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何も出来ない

大切な人のために何も出来ない。
それはとても不幸な事に違いない。
大好きな人がすぐそば、手の届く距離で苦しんでいるってゆうのに僕には何一つしてあげる事ができない。

自らの無力感にクラクラと目まいがする。
例えば、不治の病に蝕まれた恋人をみとる男の心境って奴はこんな感じなのではないのだろうか。

「君はいつも大袈裟過ぎなんだって」


間断なく遅いくる痛みにうずくまりつつ、あきれたように彼女は突っ込みをいれる。

僕の最愛の人。
だって納得なんて出来るはずがないよ。
君が苦しんでしんでいるのに僕には何にもできない。

「だから大袈裟だって、こんなの毎月の事なんだから」

そう言って彼女はナロンエースを10錠一気に飲み干す。
明らかにオーバードーズじゃなかろうかと思うのだけど、彼女はそうやって毎月なんとかやってきているのだ。彼女の痛みを想像する事すらおぼつかない僕に一体何が言えるっていうんだろうか。

僕に出会うずっと前から続く彼女の長い孤独な戦いを思い、僕はなんだか申し訳ないような気持ちになる。

「ごめんね」

全世界の男を代表して僕が謝ると

「なんで君が謝るのよ」
そう言って彼女は笑った。

彼女の背中を擦ったり、励ましの言葉をかけたり、そんな事で彼女の苦しみが和らいだりする訳もないけど、僕にはそれ以外どうしていいか見当も付かない。

「薬も飲んだし、私は大丈夫だから。隣りの部屋でテレビでも見ててよ」

やんわりと締め出しをくらい、隣りの部屋でテレビを点けてみるけど、少しも安らいだ心持ちになれない。
隣りの部屋からは彼女の苦しむ声が聞こえてきて、そんな状況でゆっくりテレビなど見れるはずもないじゃないか。
動物園の熊のようにしばし部屋の周りをぐるぐると周回する。

何の力にもなれない僕がそばにいても逆に彼女が気を使ってしまうだけに違いない。だけど。でも。だが。しかし。

十五分ぐらいぐるぐると迷いつづけた挙句、結局僕は隣りの部屋に戻り、彼女に手を握っててもいいかと尋ねた。彼女は返事をする余裕もないらしく、ウンウン苦しんだまま無言で僕の方に手を延ばしてくる。僕はベッドで丸まっている彼女の横に滑り込み、手を握る。小さく柔らかな彼女の手を握りながら痛みが癒える事を一心に祈った。


いつの間にか僕はそのまま眠ってしまったらしい。気がついたら彼女がベッドから起き上がろうとしていた。どうしたのかと尋ねると喉が渇いたと言うので、別にもう平気だからと言う彼女を制して、眠い目をこすり、冷蔵庫を開ける。麦茶をついで彼女にわたすとゴクゴクと小気味のよい音を立てて一気に飲み干した。

「もう平気なの?」

僕が尋ねると

「だいぶ楽になったかな。君のおかげだね」
と笑って答える。

僕は全く何一つ役にたってなどいない。それが僕を気遣って言ってくれた言葉なのは分かっていたけど、やっぱりどうしたって悲しくなってしまう。

「ナロンエースのおかげなんじゃない。きっとさ」


僕が言うと、ふふふと彼女は笑ってゆっくり僕を抱き締めた。

「女の子にとっては毎月の事なんだからさ、そんなにナーバスになってたら君のほうがもたないよ」


「わかってるけどさ。やっぱりどうしたって君が苦しそうだと僕も苦しくなってしまうよ」

そう言うと、彼女は僕を抱き締めたまま、よしよしをするみたいにポンポンと僕の頭をなでた。

むせかえる程の彼女の甘い体臭にクラクラしながら、これじゃあまったくどっちが気遣われてるかわかりやしないじゃないか。と。僕は少しだけ不満に思った。


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