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逆さに吊るされた男

田口ランディさんの「逆さに吊るされた男」を読んでいて、ふと、
あれ、これ最近どっかで見たな、と思った。
限りなくノンフィクションであるこの話は、
サリンを撒いた張本人であり、死刑が決定しているYと自身の交流からはじまり、
どんどんと作家である私がオウムや麻原に、まるで取り込まれていくかのように興味を抱いていく、というものだ。
作家である羽鳥の興味はYからオウムに移り、やがて麻原自身へと向かっていく。
読者は羽鳥の目線を通じてどんどんと「オウム」というあるのかないのかわからない非現実的な世界へと足を踏み入れていく。

そして、羽鳥は自身が事件に取り込まれていく過程を振り返り、こう言っている。

ひらめくの。あ、そうか!って。
このひらめきは魅力的で、抗しがたい力をもっている。沸騰した鍋の底から、粟粒が無数に上がってくるみたいに、熱くなればなるほど、得体のしれないものが、心の表面にわきあがって、オウム真理教との心理的な共鳴が起こってしまう。危険なことだとわかっていても、面白いのよ。次々と、神経衰弱のカードが合っていく感じ。
教団が最も勢いを持っていた時代、信者はみんな、私みたいなひらめきのドライブ感を体験していたんじゃないかしら。ひらめきが来ると、自分が世界の中心にいる気分。生きている感じがするの。それはね、癖になる。妙な高揚感。すべてが繋がっていって、外の世界と内的世界の区別がつかなくなって、神秘体験の扉が開くの。

そのように見ようと意識すれば、意識を向けた方に無限にサインが現れる。関係があると思えば、なんだって繋がっていく。(中略)
意識を向けた方向にどんどん焦点が合って、現実が動き出す。古代人が星をつなげて神話を作るみたいなもの。意味づけは、それぞれに自由なの。

この部分を読んで、あぁアレにそっくりだ、と思ったことがあった。
一時期SNSで騒がれていた(おそらく今もどこかで騒がれているのだろう)、「コロナ陰謀説」だ。
一時、Twitterのタイムラインにこの手のツイートが溢れた。
彼らの様子はまさに前述した羽鳥の様相に酷似していた。
何か、熱に浮かされたような。
頼んでもいないのに必死にみんなの目を覚まそうとしてくるような、おせっかいさ。
熱くなればなるほど、現実から乖離していくように見える気味の悪さ。
勝手に人々を「救済」しようとしていたオウムと、どこか似てはいないだろうか。
彼らは色んな記事や文献を引用して「ほら見ろ!」「それ見たことか!」と、まるで鬼の首でも取ったかのようなツイートを繰り返していた。

そう思うと、いつだって、誰だって、オウム信者になり得たのだ。
現に私も小説を読みながら羽鳥に同調し、信者側を追体験した。
これは入信しても無理はない、そう思った。
私がオウム信者でないのは、ただ単にそういうタイミングになかっただけだ。
もし、私とオウムのタイミングが合えば、絶対に入信していないと言い切ることができない。

「気の狂った教祖が、馬鹿な弟子たちを集めてマインド・コントロールによって罪を犯させた。そんな説明で、あの事件を終わらせたくないんです」

これは羽鳥が出会った元信者が言った言葉だ。
実際、小説内で羽鳥自身が言っているように、もう世間の中でこの事件は終わっている。
もはや死刑執行以前に終わった事件として片付けられた。
そして、おそらく世間の多くの人間が「狂人たちの事件」としてピリオドを打ってしまっている。
そして、前述したように、私たちのすぐそばで同じような熱が次々と発生していることに気が付いていない。
むしろ、もう巻き込まれているのかも。
もう、当事者なのかも、と。

この混沌とした事件自体、そしてこの小説に含まれていることについて、全て書くことが、今はできない。
色々、たくさん思うことがある。
だが、わたしもきっと、パソコンを閉じて息子を迎えに行く頃には
このことは頭からさっぱり消えているのだろう。


「オウム以外にはなにがあるのか。私は他の価値観を知りたいと思って、地球環境を守ることを訴える、ある団体の講演会に行ったんです。大きな会場に、何百人もの聴衆が集まっていました。リーダーの男性のお話はとても素晴らしいもので、地球というかけがえのない環境を守るためには、私たちの意識改革が必要なことをとてもわかりやすく伝えていました。(中略)
観客の一人ひとりをそっと見渡しながら、私はこんなことを思ったのです。素晴らしい話。みんなも感動している。地球を、環境を守らなければというみんなの使命感に火がついているよう。でも、この会場を一歩出たらどうなんだろうか。家に帰って電気をつけて、冷たい飲み物を冷蔵庫から出して、テレビをつけて観るだろう。今日は素晴らしい話を聞いたわ。できるだけ節電しなきゃと」
「もし、この問題にオウム的に取り組むとしたなら、帰ってすぐテレビを窓から放り投げさせるでしょう」
元・オウム信者女性

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