永野芽郁は9月24日、東村芽依は8月23日

若いときに顕著だとは思うが、誰かの振る舞いを真似るような経験は誰しもにあると思う。

ドラマの登場人物だったり、ミュージシャンだったり。

私の場合、それは岡田亨だった。


村上春樹に『ねじまき鳥クロニクル』という小説がある。三部から成る長編小説で、ほかの大作らと並び彼の代表作だ。

岡田亨はこの小説の主人公であり、語り手(「僕」)である。かつて法律事務所で働いていたが現在は無職であり、妻の久美子と一匹の猫と一緒に住んでいる。

つまり彼は専業主夫にあたるわけだが、私がその立場に憧憬を抱いたわけではなかった。


『ねじまき鳥クロニクル』には笠原メイという女の子が登場する。

岡田夫妻の近所に住み、バイク事故以来、それを理由に学校に通っていない女子高生だ。

作中で、笠原メイと岡田亨がこんな会話を交わすシーンがある。

「それで君の名前は?」と僕は訊いてみた。
「笠原メイ」と彼女は言った。「五月のメイ」
「五月に生まれたの?」
「当たり前でしょう。六月に生まれてメイなんて名前つけられたらややっこしくて仕方ないじゃない」
(村上春樹『ねじまき鳥クロニクル 第一部 泥棒かささぎ編』)


このやりとりを読んだときに思い出したのは、高校の古文の先生が授業中にした雑談だった。

「和風月名なんて役に立つのか、と思うかもしれないけど、僕の場合こんなことがあったんだ」みたいな導入だったと思う。

曰く、大学のサークルの新歓コンパで隣の席になった女の子がいて、最初の自己紹介で名前を聞いた先生は「3月生まれなの?」と訊いたらしい。

「え、なんで分かるの?」

「だってほら、弥生って、3月の和名だから」

男子校にいた私にとって、女の子が登場する話はとても魅力的だった。

なんと教養あふれる会話なのだろう、と思ってしまっていた。


私が大学に進学したとき、森見登美彦作品ほどでは当然ないが、それなりにサークルの勧誘があった。

私はあるサークルの食事会へ行くことにした。

最初に自己紹介があった。女性の先輩が「メイ」と名乗った。


私は当然、笠原メイのことと、先生の雑談のことを思い出していた。

私はその女性と付き合いたいなどと思っていたのではなかった。

ただ、小粋な、ウィットに富んだやりとりがしたいだけだった。

地方出身の私は、それをすることで、関東ピープルたちに舐められないようにしたかった。

最初にぶちかましたい――当時の私にあったのは、そんなヤンキーイズムだった。


私は先輩に「5月生まれなんですか?」と訊ねた。

「え、違うよ。なんで?」

先輩は、笑顔でありながらまったく感情が乗っていないみたいな、そんな表情をしていた。

それを見て、男子校出身の私のヤンキーイズムは一気に萎んでしまった。

もう「英語でMayは――」とか言える気分ではなかった。


私は「5月生まれの知り合いに似てて……」と言った。

まったく小粋ではない、最悪の返し方だった。

やれやれ。私は家に帰って泣いた。


【今回の一曲】

曽我部恵一BAND/5月になると彼女は(2008年)


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