クィア、スペイン人カップルから学んだこと

「ジェンダー平等」というと、どうしても、男女、の話に終始しがちなのが日本なのでは。

最近、クィア・スタディーズの文献を読みました。


クィアって、日本では全然知られてない用語な気がする。

知ってほしいからあえて書かない。ググって。


ここで思い出されるのは、友達のスペイン人カップル。

高校時代から付き合ってて、一緒にインターンに来るほどの仲。


みんなでバーに行った時、彼氏の方が、

「俺はバイセクシュアルだよ」

とサラッと言ったのね。


一同思わず彼女の方を見た。当たり前、みたいな、涼しい顔をしてた。

「え、それでいいの?どういう気持ちなの?」

とトルコ人の友達は質問してた。


「好きなのが男だろうと女だろうと、向こうが自分のこと好きなのはかわらないでしょ。浮気しなきゃいいだけ。」


トルコ人の友達は、彼がどんな教育を受けていてどんな価値観を持っているのかはわからないけど、すぐには受け入れられないような、理解できないような顔をしてた。

でも私は、本当にその通りだなあ、と思った。

かっこいいとさえ思った。


その気持ちが本当なら、他人の感情を否定したり、気持ち悪がったりする資格なんてないじゃん。

理解できない、と、それを批判していい、排斥していい、は違う。

では異性愛者の話をするとして、どこかの誰かの誰かへの個別具体的な気持ちをとりあげたところで、理解できますか。
できないでしょ。


それより、周りの風潮とか、それを世間がどう言うかを気にして、自分の素直な思いに嘘ついているのって、すごく嫌
それができない風潮が作り上げられているのも嫌。


それまでは、"性的指向が違う人たち"もいる、ってわかってて、それを受け入れるべき、ってなんとなく頭で思ってた。

でもこの時から、「受け入れるべき」が「受け入れられる」に変わった。


ある意味、当たり前じゃん、って思うようになったのかも。


今日は男女、って言うところ以外のジェンダーについて書きました。

今度は男女について書こうかな。