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だってレシピを見ないから

先週の土日、東京都では外出自粛が呼びかけられた。

そうなると、普段は外食派である私も、のんきに近所のインドカレー屋とかに行くわけにもいかない。店だって閉められるかもしれない。しかし、ずっとコンビニ飯というのも飽きる。というか既に飽きている。

そんなわけで、私は久方ぶりに自炊をすることにした。


私が自炊をしないのは、いくつか理由があった。

生活が不規則で、買い込んだ食材を余らせて腐らせてしまうから、コンロが1口しかないなどキッチンが使いづらいから、エトセトラ。

けれど一番は、どうせまずいものしか出来上がらない――つまり、料理が苦手だからだった。

料理が苦手な人にもそれぞれいろいろな原因がある。

手先が不器用とか、そもそも本人が味音痴とか。

そして私の場合、それは間違いなく「レシピを見ないこと」だった。


私が入社一年目だった頃のことだ。

ある日の研修の帰りに、同期の高梨さんと電車が一緒になった。

彼女は地方配属で、研修期間中は独身者用の社員寮に住んでいたのだが、それもあって自炊についての話になった。

なんでも話によると、その寮に住んでいる新入社員で「ちゃんと自炊をしているのは女子だけ」ということらしかった。

寮はフロアで分けられた男女共用で、だから彼女は、同期の男子が研修後に飲みに行き、夜遅くに帰ってくることを知っているのだった。


その流れで、私についての話になった。

「てか、一人暮らし?」と高梨さんは訊ねてきた。

「うん」

「え、自炊とかしないの?」

当時も私は料理をまったくしていなかったため、「しなきゃなあ、とは思ってる」と答えた。

すると彼女は「しなよ! 絶対にしな!」と、なんだか嬉しそうな顔をしながら、強い口調で念押ししてきた。

あ、これはあとに引けないやつだ、と思った。


かくして私の自炊へのチャレンジが開始された。

幸いにして研修は定時で終わっていたため、時間には余裕があった。

私は近所のスーパーで何も考えずに食材を買い込んだ。

何の脈絡もない食材を前に途方に暮れ、私は何も考えずフライパンで炒め、醤油とか焼き肉のタレで味をごまかした。

言わずもがな、私はその「男の自炊飯」に三日で飽きた。


数日後、また電車で高梨さんと一緒になった。

「自炊してる?」

「あれから始めた」

「え、すごいじゃん。何作ったの?」

「なんか、テキトーに炒めたやつ。なんか、いろいろ。野菜とか」

「そうなんだ」

「なんか、バリエーションなさすぎて、もう飽きてきたんだけど」

すると彼女は怪訝そうな顔をして、「クックパッドとか見ないの?」と訊いてきた。

そう訊かれて初めて、私は自分がクックパッドや本のレシピを見ていないことに気がついた。

恐る恐る「見ていない」と白状すると、「いや、見なよ!」と叱られた。


その後研修が忙しくなるなどして、自然と自炊をしらなくなっていった。

そして、つい最近まで自炊とは縁遠い生活をしてきた。

けれど、ずっと心に引かかっていたことがあった。

「なぜ私はレシピを見ないのか」ということだ。

クックパッドを知らなかったわけではない。

レシピがこの世に存在することを知らなかったわけでもない。

それらが料理をするときに参考とすべきものであることも――。


あるとき、知り合いの家でゲームをしているときに気がついた。

料理においてレシピとは手順書だが、私はそれを攻略本のようなものだと捉えていたのだ。

そして攻略本を見ながらのプレイを、なんだか卑怯で面白くないと思っていたのだ。

私は決して手練れのゲーマーではないし、大学受験以来ゲームはご無沙汰だから、ゲームというもの自体にブランクもあった。

しかし、初見のそのステージを、私は絶対に攻略本などを見ないでクリアしたかった。だって、そうでないと次に何が待ち構えているのかネタバレを食らうみたいで、なんか嫌だったのだ。


今回の自炊では、今までの反省を活かして、レシピをよく見ることにした。

ただでさえ気分が沈みがちな日々なのに、自分で作ったまずい料理を食べるなんて想像したくなかった。

また、完成した料理を食べたくないからと結局コンビニに行くのは、あまりにも本末転倒に思えた。


私は、何も考えずに食材を買うのではなく、固形ルーのパッケージの裏とか、レシピサイトを見みながら買い物をした。

そして、そのレシピにのっとって料理をした。

途中、私の料理のスキルが低すぎることに起因するハプニングが幾つかあったけれど、概ね書かれている工程通りに進められた。

出来上がった料理は、ちゃんと食べられるレベルに仕上がっていた。

そのことに、私はいたく感動してしまった。


攻略本を見ないと楽しめないレベルに自分はいる。

攻略本を見たほうが楽しいゲームもある。

そんなことを、私はこの歳にしてやっと料理を通じて気づき、学んだ。

暗いニュースや頭を抱えたくなるニュースが続くが、私にとって、これはちょっとだけハッピーな怪我の功名であった。


【今回の一曲】

MONO NO AWARE/マンマミーヤ!(2017年)


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