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ガールズバーの客引きに目を奪われた話

私も二十歳を超えた男である。

つまり、世にあふれるガールズバーやスナック、キャバクラのようないわゆる「女の子のいる店」のメインターゲットである。

だから、行ったことこそない――これを人生経験が乏しいと捉えるかどうかは読者諸賢に任せる――が、その手の「客引き」はそれなりに受けてきた。


「お兄さん、2件目、どうすか? 女の子いますよ」とか。

「どうっすか? おっぱい」とか。

そんな言葉は、たくさん聞いてきたわけだ。

まあ、内容があけすけなだけで、2次会のカラオケとか飲み屋の勧誘とあまり差はないかもしれない。

あまり馴染みのない方がいたら、そういったものに変換しつつお読みいただけると幸いである。


その手の店は、条例に拠るのか自然発生的に集まるのかはわからないが、飲み屋と同じように、町によって「存在する地域」みたいなのがある。

端的に言えば、「あの通りって、そういうお店たくさんあるよね」ということだ。そういう場所には、紫とかピンク色の、極彩色の置き看板が昼間から出されていることもある。

そういう場所を夜に歩くと、上記のような客引きを受けることになる。

それは男性からされる場合もあれば、女性である場合もある。

「お兄さん、女の子興味ありますか~」みたいな、若干の猫なで声――。


私は、そういう店にあまり詳しいわけではない。

しかし、会社の付近とか近所にそういう店がある場合、上述の「存在する地域」には必然的に詳しくなる。

それは、上述の看板を昼間に見かけたり、駅への途上だとか、その近くのファミレスに寄りたいといった理由で夜中そこを通りかかり、実際にキャッチを受けることで学んでいく。

つまり、「ここにはキャッチがいる」ということを知っていく。

だからどうする、というのでもないのだが、それはある種「生活の知恵」みたいなものなのだ。


さて、数日前のことである。

私はいつものように、駅の近くの道を歩いていた。

そこは、幾度も言及してきた「存在する地域」であり「キャッチがいる」場所だった。


その日は、普段は在宅勤務なのだが、珍しくオフィスに出勤していた。

定期券は数ヶ月前に切れており、現状、オフィスに通えば通うほど私の貯蓄が減るという状況だった。

そのため、会社と自宅が――数駅離れて入るが――徒歩圏内ということもあり、私は歩いて変えることにした。

言い訳じみて聞こえるかもしれないが、そういうお店が「存在する地域」は、会社から自宅に向かう際の「ショートカットコース」なのだった。

だから、キャッチがどの位置に、つまりどの曲がり角に立っているとかまで詳しく知っていた。


その日も、くだんのショートカットコースに入った。

するとそこには、もう何人かのキャッチがいた。

「お兄さん」などと、男性のキャッチが話しかけてきたが、それを躱した。

しかし、キャッチはこれで終わりでないことを私は知っていた。

その先の交差点にはいつも、毎度同じ人かどうかは分からないが若い女性がやる気なさそうに立っていて、彼女は覇気のない声で「どうですかー」などと、まあガールズバーだとは思うのだが、なにがどうなのかまるで分からないことを言うのだった。


「あそこ、あれで儲かってんのかな」

そんないらない心配をしながら歩いていると、くだんのやる気のない女性が立っている交差点が近づいてきていた。

そこにはいつもどおり人影があった。


しかし私は、その女性の姿を見たとき、不覚にもハッと目を奪われた。

いや、「は?」と二度見してしまった、と書いたほうが正しいだろう。

そこには、バカデカい、160cmぐらいのカエルが立っていたのだった。


もちろん、それは本物のカエルではなかった。

くだんの若い女性が、カエルの格好をしているだけだった。

しかも、スーパーのイベントなどによくいる着ぐるみタイプではなく、フリース素材の、部屋着とかキャラクターパジャマみたいなやつだった。


男性が、「まともな店」であるとアピールするためにスーツをやけにきっちり着ているパターンはあった。

フィリピンパブの女性店員が、民族衣装風の装いで、カタコトで話しかけてくるパターンもあった。

また、露出が多めの服を着た女性が話しかけてくるパターンもあった。

しかし、さすがに「女の子のいる店」の客引きで、カエルが立っているパターンは初めてだった。

そして、その狙いは、私にはまったく分からなかった。


もしかしたら、「あざとさ」を狙った演出だったのかもしれない。

腕の先を見れば、ちょうど萌え袖になっていたのかもしれない。

しかし、そんなところを見る余裕などはなかった。

そのカエルの服を着た女性の目が、完全に死んでいたからだった。

その目は私を捉えていたが、しかし私のことはいっさい見ていなかった。

ただ私の後ろの、虚空をただ見つめているのだった。

最近めっきり夜は冷えるようになり、彼女も寒さに耐えていただけなのかもしれない。しかしその虚ろで生気の宿らぬ目は、十二分にホラーであった。

私はいつもより足早にその横を通り過ぎた。

その女性は、いつものおざなりな「どうですかー」すら言わなかった。


私があまり交差点を通らないこともあるが、それ以来、めっきりその「カエル」の姿は目にしない。

あれはもしかしたら、仕事の疲れなどが私に見せた夢幻だったのだろうか。

しかし、だとしたら、あのとき感じた恐怖が持つリアリティの説明がつかなかった。


あれはいったいなんだったのだろう?

あれは、いったいなにが目的だったのだろう?

その店に行ってみれば分かるのかもしれないが、なにが「どう」なのか分からない恐怖の店に足を運ぶ気には、やはり到底なれない。


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