難しいと捉える人もいるであろう。

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